第26話 マリー、エミリアの告白を聞く。
高司祭様たちが帰っていった。みんな呆然として動かない。無理もないけど、お腹が空いたわ。
「皆さん、わたくしに力がないばかりにごめんなさい……」
「マイア司祭は、わたくしたちのためにいつも頑張ってくれていたわ!……皆さまとお別れするのはつらいけれど……」
エミリアはそう言うと、しくしく泣き出した。つられて、シンシアもテオも泣き出してしまう。泣いていないのは、わたしくらいだ。
ひとしきりみんなが泣くのを待ったあと、わたしは口を開いた。
「マイア司祭はわたしたちのために頑張ってくれていた。でもそれで司祭が借金を負っていたら、意味が無いよ。いつまでそんな生活が続けられたのか……」
マイア司祭は静かにこちらを向いた。ほかのみんなもだ。
「そうね、マリー。でもみんなが成人するまでは、ここで面倒を見たかったのよ。資金に関しては……わたくしの神聖魔法がさらに向上すれば、寄付金というかたちでさらに収入が見込めるわ」
「『回復の奇跡』一回につきいくら、とかもらうの?」
「寄付はお気持ちよ。『回復の奇跡』はポーション並の効力があるから、金貨二枚が相場というけど……」
なるほど、マイア司祭は商売に向いていなさそうだ。
「大けがをしているけど寄付を払えなさそうな貧しい人がいたら……」
「! マリー、人の命は尊いものよ。聖職者として困っている方がいたら、たとえ無償でも奉仕せねば!」
……ほらね。
「あ、でも。そういう場合は小麦とかお芋とかがもらえるのよ……。本当に無償というわけではないわ……」
わたしのジト目に気がついたのか、マイア司祭はゴニョゴニョと言い訳をした。
「マリー、聖職者とはそういうものなのよ。あなたも大きくなったら分かるわ」
シンシアが諭すようにわたしに言った。確かに、真の聖職者とは「そういうモノ」かもしれない。でも彼らだって、雲や霞を食べて生きているわけではないのだ。何をするにしても、お金は必要だ。
「高司祭様は二ヶ月間の猶予をくれたわ。それに、マイア司祭の代わりの司祭様をスターリーに置いてくれた。わたしたちがこの間に現状を改善しさえすれば、みんなで暮らせるんじゃないかな?」
「ゲンジョウのカイゼンね……それって、どうすればいいんだ?」
みんな黙ってしまった。現状の改善といっても、一体何から手を付けていいのやら。……あと、みんなお腹空かないのかな? この雰囲気の中でも、空くものは空くよね?
「こんにちはー。お弁当ですー」
場違いな明るい声が響いた。見ると、知らないお兄さんが大きな包みを抱えて立っていた。
「ええっと、間違っていませんか?」
「あれ、ここマール教の孤児院ですよね? 黒髪の若い女性から、ここに届けるよう頼まれたんですけど。祭服着てたし、関係者ですよね?」
「ああ、アリスィ司祭ね。ありがとうございます。あの、お代は?」
「あ、もらってますよ。それから手紙も預かってるんで!」
手紙とお弁当の包みを渡すと、元気なお兄さんは帰って行った。お弁当の入っている木の器は、お店に返すシステムらしい。そうね、使い捨てとか、ものが有り余ってないとできないもんね。
「マイア司祭、お手紙には何と書かれていますの?」
「ええと、『クリスティアーノ高司祭様は、能力のないもの、向上心のないものがお嫌いです』とあるわ」
「どうしよう……わたしそんなに能力が無いわ……」
また落ち込むシンシア。でもとりあえず……。
「せっかくアリスィ司祭様がくださったんだもの、みんなでお昼にしようよ。それに……やる前からあきらめるのは良くないよ。向上心を見せつけないと!」
「そうだな、マリー! コージョーシンを見せてやろう! ……って、コージョーシンって何だ?」
それから、みんなで食堂に移動し、お昼にした。アリスィ司祭様のくれたお弁当は量も多く、おいしかった。昨日に引き続き、おごちそうが続くわね。
「なぁ、みんなで司祭を目指すんだ! そうすれば、お金ももうかるぜ!」
みんなで満足するだけ食べると、テオがそう言った。
「そうですわね。信仰とかそんな甘いこと言ってる場合じゃないですわね」
え、きみたちそれでいいの? ていうか、それ高司祭様相手に逆効果だと思う。
「シンシア姉ちゃんとわたしは司祭を目指すよ。テオ兄ちゃんは冒険者、エミリア姉ちゃんはソーレ教の神官を目指すといいよ」
「!!? でもマール教徒じゃないと、ここにいられないわよ!?」
「この孤児院に住むことに、こだわらなくてもいいんだよ。それに高司祭様は信仰に厚い方だよ? 兄ちゃんたちが無理をしてマール教徒になることは望んでないと思う」
「確かに、住む場所なら探せばあるかもしれないわね。無いなら、町外れにでも小屋を建てたらいいわ。ただ……エミリアを受け入れてくれるソーレ教の神殿があるかどうか……」
「マイア司祭、なんでエミリア姉ちゃんはソーレ教に受け入れてもらえないの?」
マイア司祭が、口を開きそうになったが、また閉じる。言ってもいいものかと迷っているみたい。
「マリー……わたくしは私生児なの。意味が分かるかしら?」
「え、うん。意味は分かるよ……。ご両親のどちらかがソーレ教の関係者なの?」
私生児が分かる三歳児に、マイア司祭は、誰が教えたのかしらみたいな顔をした。しかし補足をしてくれる。
「ええ、お母様がソーレ教のコートランド大神官のお嬢様でしたよ。コートランドのソーレ教徒を束ねるお方のお嬢様ね。マール教で言えば、大神官は、クリスティアーノ高司祭様と同じ立場になるわ」
あれ、過去形になってるけど?
「お母さんはもう?」
「ええ。わたくしが五歳のときに、みずから命を絶ったわ……ソーレ教徒にとって自殺は禁忌ですのに……」
「姉ちゃん、変なこと聞いてごめんなさい」
「いいのよ、マリー。いつかは言わなくてはならないもの。それから、お父様ですけど、コートランドの中でも偉い方らしいの。お母様はどなたとは言わなかったのだけど」
「ふう。それで、エミリアの立場はソーレ教徒の中でも微妙なものになっているのよ。しかもお父様も要人だから、大神官様もことを荒立てられなかったしね。そしてご縁があって、エミリアはここの孤児院に来たのです」
ご縁ね、たらい回しにされたんだろうなと思うと、切ない気持ちになった。