第34話 マリー、図書館を手に入れる。
「ねえねえ、フェルナンドさん。聞きたいことがあるんだけど」
わたしはここぞとばかり、フェルナンドさんに質問してみた。たしか、自分のことを「知識のサークレット」とか言ってたもんね。きっと賢いはず。
「魔法が発動せず、気を失うか……。ふむ、『本よ』と言ってみよ」
「『本よ』!」
よく分からなかったけど、言われたとおりに言ってみる。すると、目の前に本が現れた。大きさはA4のファイルくらい、そしてファイルのように薄かったが、装丁はりっぱなものだ。え、何これファンタジー?
「そして、読むのはこれがいいな。『魔法学入門』、これを読むといい」
フェルナンドさんがそう言うと、本が一瞬光った。本の題名が変わり、「魔法学入門」となった。わたしは本を開く。久しぶりの本だ、懐かしい。
「魔法学入門」は、簡単な言葉で書かれた魔法の入門書のようだ。魔法の発動に関して、条件が書かれている。
「魔法の発動にいるもの……神や精霊との契約、力を借りる代償としての魔力、何をしたいかという明確なイメージ……。うーん、発注先と、代金と、具体的な仕様書ってこと?」
「……何を言っているのだ?」
フェルナンドさんが、あきれた様子で言った。もっとも彼はサークレットなので、声のトーンからの判断なのだが。
「ふむふむ、この三つがきちんと揃わないとだめみたいね。でもこれが、わたしと何の関係が?」
「イメージが明確すぎるということはないか? 一般的に、魔力の少ない駆け出しのころは、神や精霊にイメージを伝えることがうまくできない。しかしお前を見ていると、そうは思えないのだ。まるでその魔法を見たことがあるかのように伝えている」
そしてフェルナンドさんはまた沈黙した。見たことがあるか……生前散々やったゲームでは、派手なエフェクトとともに魔法を使いまくっていたわね。
言われてみれば、ゲームもアニメもないこの世界で、例えば火の玉で魔物を攻撃すると言われても、一般の人はピンとこないかもしれない。わたしだったら、「ファイアーボール」と言われたら、ああ、あのゲームで使ってたあれねとか、具体的な作品名は出てこなかったとしても、具体的にイメージができる。さっきの例で言えば、お金もないくせに仕様書が妙に細かいみたいな感じ? 仕様書通りにしようとして、追加料金が発生みたいな……、予算内でやってくれないかしら。
ベッドの上でブツブツつぶやくわたし。なんとなく理由が分かった気がしたけど、そんなことよりも! わたしはこの薄い本を使って、どれくらいの本が読めるのかしら? もしかしたら、ソーレ教の聖典とかも読めたり?
「フェルナンドさん、ソーレ教の聖典を読みたいんですけど」
「ソーレ教の聖典だな。ローマリアの大神殿にある原典と、大神官が持つ聖典、儀式用のものに神官以下一般の信者用。それにグレイツィアがまとめた子ども向けのもの、さらに簡易な絵本があるが、どれがいいか?」
……ええっと、充実しすぎじゃない? エドワード神官とかも読んだことのないものもある訳よね?
「ええっと……子ども向けでお願いします」
「了解した」
フェルナンドさんがそう言うと、また本が光った。パラパラとページをめくってみる。ん、あれ? ページをめくるも何も、ファイルみたいに薄いんだもの、ページとかめくれないわよね? 注意深くゆっくりめくると、めくる動作をするたびにページが書き換えられていることが分かった。え、何これ? ページがめくれる電子書籍みたいなもの? 本は紙派のわたしとしては、生きてるうちに欲しかった代物である。あれ、ということはフェルナンドさんって司書みたいな感じなのかな? 知識のサークレットってそういうこと?
「この本って、わたし以外も読めるんですか?」
「本を貸すこともできる。ただし、お前が許可した相手だけだ」
それからフェルナンドさんは、自分の使い方を説明しだした。これはサークレットを装着した人が本を読むと、それがサークレット内に保存されていくものらしい。さ、サークレット内ってどういうこと? そして、フェルナンドさんはこの図書館の司書みたいな感じで、本に関するアドバイスをくれるとか。新しい本を読めば読むだけ、図書館は充実していき、フェルナンドさんも賢くなっていくらしい。……何だか声のトーンで、新しい本を読めという圧が強いわ、相手はサークレットなのにね……。
「お母さんみたいに、自分で本を書くこともできるの?」
「ああ、できる。『ノートよ』と言ってみよ」
「『ノートよ』!」
すると、さっきのファイルがまた光った。開いてみると、今度は中身が白紙になっている。そして、ファイルに羽ペンのようなものがくっついている。これは便利だわ!
わたしは久しぶりに手に入れた筆記具で、ノートにいろいろかきまくった。特技という特技がないわたしだけど、字とイラストには自信があったりする、もちろん趣味レベルの話だけどね。そしてその夜は、書きまくって描きまくって、魔力切れを起こしたのは言うまでもない。