第32話 マリー、シンシアと問答する。
「マリーはやっぱりすごいのね。それに比べてわたしは……」
案の定、落ち込むシンシア。ご、ごめんね……。
「『死者への祈り』ができたのはすごいわね……。ただ、『癒しの水』よりも上手にできたのはなぜかしら?」
考え込むマイア司祭。難易度は「死者への祈り」のほうが上である。わたしは、シンシアとマイア司祭の疑問に対する答えらしきものに思い当たった。まぁ、もちろん確証はないんだけどね。
「ねえ、シンシア姉ちゃん。姉ちゃんは『死者への祈り』のとき、誰を思い浮かべてる?」
「どういうこと? 『癒やしの水』もだけど、今回相手はいないわよ?」
ちょっといじけながらも、素直なシンシアは答えてくれた。
「初めてお母さんのお墓に行ったとき、わたしお祈りして倒れたよね? あのときも『死者への祈り』を使ったんだけど……」
「ちょっと、待ちなさい。神聖魔法を使って倒れたですって!!? そんなはずはないわ。自分の力量が達してなくて使えない場合は、発動しないわ!」
「え? でも、そのときだけじゃなくって、けっこうわたし魔法使って倒れ……」
マイア司祭の怒りがぶり返しそうになったので、途中で口をつぐんだ。ふう、危ない危ない。
「何回か試してみたけど、『死者への祈り』は相手がいないと発動しないのよ。誰か知ってる人で死んじゃった人っている?」
「えーっと、アンナ司祭かしら? でも、アンナ司祭はちゃんと海に還れたはずよ。すごく立派な方だったのよ! お祈りがなくても、自力で還れるわ」
「でも、『死者への祈り』って、同じ相手に何回使ってもいいんでしょ?」
「海に還れたなら、一回お祈りするだけでも良くないの?」
ふむ、話がかみ合わない。わたしが思うに、「死者への祈り」のお祈りの言葉「『海』に無事に還れますように」は、確かに言葉自体に意味はあるのだろうけど、死者の霊をなぐさめるときにいつでも使える言葉なんだろう。天国でも浄土でもそれこそ海でも、行ってしまえば終わりというわけではない。
それに、魔法の演出も気になった。濃い青い光が、引き潮のようにさーっと流れていく。周りにいた人たちにも光が届いてたわけなんだけど……あれって、大切な人を失った周りの人たちのこともなぐさめているのかしら?
よく分からないと言った顔のシンシアと、考え込んでいるわたし。それをマイア司祭は静かに見守っていた。
「でもよお、おれが死んだときは、おれはどこに行くんだ?」
「わたくしの場合は、『空に還る』はずですけど……。マリーがお祈りをしてくれたなら、兄様とわたくしも海に還るのかしら?」
テオとエミリアも考え込みだした。みんなで考えれば正解にたどり着けないかしら? マイア司祭は静観するみたいだし。
「町で行き倒れの人がいたら、シンシア姉ちゃんはどうする?」
「! 海に還れるよう、お祈りをするわ! ……でも、ほかの宗教の方だったら……ほんとうは余計なお世話だったのかしら……」
再び悩むシンシア。マイア司祭は、そんな彼女にアドバイスを与えた。
「シンシア、マリーの言ったように、アンナ司祭に対してお祈りしてみなさい。アンナ司祭が海で幸せに暮らしていることを願ってね」
「はい、マイア司祭」
そしてシンシアは、言われたとおりにお祈りをした。青い光が広がる、神聖魔法の成功だ。
「マイア司祭、マリー、わたしできたわ!」
シンシアはそう叫ぶと、ワンワン泣き出した。周りのみんなもつられて泣き出す。人一倍自信が無くて、後ろ向きなシンシア。正直めんどくさいと思わなくもないが、これは若いころのわたしだ。わたしも同じように、ネガティブな思考の海でおぼれていたからすごく分かる。成功体験さえつんでいけば、優しくて真面目な彼女のことだもの、立派な聖職者になれるに違いない。
「みなさん、聞いてちょうだい。このお祈りは、亡くなった方のこれからの幸せを祈るものです。人は亡くなると、『審判の場』というところに連れて行かれます。そこから人によって行き先が変わるのね。『海』に還る人もいれば、『空』に還る人も、『土』に還る人もいるわ。他にもいろいろと行き先があるのよ。そして……残された人たちは、悲しみに暮れつつも日々を生きていかないといけないわ。その悲しみを癒やす力もあるのですよ」
最後はマイア司祭が締めた。やはり年長者であり、司祭なだけあるわね。まぁ、わたしよりは年下だけど。
わたしは前世では、アラフォーまで生きた。それまでにはけっこうな数のお別れも経験した。もう祖父母は四人ともいないしね。いったん大人になってまたやり直すっていうのは、それだけでもチートなのかもしれない。まぁ、そんな体験めったにできないだろうけどね。