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第44話 マリー、グレイツィアのことを知る。 下

「お茶のおかわりをお持ちしました」


 シンシアがポットとカップを持ってきて、みんなにお茶をついでくれた。わたしの目の前にもカップを置きながら、ちらりちらりと目くばせをする。あ、そうよね。早く仕事に戻らないと……。


「ねえねえ、他の国には名前の知られた人っていなかったの?」


 グレイツィア処刑事件当時の様子を語り合う三人に、聞いてみた。だって、このままだと話が先に進まないもの。新しい情報は出てきてないしね。


「そうだなぁ……ああ、イースタニアの魔法大学校の全盛期がきたな。ちょうど同じ頃だったか」


「フェルナンド王と、のちの王妃が飛び抜けて優秀だったとか~。王妃は人間だったなんて信じられます~?」


「ああ、元々の魔力がエルフのほうが高い上に、魔法の研究は時間がかかるからな……大学校に入学した人間は、彼女が初だったな」


 エルフ二人組は複雑そうな顔をしたけど、それでも教えてくれた。たしかに人間に負けたとあっては、魔法が得意なエルフとしてはビミョーなのかもね。


「その王妃様のお名前は何と?」


 エドワード神官は、話がグレイツィアからそれたのが少し不満だったみたい。でも、好奇心には勝てなかったのか、名前を尋ねた。わたしも、もちろん気になる。


「グラーセ王妃だ……もっとも、王妃になってから何年かして失踪したそうだが」


「フェルナンド王、相当荒れたそうですね……。長老派とも相当もめたみたいですしね~」


 グラーセ……グレイツィアに似てる気がするけど、気のせいかしら? ほら、ジョンとヨハンみたいな?


「長老派ともめたのは王様ですか?」


 シンシアもわたしたちのお話が気になったのか、会話に入ってきた。


「最初にもめたのはグラーセ王妃だそうだ。長老派は頭が固い者が多く、人間の王妃を認められなかったそうだ。しかし、彼女の魔力も発想力もずば抜けていて……悔しいが、誰も足下にも及ばなかったのだ」


「グラーセ王妃は……その高慢ちきで性格最悪だったとかは?」


 わたしも一応聞いてみる。そんなはずは……ないよね?


「王妃はとても気さくで、感じの良い人だったそうですよ~。それにたいそうお綺麗だったとか」


 ……。


「……ああ、人格者であったらしい。魔法の発展に大きく寄与していたが……そのなんだ、彼女は子どもが産めなかったのだ。人間は出産適齢期が短いというのもあるが」


「そうですね、それが失踪の原因になったという話もありますよね……」


「そうなのですね……」


 シンシアが涙ぐみながら言った。もともと心優しい上に、出産も司るマール教のシスターでもある彼女は、グラーセ王妃の気持ちを思いやっているようだった。


 わたしはというと、すごく後悔していた。自分の最晩年に赤ちゃんを育てることになったお母さん。きっと、きっとわたしが思っているよりも遙かにわたしのことを大切に思っていたのね……。もっと親孝行すれば良かった。でも前世の両親に対してもだけど、孝行したいと思ったときには親はいないのよね……。まあ、前世の場合は、わたしのほうが先にいなくなったんだけど。


「あれ、マリーさん? どうかしましたか?」


 しょんぼりと落ち込んでいるわたしを心配して、フーリアさんが声をかけてくれた。


「大丈夫です、ありがとう。……グラーセ王妃って、実力はすごくあるけど最後にはいなくなっちゃうなんて、まるでグレイツィアさんみたい」


「……グレイツィアは生き延びて、イースタニアに流れ着いたってことかな?」


 興味を示すエドワード神官。でも、フェルナンドさんは首を振った。


「たしかに似てはいるな。しかし、ローマリアで神聖騎士団に入りながら、そののち魔法大学校に入るとは……長命なエルフでも無理な話だ。いくら時間があっても足りんぞ」


「そうですよね……それこそ神さまの恩寵が、いくらあっても足りませんよね~」


 それから、みんなであーでもない、こーでもないと話し合った。結局わたしたちが「癒やしの水」溜めに戻れたのは、お昼少し前だった。


 黙々と二人で水を溜める。聞こえるのはそれこそ「癒やし(アグア・)の水よ」(クラティーバ)の言葉のみ。


「グラーセ王妃様は、ルトーガの大教会に行けば良かったわね……」


 ふいに、シンシアがそう言った。


「ルトーガでマール教徒になれば、マリエラさまのご加護があってお子さんを授かれたかも……」


「そうだね……イースタニアからは近いだろうし」


 うん、たぶんそれでお母さんはマール教徒になったのかも。そしてそこでも伝説を残し……最後にはここコートランドに流れ着いたのかしら。


 残念よねと言ったあと、シンシアはまた作業に戻った。お昼はもうすぐマルタさんのところに行くけど、それまでにもう少し溜めておきたい。


 そして、わたしは作業をしながら、お母さんのことを考えていた。各地で偉業を達成しながら、安住の地はなかったお母さん。コートランドでは、まるで隠者のようにひっそりと暮らしていたもんね。いつから一人で住んでたんだろう?


 それにしても、お母さんむちゃくちゃすごい人だったのは分かったんだけど……敵意(ヘイト)集めすぎじゃない? タンク職か! って、思わず突っ込んじゃうわよ。もちろん、お母さんが昔相当鼻につくタイプだったのかもしれないけれど……それにしてもねぇ?


「ねえねえ、フェルナンドさん、どう思う?」


 わたしはこっそりと、サークレットに問いかける。でもフェルナンドさんは、自分は書物からの知識を伝えるのみと、すげない。ああ、お母さん日記とかつけてないのかなぁ。それも聞くと、つけてないとか。がっかり!


 それにどうしてサンタンさまは、言葉を統一したんだろう? これもお母さん関係あるのかなぁ? 神さまと言語って言えば、前世のバベルの塔が思い出されるわね。あれは、たしか思い上がった人間を懲らしめるために、神さまが言葉を通じなくさせたんだったかしら? うーん。前世の聖書を確認してみたいけど、さすがにフェルナンドさんも知らないでしょうしね。 


 結局、二つ目の甕が半分を越したところで、お昼になった。

21/7/17 脱字を訂正。ご指摘ありがとうございます!

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