第28話 帰りの馬車の中にて (アリスィ司祭視点)
今回はアリスィ司祭視点です。え、誰かって? 高司祭の妹で、一緒に孤児院に来ていた司祭様です。孤児院訪問中は、一言もセリフがありませんでしたが。
「アリスィ司祭、もう買い物は済んだのか? ったく、お前は買い物が好きだな」
「はい、高司祭様。カレンディアには初めて来たのですが、ドワーフの集落が近いこともあって、興味深いものが多いですね」
わたしはさっそく買ったものを取り出しました。今回のいちばんの収穫は、なんと言ってもこの金属製のカップでしょう。
「高司祭様ご覧ください。装飾も何もないこのシンプルなカップですが、驚くぐらい手にフィットするのですよ。飲み口もとても薄いですしね」
「ほう、さすがはドワーフの職人は器用だな。ルトーガに呼び寄せたいところだな」
わたしたちの祖国ルトーガは、エルフの国イースタニアの隣にあります。国土は狭いのですが、海外との交易は盛んです。
「まあ、アリスィ司祭様! あなた様のようなご身分の方が使うようなカップではありませんよ! 美しい磁器のカップを使うべきですわ」
パウラ助祭はお気に召さなかったみたいですが。
身分と言えば、わたしたち兄妹のお父様はルトーガ国王です。お母様があまり身分が高くないことに加え、王子王女の数も多いので、二人で好きなことをさせてもらっております。ルトーガの国教でもあるマール教の大教会に入り浸っていたこともあり、若くして高司祭や司祭の地位をいただくことができました。これはわたしたちにとって、王位継承権よりも嬉しいものです。
ルトーガの民のことはもちろん愛しておりましたので、教会の立場から皆さまのお役に立てればと思っておりましたが……いろいろございましてコートランドの教会へと参りました。今はコートランドにて、日々のお勤めに励んでいるところでございます。
「お二方、馬車が参りましたよ。さあお乗りくださいませ」
わたしたちだけの貸し切り高級馬車です。荷物も少ないし、乗り合いでも良かったのですが、箔がつかないということで、この馬車になりました。はぁ、いけませんね。ちょっと愚痴が多くなってしまいました。パウラ助祭も、わたしたちのことを考えて手配してくださったというのに。
パウラ助祭も同じくルトーガ出身です。わたしたちがコートランドの王都エディーナに赴任してからほどなくして、同じくコートランドのバネスに赴任されました。コートランドはソーレ教徒の方が多いため、本国としても信者数を獲得したいようですね。ルトーガからこちらに布教に来ている方は、それなりにいらっしゃいます。
「マイア司祭には困ったものですわ。お金遣いが荒くて、いかがわしい方たちから借金なさるのですからね。わたくしも田舎町のバネスから、ようやくスターリーに異動できたというのに、あんな方たちに脅されるなんて……」
マイア司祭は、スターリーの司祭様です。スターリーとカレンディアの孤児院も管理されています。
「ですが、孤児院の経営にお金がいるのでしょう? 本山からの補助は、スターリーの分しか出ていないようですし」
「そうなのですよ! だいたいカレンディアは、わたくしたちには関係ないはずですわ。ご高齢だったアン司祭が亡くなってから、カレンディアの教会は閉鎖されたでしょう?」
「アンナ司祭ですよ、パウラ助祭。亡くなったときには、まだ孤児院に子どもたちがいたのでしょう? 教会が閉鎖になったとしても、孤児院を閉鎖するわけにはいけませんわ」
それからさらに五年近く経ちました。今も残っているのは、昨日お会いしたシンシアさんだけです。さらに三人増えて、現在四人。なおさら閉鎖するわけにはいかないはずですけど。
「これで、能力が高い子どもばかりでしたら良かったのですけどね。ルトーガの孤児院なら、四人もいれば一人くらいは能力の高い子がいるはずなのに。学のなさそうな子どもしかいないのですからね。本山から補助を出す必要もないのではないでしょうか」
……皆さんと長い時間を過ごしたわけではないですけれど、全員学がないわけではないと感じました。特に、あのマリーさんという三歳の女の子。体は小さいのに、妙に大人びた話し方をする子でした。あの知性をたたえた目は、わたしより年上だと言われても信じてしまいそうです。
「あの、エミリアだったか? あれの母親は、コートランドの聖女といわれた女だろう? 父親も貴族だというし、血筋はいいのではないか?」
今まで黙っていたお兄様が、口を挟みました。お兄様はパウラ助祭がお嫌いなのか、いつも素っ気ない態度をとっています。これでも、自分の気に入った相手にはお優しいのですが。
「お言葉ですが、高司祭様。あの娘は婚外子ですよ? 親が結婚もせずに生まれてきたなんて、信じられないことです」
おお嫌だとばかり、パウラ助祭は身震いしました。エミリアさんは不幸にしてご両親に育てられませんでしたが、一般の方に比べると魔力は高いようです。ソーレ教の方々に受け入れられたら良いのですが……。
それからパウラ助祭は、延々と話し続けていらっしゃいました。わたしはあいまいに相づちを打ちながら、お話を聞いていました。お兄様はあれから一言も発しません。
「……カレンディアは田舎ですわね。何もない、つまらない町でしたわ。人々も学もなさそうで……」
「……粗野な方たちばかりで落ち着きませんでしたわ。早くスターリーに帰りたいですわ。それから……」
正直なところわたしはパウラ助祭が苦手なのですが、これから二月の間同じ教会で奉仕しなければなりません。ずっとお話になっていた助祭が疲れてお休みになられたときは、ちょっとほっとしてしまいました。
「カレンディアの孤児院だが、アリスィはどう思う?」
今まで無言でしたお兄様ですが、ようやく口を開きました。狸寝入りをされていたのですね、ちょっとムッとしてしまいました。
「素敵なところですね。皆さん仲が良くてうらやましいです。町で聞き込みをいたしましたが、町の皆さんも好意的に見ていらっしゃるようです。ただ……」
「ただ、何だ?」
「やはり資金が足りていないようです。マイア司祭も月に一度しか訪問できず、教会の勉強も足りていません。シンシアさんをスターリーに呼べたら良かったのですが、テオさんやエミリアさんのこともあるし、難しかったようですね。彼女は信仰心も厚く、将来的に司祭になれると思われます」
「ふむ」
「お兄様、差し出がましいようですけれど……教会と孤児院とを分けることはできないでしょうか? 教会に関係のない孤児院なら、テオさんたちもいてもよいのでしょう? それに……」
「まあ、二ヶ月後だ。この二ヶ月間であいつらがどう成長するか見物だな。おれが欲しいのは、能力のある駒だ。いずれおれが最高司祭になるために駒が欲しい」
今の教会は腐っていると、お兄様の目が伝えてきました。パウラ助祭はあちらの派閥ですので、声に出すことはできません。わたしも気を抜くわけにはいきません。いつ今の地位から引き落とされるか分からないのですから。……本当は、そんなことを考えずに、ただ信仰のことだけを考えられたらいいのですがね。
人間工学に基づいたカップ、エミリアはサラブレッド、高司祭様の塩対応……言葉を言い換えるのって、なかなか難しいですね。うまく伝わったでしょうか?