第31話 マリー、初めて魔法が成功する。
慌てて孤児院に帰ったわたしたち。でもマイア司祭たちは神聖魔法の習得に集中し過ぎていて、わたしたちが帰っていないことにまったく気がついていなかったみたい。
助祭になるためには、「死者への祈り」ができなければならない。シンシアは、わたしたちのいない間お祈りの言葉をずっと唱えていたけど、まったく発動しなかったとか。うーん、どうしたものか。
「わたしには才能がないのかもしれないわ……」
またもや落ち込むシンシア。
「練習を始めてまだ一日目ですよ。練習あるのみです」
「なんかコツみたいなのはないのか……ですか?」
「コツねぇ……。信仰に王道なしよ!」
マイア司祭の根性論だ。確かにそうなんだけど、ほんと何かないのかしら? シンシアはひざまずいて、一心にお祈りの言葉をささげている。
「マイア司祭、エドワード神官からこちらをいただきましたわ」
エミリアが聖水のビンを見せながら、冒険者ギルドでのことを話した。テオとわたしも、隣でソーレ教の女の子の横暴さについて文句を言ってやった。……ちょっと大人げなかったかしらね。
「まあ、あなたたちそんなことが……。大変でしたね。まったくエドワード神官も!」
マイア司祭はわたしたちの話を聞くや、ソーレ教の神殿にどなり込みそうなくらい怒りだしたので、みんなで必死に止めた。せっかく手打ちになったのに、話がややこしくなるわぁ。まぁ焚きつけたのはわたしだけどね。
「そうだわ、マリーにも神聖魔法を教えましょう。まずは『回復の奇跡』よ。お祈りの言葉は、『癒やしの水』。さあ、やってみてちょうだい」
それから、ようやく怒りのおさまったマイア司祭が、わたしにも神聖魔法を教えてくれた。お母さんに教わってるので、「癒やしの水」は知ってる。知ってるからいいんだけど、お手本とかないのかしら? まさか、シンシアのときもお手本なしだった?
「マイア司祭、「癒やしの水」のお手本が見たいんですけど」
「お手本ねえ……では、一度だけ。「癒やしの水」!」
マイア司祭は手を伸ばしながらお祈りした。淡い光が、上に向けた両の手のひらから発せられた。少し青みがかっていて、いつ見てもきれいだ。
「光が見えましたか? この光を患部に当てると、傷を治すことができます。今は誰も怪我をしていなかったので、光っただけですがね。さあ、マリー。やってみて」
「はい。「癒やしの水」!」
わたしもまねしてお祈りしてみた。お母さんと、神聖魔法に限らずいろんな魔法の特訓をしていたんだけど、わたしの魔法はいつも不発だった。ひどいときは……って、たいがいいつもだったんだけど、気を失うことも多かった。で、今回はというと……。
「!! マリー、光ったわ!」
「お、ほんとだ。光ったな! すげーやマリー!!」
なんと光った。もっとも、マイア司祭のようなきれいな光ではなかったが。なんなら一瞬過ぎて、ちゃんと回復できるのかビミョーではあったが、光ったことは光った。もしかして、人生初魔法かしら? 何だか顔がにやけてくるわぁ。
「初めてにしては上出来ですよ、マリー。ただ手の動きが少し違います。そこを直すと、もっと上手にできますよ」
手の動きねぇ。お母さんの手の動きを何度も見たことがあるんだけど、いまいち自分では再生できない。苦手なのよ、こういうの。それにひきかえ、お母さんの動きはきれいだった。それこそなめらかで、流れるような動きというか。ん、あれ? お母さんとマイア司祭の動きもちょっと違う気がする。大きくは違わないんだけど、細部が何というか……。
「マイア司祭、もう一度、『死者への祈り』を見せてください!」
わたしがうんうんとひとり考えこんでいると、シンシアが熱のこもった目でマイア司祭に頼み込んでいた。司祭の口元が、少しひくついたのが見えた。
「シンシア、今日だけで何回見せたと思っているのですか……。分かりました、もう一度だけですよ」
まだ魔力があまり回復していないのですよ、とぶつぶつ言いながらも、マイア司祭はひざまずくとお祈りを捧げた。
「『海』に無事に還れますように!」
さっきよりは濃いめの青い光が、まるで引き潮のようにさあっと流れていった。耳をすますと、波の音とか聞こえそうね。マリエラさまは海の女神さまなので、魔法の演出が水に関係しているものが多い気がする……って、エフェクトってゲームか!
「『海』に無事に還れますように」
シンシアまたもや不発。ああ、「死者への祈り」といえば、お墓でやって気を失って、あとでしこたま怒られた思い出が……。
「『海』に無事に還れますように」
わたしもやってみた。またもや、強烈な眠気に襲われる。あれ、でも引き潮が見えたわ。エフェクト的には、さっきよりはうまくいった気がする。みんなが驚いて、こっちを見てるわ。し、シンシアの視線がとりわけ痛い……。