第42話 うまい酒を飲むために (シーナ視点)
「さてと、今日もマルタのとこへ行くかね」
一日中調合をしていて疲れたよ、こんなときはマルタの宿屋で一杯引っかけるに限るね。まあ、一杯じゃあすまないだろうけどさ。
「ああ、シーナいらっしゃい。いつものかい?」
「ああ、マルタ。いつものをお願いするよ」
ここに来ると、だいたいいつも同じメンバーがいる。カレンディアで夜やっている食堂は四つあるんだが、ここがいちばんさね。あたしはお上品なところも、ばか高いところも性に合わない。まあ、たまには河岸を変えて、冒険者ギルド内の居酒屋に行くがね。でもやっぱり、ここが落ち着くねえ。
「おやおや、マイア。また酒かい?」
「ああ、シーナさん。……今日は二杯でやめておきますよ」
まったく、マイアときたら。普段は飲まないくせに、何かあったときだけヤケ酒のように飲むんだ。酒は楽しく飲むもんだ、酒に失礼ってもんだろ。こないだは高司祭が来たときだったか。また何かあったか気になるねえ。
しばらくマイアやサムと酒だるについて話していたら、嬢ちゃんたちは帰っちまった。まあ、子どもたちは寝る時間さね。で、あたしが本日何杯めだか分からないエールを頼んでいたら、珍しい人間が前に立っていたのさ。
「わたしたちもお邪魔してよろしいですか?」
「おう、久しぶりだな、マイア」
ギルドマスターのヒューゴにエドワード神官だよ。この二人は、ここには滅多に来ないからね。
「子どもたちが帰ったのが見えたからな」
ギルドマスターはそう言うと、どかっと座った。ああ、椅子が悲鳴を上げてるよ。ここの椅子はあんたに耐えられるほど頑丈じゃないんだ。それに、エドワード。あんたはいつもは神殿で食べているんじゃないのかい?
「おお、ヒューゴの旦那。珍しいね、どうしたんだ?」
「おお、サム。お前さんもいたのか。……いやな、エドワードが何か話があるとかでな。エドワードよ、例のよく分からん話をしてみろ」
「……分かりました」
それからエドワードの語った話は、本当によく分からないものだったよ。本人も分かってないのか、隠したいことがあるのか。いつものキレがまったく無いのさ。
「……で、いつか分からないけれど、カレンディアが魔物の襲撃に遭うということでしょうか。エングラード方面からやって来た魔物が」
「エングラードからねえ。途中のラースゴウは素通りってことかい?」
「ラースゴウに詰めとる衛兵どもがやっつけんかのう?」
「そうですよね……」
「しかし、それが『神託』なら、確実なのでしょう?」
「……」
マイアの問いに、エドワードは答えなかった。『神託』で見えた未来は現実となる。何せ、サンタンが信仰の厚いソーレ教徒にのみ伝えるメッセージだからねえ。
「まあ、確実に魔物が攻めてくるなら、我々としても何か対策を立てねばな。首都に連絡して……」
大都市エディーナやラースゴウなんかと違って、このカレンディアには衛兵なんてものはいない。戦力といえば、ここを拠点にしている冒険者たち、それにソーレ教神殿の神官が数名。……せいぜい二百いるかいないかの人口の町だ、戦えそうなのがいないよ。それに、この前のヘルハウンドみたいなのが来たらどうするんだい? あれに対抗できるのは、ヒューゴにエドワード……ああ、だめだ。両手にも満たないじゃないか。
ヒューゴ、マイア、サム、それにあたしの四人が頭をひねっていると、フーリアが兄貴のフェルナンドを連れてやって来た。ああ、たしか兄貴のほうも魔法使いだったはず。
「みなさんどうしたんですか~? すごく難しい顔してますよ~?」
「おお、フーリアにフェルナンドか。いやな、『神託』が……」
魔法使い二人にヒューゴが説明しようとする。それを遮って、エドワードが言った。
「『神託』ではないのですよ。エディーナの大神殿にも問い合わせましたが、誰もそのような『神託』は受けてないと」
「何ですって!? 『神託』じゃないなら、一体何なのです?」
「おいおい、エドワードよ……」
いったいどうしちまったんだい? でも真面目なこの子のことだ、何か訳があるはずなんだがねえ。みんなでわいのわいの言っていると、意を決したのか重い口を開いてくれたよ。
「……何か起こってからでは遅いですしね。分かりました、実は……」
◆◆◆◆◆
「マイア、どう思う?」
「そうですね。すべて状況証拠ではありますが、エドワード神官がその場で違和感を感じたのなら、無視することはできないですね」
「でもでもラースゴウの元神官さんなんでしょう~? 何が起こったんですかね~?」
「よその町の顔なじみの冒険者どもに声をかけてみるか。口実は何でもいいしな」
「あまり大っぴらにもできんしなあ……どうしたものかのう。わしもハイランドの仲間に声をかけてみるかの。酒飲みと言えば断るまいて」
「フーリアよ、とりあえず我々は魔道具でも作るか。魔法の巻物がいいかな。では我々はこれで」
フーリアはフェルナンドと帰って行ったよ。魔法使いは貴重だから、あの二人が今カレンディアにいてくれて良かったよ。ああ、でも魔法の巻物とは奮発したね。あれは一巻きが大銀貨くらいはするけど、だれでも読めば魔法使い並の攻撃魔法が発動するからねえ。
「サム、お願いがあるのですが」
「どうした、マイア? わしが何でも作ってやろう」
「わたくしにも酒だるを作ってくださいな、できるだけたくさん。それに『癒やしの水』を詰めましょう」
「よしきた! さっそくハイランドの同胞にも声をかけてつくるとするかの」
サムも帰っていったよ。ああ、あたしもハイランドのなじみに声をかけて、薬師としての仕事をするかね。
「……皆さん、わたしの確かとはいえない情報のために……」
うなだれるエドワードに、マイアが声をかけた。
「エドワード神官、何もなければそれに越したことはありません。しかし、わたくしたちのカレンディアに危機が迫っているかもしれないなら、動くほかないでしょう」
「そうさね。ああ、また何か思い出したことでもあったら、何でもいい。教えておくれよ」
「そうだな。とりあえずカレンディアの冒険者は留まらせよう。なあに、おれが直々にしごいてやるっていえば、あいつら泣いて喜ぶからな。あとは、町長んとこのヘンリー坊か。あいつも魔法使いだったろ? あの立派な役場も、避難場所としては役に立つだろう」
……あたしは冒険者たちが心配になったよ。でもここはあたしらの町だ。ここが落とされると、次は故郷ハイランドも危ないしね。何事もなければ、安堵の酒を飲もう。襲撃があれば、うまい酒を飲むために腹をくくるしかないのさ。
フーリアのお兄さんのフェルナンドは、サークレットのフェルナンドさんとは別のエルフです。エルフにはよくある名前設定です。
さてさて、のんびりしていた日常に、何やら忍び寄る影。カレンディアは大丈夫なのでしょうか? そして我らがマリーは?