第33話 マリー、水を堪能する。
あれからシンシアは問題なく「死者への祈り」ができるようになった。エディーナに行ってクリスティアーノ高司祭に認められれば、シンシアは助祭になれる。ただ、あと二ヶ月もしないうちに高司祭がいらっしゃるので、それまで待つことにした。エディーナ遠いしね。馬車を乗り継ぐと、片道三日、徒歩だと一週間といったところらしい。
なんだかんだで夕ご飯の時間になっていた。わたしたちは例のごとく、マルタさんのところで夕飯をとる。マイア司祭はマルタさんと、これからのことについて話し合った。今までみたいに宿屋のお手伝いができなくなるという話だ。来る日が減るということでマルタさんは寂しそうだったが、新たに近所の子どもを雇うということで話がついたみたいだ。
「いつでもご飯食べに来な。あんたたちはあたしにとっても子どもみたいなもんだからさ!」
マルタさんの言葉が嬉しかった。
ご飯が終わると、体を拭いて就寝となる。わたしも魔力が増えたら、お風呂に入れるかしら? 夢はふくらむわぁ。……何だか毎回言ってる気がするわね。
自分の部屋のベッドでゴロゴロしながら、わたしは今日の出来事を振り返った。シンシアの神聖魔法成功によりうやむやにはなってしまったが、普通はできない魔法はできないものらしい。わたしのように、魔力が枯渇して倒れるというのはないんだとか。……まぁ、そうよね。あんなにバタバタ倒れられたら、周りも自分も困るもの。
それに、なんで「回復の奇跡」より「死者への祈り」のほうがうまくいったのだろうか?まぁ、前世での経験が大きいのかなとは思っている。亡くなった人のために祈ることは多くても、回復魔法なんてもちろん使ったことなかったしね。それに後者のほうが、ポーズが分かりやすい。
「それにしても、なんで手のひらが上向きなのかしらねー。普通は手をかざすものよね」
もっともここで言う「普通」とは、前世のマンガやゲームの中の話だ。こちらでは手のひらを上向きにするのが普通なのかもしれない。普通って難しいわね。
「手は重ねるのがいいのか、離すのがいいのか……」
わたしはベッドの上で、手をいろいろと動かしてみた。お母さんの手の動きはどうだったかしら?わたしは自分が怪我をしたときのことを思い出そうとした……痛かったことしか思い出せないわ。あ、「回復の奇跡」といえば、これにもお母さんのお話があったわね、たしか。
「マリエラさまが、大怪我した人に使ったのよねー。『この水には、傷を治す効果があります』あー、マリエラさまの声をあてるなら、絶対お母さんよねー。マリエラさまのセリフが、お母さんの声で脳内再生されるもの……って、あれ!?」
そうだ、マリエラさまはお話の中で、怪我人に対して水をかけたんだった。その透き通る清らかな水には傷を治す力があって、水が触れたところから怪我が治っていったんだったわ。ということは、手のひらが上向きなのって、水を注いでいるからなのかな?
善は急げとばかりに、試してみる。今までは伸ばし気味だった指を少しまげて、水をすくうような形を作る。そして、患部に注ぎ込むようなイメージで、腕を伸ばしながら下げた。
「『癒やしの水』!」
私の手から、透明な水があふれ出た。キラキラと光るその水は、地面に落ちていったが地面はぬれなかった。まぁ毎回怪我人がぬれていたら、風邪ひくもんね。どういう仕組みなんだろう?
「でもこれって、名水百選とかに選ばれてそうな水よねー、おいしそう。飲めないかしら?」
愛用の小さなカップに、注ぎ込む感じでもう一度試してみる。すると、カップがきれいな水で満たされた。思い切って、一気に飲んでみる。
「おいしー、え、何これ! 下手なミネラルウォーターよりおいしいじゃない! それに、何だか元気になった気がするわぁ」
たっかい栄養ドリンクを飲んで、身も心もリフレッシュした感じと言ったら分かるだろうか? 前世で飲みたかったわ、これになら三千円、いや五千円くらい出しても惜しくないもの! まぁ、そんな高いの飲んだことないんだけどね。
大発見に興奮しながら、わたしはベッドの上でコロンコロンする。コロンコロンすると、外れないサークレットが痛いわね。
「フェルナンドさぁん、これって外れないんですかぁ?」
ずっと沈黙したままのフェルナンドさんに声をかけた。返事はまったく期待していなかったんだけど、フェルナンドさんが返事をした。相変わらずの美声だ。
「グレイツィアが、魔力の少ないお前を後継者に選んだからな。わたしの魔力がたまるまでは、外すわけにはいかない」
グレイツィアならすぐためられたぞと、ぶつぶつ文句を言うフェルナンドさん。……何だか呪いのアイテムっぽいわ。