第43話 マリー、グレイツィアのことを知る。 上
「おはようございます、皆さん」
「「おはようございます」」
今日もマイア司祭は朝からパリッとしている……昨日けっこう遅かったのにね。アラサーはまだまだ元気だわぁ。
「今日の予定ですが、まずはシンシアとマリー。あなたたちは『癒やしの水』を甕の中に溜めていきなさい。何日か後には酒だるが来るので、その中に移していきましょう」
「「はい、マイア司祭」」
「次にテオ。あなたは、シーナさんのところに手伝いに行きなさい。おそらく薬草採取の仕事があるはずよ」
「分かったぜ、……分かりました」
「エミリアは、わたくしと一緒に町の中をまわります。あなたの聖水をかけてまわりましょう」
「はい、マイア司祭」
何があったんだろう? 新しい金策でも考えついたのかな? そしてマイア司祭たちは出かけていき、孤児院にはシンシアとわたしが残った。
「マリー、無理をしないようにゆっくりやるのよ」
「はーい」
二人で甕に「癒やしの水」を溜めていく。エミリアと比べて、溜まるのは格段に遅い。それでもやっただけは溜まるので、二人でちょろちょろと溜めていく。そして最初の甕に半分ちょっと溜まったころ、入り口の方から声が聞こえた。
「あら、マリー。入り口の方で声がしたわ。誰か来たのかしら?」
「えーっと、この声はたぶん……」
思った通り、ソーレ教のエドワード神官だった。
「おはようございます、エドワード神官。あの、マイア司祭はお出かけしていますけど」
「いや、今日はマリーちゃんに会いに来たんだ。ちょっと話せるかな?」
シンシアは神官を食堂へと案内し、それからお茶を淹れにいった。わたしはエドワード神官の前に座る。何だか青ざめているのが気になるわぁ。
「今日マリーちゃんに会いに来たのは、君とグレイツィアの話をしたいと思ったからなんだ」
シンシアの持ってきたお茶を飲み干すと、ようやく口を開いた。あれ、グレイツィアの話は禁句だったんじゃないの?
「えーっと、グレイツィアの話って言っても、わたしあんまり知らないよ?」
グレイツィアは、カレンディアではクレアと名乗っているわたしのお母さんのことだ。聖女様とは三年ほど一緒に暮らしたけれど、知ってることは多くない。
「ああ、そうだね。知っているのは君のお母さんだものね。それに年齢的にも、君は会ったことないだろうしね。お母さんに何か聞いてない?」
お母さんイコールグレイツィアというべきか。でもなぁ、「鋼鉄の処女」とか処刑とか言ってたしなぁ。下手なことを言うわけにはいかないわぁ。わたしが悩んでいると、また誰かが来たみたい。
「グレイツィアとは、あの「鋼鉄の処女」のことかな?」
食堂の入り口を見ると、二人のエルフが立っていた。片方はフーリアさんで、もう片方は誰かしら? ちょっと神経質そうな男性のエルフだ。
「エドワードさん、マリーさん、おはようございます~」
「ああ、フーリアさんにフェルナンドさん。おはようございます」
「おはようございます」
フェルナンドさん?? でもサークレットのフェルナンドさんに聞くと、関係ないフェルナンドさんらしい。や、ややこしいわぁ。
そのフェルナンドさんは、挨拶を返すこともなく、さらに続けた。
「ソーレ教神聖騎士団団長、「鋼鉄の処女」グレイツィア。騎士団長まで上り詰めたが、処刑されたと聞く。あの当時は天変地異やらが多くて大変だったが……」
「あの当時?」
驚くエドワード神官。フェルナンドさんは、こともなげに続けた。
「我々は長命なエルフだからな。百年かそこら前は、私はまだ諸国を旅してまわっていた頃だな。エングラードの魔法学校を卒業して」
「ああ、あの頃は国によって言葉が違ったのですよ~? 信じられますか~? 旅は大変でしたね~」
「「え」」
ハモるエドワード神官とわたし。
「言葉が違うとは一体……?」
え? 英語はコートランドの言葉だと思ってたけど、実はこの世界唯一の言語だってこと? エドワード神官の反応を見る限り、そうみたいだけど……。
「どうして言葉が同じになったの? みんな自分の国の言葉を捨てちゃったの?」
わたしの問いに、フェルナンドさんが目を見張った。
「ふむ、フーリアが言っていたように、この子は賢い子のようだな。マリーよ、どうしてかは分からないが、太陽神サンタンがそのようにしたのだ」
「はい、神さまがそのようになさったので、新たにお勉強したりとか、泣く泣く言葉を捨てたとかそういうのはなかったんですよ~。すごいですよね~?」
ソーレ教のサンタンさま、けっこうむちゃくちゃするわぁ。お母さんの若いころって、かなりいろんなことがあってたのね……。
「ところでエドワードよ、グレイツィアのことは『例の件』に関係があることなのか? 昨日はそうは言っていなかったが」
「直接関係はないかもしれません。しかしわたしの師が、彼女のことを知っているかと尋ねていたので。念のためですよ。そして、マリーちゃんのお母さんがグレイツィアのことを知っているとのことだったので、マリーちゃんに話を聞きに来たのです。フェルナンドさんたちは?」
「ああ、フーリアが面白い子がいると言っていたので会ってみたかったのだ。……本当に興味深い目をしている」
そして男性二人はグレイツィアについての意見交換をし出した。お、置いてきぼり感がすごいわ……。
「ねえねえ、『例の件』って?」
たまらずわたしは質問してみる。エドワード神官はちょっと困ったような顔をしたけど、フーリアさんが教えてくれた。
「カレンディアに魔物がやって来るかもしれないんですよ~」
「かもしれない」が強調されたわ。え、何なの、「かもしれない」って??
「フーリアよ、それでは分かりづらいぞ。……エドワードが言うには、カレンディアが魔物に襲撃されると言った者がいるらしい。その者はソーレ教の神官で、『神託』だということらしい。もっとも、エドワードが首都に確認したところによると、そのような『神託』は誰も受けていないとのことだが。ただ捨て置けぬとのことで、町の有志が動いている状況だ」
「その人って、エドワード神官のお師匠さん?」
「うん、そうだよ。……わたしたちソーレ教徒にとって、グレイツィアの名は禁忌なんだ。それなのに師はその名を出した……」
考え込むエドワード神官。ちょっと待って、お母さんが何をしたっていうの??
「あの当時、ローマリアは今よりも閉鎖的で、私たちもグレイツィアの処刑理由が何か分からないのだよ。彼女自体は有名で、名前を知っていたが」
「そうですよね~。あ、でもローマリアに大きな雷が落ちましたよね~、たしか。グレイツィアは天からのいかずちによって裁かれたって、大神殿が発表してたような……」
「ああ、そうだったな。それから干ばつやら地震やら洪水やらでローマリアは大変だったな」
「そうでしたね~」
昔のことを語らせたら、エルフ便利だわ。どんどん思い出していく二人の話を、真剣に聞くわたしとエドワード神官。え、でも待って? お母さんは処刑されたけど死ななかったってこと? これからイースタニアの学校に行ったり、お父さんに出会ったりするのよね? わたしはグレイツィアのことは知らないと、保身に走るべき? それとも……?