第38話 久しぶりの訪問 (エドワード神官視点)
今回はエドワード神官視点です。
久しぶりに恩師を訪ねてみようと思った。薬草を採りにラースゴウ方面に出かけていき、ラースゴウの元神官である師匠の話になったのだ。体を壊しているのは知っていたが、なぜか足は遠のいていた。不義理はいけないと思い立ったが吉日、次の日には同じ道を馬車で進んでいた。
「……おや、エドワードではないか……」
師匠、アーネスト様はラースゴウの外れに住んでいらした。あまりきれいとは言えないアパートの一室で迎えられた。さすがに中はアーネスト様らしく清潔で、そしてものがほとんど無かった。ベッドと机、それに小さなタンスしかない。
「……あまり、もてなしもできんが……」
「いえ、ちょっとお顔を見に来ただけですので」
わたしは出された白湯を飲みながら答えた。わたしはきしむ椅子に腰掛け、アーネスト様はベッドに腰掛けている。
「……アーネスト様、たいそう顔色が悪いようですが、お加減はいかがでしょうか」
元から体調が良さそうな方ではなかった。しかし痩せ型の体はさらに肉が落ち、ほおはこけている。目元にはくっきりとした隈があり、落ちくぼんだ目には生気が感じられない。まだ四十過ぎのはずなのに、一気に老けてしまったようだ。
「……。君は『鋼鉄の処女』グレイツィアを……知っているか?」
マリーちゃん、あのマール教の女の子と話したのは、もうおとといのことになるのか。まだ三歳のはずなのに、妙に大人びた話し方をする子だ。目も、幼な子特有の生気というよりは、知性を感じさせる。わたしより年上だと言われても納得できる気がする。もしかして、人間ではないのだろうか? それとも、東洋人の特徴なのだろうか? マリーちゃんとの会話を思い出し、アーネスト様の唐突な質問に対して答えるのが少し遅れた。
「……グレイツィアですか。わたしが存じているのは、彼女が神聖騎士団の団長をしていたこと。それに、処刑されたことですかね。またどうして?」
「君も神聖騎士団を目指して剣の腕を磨いておったが、試験には通らなかったようだな」
「……はい。わたし程度の腕と信仰心では、騎士団入りはかないませんでした」
十五の年から何年か、入団試験を受けた。しかし、通ることはなかった。二十歳のときに諦めて、もう七、八年になるだろうか。もう未練はないはずなのに、やはり心は痛む。
「君はもうすぐ三十になるのだろう。大神官級の神聖魔法はできるようになったのか?」
「お恥ずかしながら、まだでございます」
「……そうか」
ああ、これだ。わたしがアーネスト様から足が遠のいたのは。なぜだろう、昔はこのような方ではなかったのに。ただひたすらに真面目で、思慮深い方だった。むやみに人を傷つけるような方ではなかった。
「そういえば、君は結婚はしないのか? 誰かいい人はいないのか?」
「そうですね、ご縁がありませんもので」
「君は顔がいいのだから、引く手あまただろう。わたしと違って」
「ははは。なかなか難しいものですよ」
ソーレ教徒は、妻帯は禁止されていない。確かにいい人がいれば結婚もいいかもしれないが、今は信仰のことで頭がいっぱいだ。
「……わたしはこの年になったが、結婚を考えている女性がいる」
「何と! それはおめでとうございます。どのような方なのですか?」
アーネスト様はその質問には答えず、ただ微笑むだけだった。……まあ、その微笑みが少し不気味だと思ったのはここだけの話だが。
それからもうしばらくだけ会話をした。
「すっかり長居をしてしまい、申し訳ございません」
「いや、わたしも久しぶりに人と話せて良かったよ」
アーネスト様はアパートの入り口まで見送ってくれた。
「時に、君は今からカレンディアに帰るのかね?」
「いえ、これからラースゴウの神殿に寄って、明日の朝いちばんの辻馬車で帰る予定です」
泊まっていけとか言われたら面倒だなと、つい思ってしまった。
「わたしは最近『神託』を受けてね。それも明確な『神託』を」
今日いちばんの明るい声で、アーネスト様がおっしゃった。
「!!! それはいったいどのようなものでしたか」
『神託』とは、ソーレ教徒が太陽神サンタンさまから受ける預言である。信仰が浅いうちはただの虫の知らせぐらいではあるが、神官より上になるとよりはっきりとしたものになる。明確な『神託』といえば、大神官クラスの受けるものだ。
「わたしが見えたのは、魔物の襲撃を受けるカレンディアだ」
『神託』には、いい知らせと悪い知らせがある。いい知らせとは、主に「恩寵持ち」が生まれるというものだ。もっとも、「恩寵持ち」自体が滅多に生まれないのだが。悪い知らせは、主に災害だ。それも町が壊滅する規模の。衝撃を受けるわたしにはお構いなしに、さらに続ける。
「魔物たちはエングラード方面からカレンディアに向かっておったぞ。悪いことは言わん、カレンディアに帰るのはよしたほうがいい」
「お言葉ですが、アーネスト様。カレンディアが襲撃されるという『神託』を受けたのならなおのこと、わたしは町に戻り職務を全うしなければなりません。いえ、お待ちください。魔物たちはエングラード方面から来るのが見えたのですよね? 途中にここラースゴウがあるのではないでしょうか?」
「なあに、魔物たちが花畑を蹂躙する場面が見えたのだよ。あれはラースゴウとカレンディアを結ぶ街道にある。その魔物たちが無傷だったため、ラースゴウはよけていったのだと思ったわけだ。そして、炎上していた建物の中に、カレンディアの神殿があったのだ。あのステンドグラスの美しい、な」
正直納得がいかない。なぜラースゴウをわざわざよけて、カレンディアに向かう必要があるのか? そもそもなぜエングラード方面から来たと思ったのであろうか? エングラード方面から来て、ラースゴウはよけ、花畑を踏み荒らしてカレンディアに向かう魔物を想像し、不可解な気持ちになった。もっとも、魔物も街道を通らなければならないという決まりはないのだが。まあ、わたしももうすぐ『神託』を受けるかもしれない。はっきりとした情景は見えなくても、あのヒリヒリとした感じは何度か経験したことがあるのだ。
「お気遣いありがとうございました。では、アーネスト様お元気で」
「ああ、君も達者でな」
よく分からない気持ちのまま、わたしはアパートを後にした。今回アーネスト様とは、あまり会話が成り立たなかった。話は唐突で、意味が分からなかったものが多い。昔は理路整然と話される方だったのに。変わり果てた師匠のことを思いながら、わたしはラースゴウの神殿を訪れた。