第4話 マリー、夢の中に行く。
夢の中だろうか、わたしはエスカレーターを下っていた。エレベーターを使えば早いんだけど、わたしはくるくるエスカレーターを降りる派である……って、あれ? 今のわたしはマリーだよね?もうサクライマリエじゃないよね? 今の状況はというと、「わたし」をわたしが俯瞰しているのだ。なんとも不思議である。
「今日の夕飯、何にしようかな~。誕生日だし、お寿司は特上にしようかな?」
あれ? これって、わたしが覚えているサクライマリエの「最終日」なのかしら。
「念願の切子を買ったし、今日は日本酒よね……鹿児島にもあるのかな?」
そう、わたしの切子ちゃん! 彼らはどうしちゃったんだろう?
「デパコスのお姉さん、メイク上手よね。今日のわたし別人みたい!」
お姉さんと言っても、わたしよりずっと年下である。お試しメイクで別人のようになったんだった。
「きゃーーーーーー!!!!!」
「わあああああああ!!!!!」
楽しげにエスカレーターを下っていた、そんな時だった。ちょうど上の方から悲鳴が聞こえたのだ。
え、何? と振り向いた「わたし」に強い衝撃があった。何と、ベビーカーが上から降ってきたのだ。落下速度も加わり、かなりの衝撃だ。
「わたし」はベビーカーごと下の階へと落ちていった。まるで人ごとのように、わたしはそれを見ていた。
◆◆◆◆◆
場面が変わった。白い装束を着て立っている「わたし」の前に、同じく白い服の女性が座っていた。「わたし」の服は白い着物で、向こうの女性はギリシャ神話とかの神さまが着ているような、ひだのたっぷりしたものであったが。
「あなたは見ず知らずの赤ん坊を助け、その代わりに自らの命を落としました」
そっか、あの子助かったんだな。ベビーカーの中にいたような気がしたんだ。わたしは少しずつ、「あの時」のことを思い出していた。
「これは、マール教の聖人に匹敵する行為です」
ん、マール教? もしかしてこの人マリエラさま? 聖女様のお話によると、マリエラさまはたいそう美しい女神さまらしいし。目の前の女性も、聖女様とタメを張るくらい美しい。えーっと、美人率高くない? ちなみにわたしは、黒髪に黒目で、水に映った姿はわたしの幼少時にそっくりである。美人かどうかは……察してほしい。
「マリエラさまもたいそうお喜びです。よってあなたは『ワールド9』に転生することになりました」
え、ちょっと待って? 目の前の女性はマリエラさまじゃないっぽい。それはいいとして、ワールド9ってなに? なにそのネトゲみたいなワード。
「あなたがもともといたのは、『ワールド15』です」
「……おっしゃっている意味がよく分からないのですが……」
白装束のわたしは困惑気味だ。まぁ、そりゃそうだよね。そして説明してくれたんだけど……なんでもこの世界というのは、創造神といわれる神さまがつくったものらしい。その最初の世界がワールド1。
もともとは、世界は一つだったらしいんだけど、途中で不具合が起きたり、世界が滅びかけるような出来事が起きたりして、そのつど新しいワールドができていったらしい。……まぁ、シミュレーションゲームとかのセーブ・アンド・ロードに似た感じかしら? で、わたしがいたのがワールド15だとか。うん、荒唐無稽だわ。
「あの、ということは、わたしは転生するんですね? 今日本ではやっている転生モノみたいに。……せ、世界とか救ったりするんでしょうか?」
かなり混乱してはいるが、白装束のわたしは、とりあえず気になっていたことを質問していた。そうよね、それ気になるわ。わたしグッジョブ!
「え、世界を救うですか? ワールド9は、今は平和ですよ。志半ばでお亡くなりになったあなたに対する、マリエラさまのご褒美でございます」
ふう。とりあえず荷が重い感じのことは無いっぽい。前世の記憶を持ったまま生まれ変わるのがご褒美になるかどうかはともかく、また生を受けたなら、一生懸命生きるだけである。
「ほかに欲しいものはありませんか? マリエラさまのご厚意により、一つ願いを叶えることができます。……人の生死に関わることはできないのですが」
ふむ、じゃあ生き返ることは無しか。まぁ、そうだよね。そのときのわたしは何と言ったのだろう? 何かすごいチートスキルとか? 例えば……。
「……わたしの死因を変えることはできますか?」
え、死因?
「……そうですね、人々の認識を変えることはできますよ。転落死したことは変わりませんが。なぜそう願うのですか?」
「自分のせいで人が一人亡くなったと思えば、その赤ちゃんも親御さんもつらいと思うから……」
そこはチートスキルをもらうべきでしょ! ……でもまぁ、分からないでもない。後顧の憂いは断った方がいいもんね。後味悪いもん。
「分かりました。ではあなたは心臓麻痺を起こし、エスカレーターから転落したことにしましょう。ベビーカーはサービスで修理しておきますよ」
さ、サービスって!
「では、ご機嫌よう。ワールド9でのあなたのこれからが幸せでありますように」
そして白装束の「わたし」はこの場から消えてしまった。マリーであるわたしを置いて。
「サクライマリエという方は、相当善良なようですね。あのお母さんと赤ん坊は、心中まで秒読みでしたから……。これで二人は今まで通り生きていけるでしょう。……では彼女はワールド9の悲運な聖女、グレイツィアのもとに生まれ変わらせましょうかね。グレイツィアはサンタンさまやマリエラさまのお気に入りですし、わたくしもあの方が大好きですので」
ええっと……。わたしがかなり美化されてるけど……、まぁいっか。「わたし」のおかげで、現世の母子も助かったみたいだし。小心者だからか、後味が悪いのは好きではない。
◆◆◆◆◆
ここでまた、場面が変わった。ここは見たことがある、今住んでいる小屋だ。ていうか、聖女様の名前ってグレイツィアなんだ。何回か聞いたことがあるけど、絶対に教えてくれなかったのに。
「グレイツィアよ、わたくしはマリエラさまの使いでございます。あなたにこの赤ん坊を託します」
「赤ん坊ですって! わたくしは赤ん坊をこの手に抱くことを、ずっと望んでおりました。ありがとうございます、ありがとうございます!!」
聖女様は顔を手で覆い、歓喜の涙を流していた。あれ、ちょっと待って。聖女様が……。
「もうわたくしは年老いてしまいお迎えを待つばかりでしたのに……。こんな生命力に満ちあふれた赤ん坊と一緒に暮らせるなんて!」
そうなのだ。聖女様は髪も真っ白なおばあさんだった。醜い老婆が美女に化けていたという感じではなく、上品なおばあさまではあったが。それこそ「今」の聖女様の未来の姿というか。
「グレイツィアよ、では頼みましたよ」
そう言うと、白い服の女性は天へと帰って行った。ああ、こちらの世界でも神さまたちって空にいるのかな? グレイツィアさんはわたしをぎゅっと抱きしめると、おくるみの刺繍に気がついた。ローマ字でMARIE SAKURAIとあった。前世と一緒である。
「そう、この子はマリーね。よろしくね、マリー」
マリー誕生の瞬間であった。これからどうなるんだろうと思っていたら、目が覚めてしまった。