第25話 マリー、孤児院の危機に直面する。
次の日朝早く、クリスティアーノ高司祭様たちがやって来た。高司祭様は元気だけど、アリスィ司祭様とパウラ助祭様は何だか眠そうだ。
「「おはようございます」」
「うむ、おはよう。すがすがしい朝だな、田舎は空気がうまい」
みんなで礼拝堂に向かう。礼拝堂といっても、元々大きな教会ではなかったので、二十畳もないくらい。三十平米くらいかな?
高司祭様が女神像の前にある壇上に立ち、朝のお勤め、それに法話をしてくれた。考えてみたら、相手は高司祭様だし、得がたい経験よね? マイア司祭やシンシアが、うきうきしているのが分かる。高司祭様は口が悪いし、態度も粗野だけど、高司祭としての実力は確かなようだ。法話も面白かった。
「……ふむ。ここらで休憩とするか」
そう言うと、高司祭様はわたしの方へ近づいてきた。昨日のこともあり、身構えてしまう。
「おい、マリー。お前眠たくはないか? 体調はどうだ?」
「高司祭様、眠くはないです。お話面白かったです」
まぁ、実際の三歳児だったら、眠かったかもね。でもわたし、この中で上から二番目くらいの年齢だから!
「ふむ、まぁ、昨日はすまなかったな。おれともあろうものが、マリエラさまのお力を見くびってしまうとは。お前に教えられたぞ」
「あ、いいえ。お役に立てたなら何よりです」
十代半ばぐらいと三歳児の会話としては何だかオカシイ。
「お前は見た目のわりには、年を食ってるな。老せ……いや、大人びているというか」
「そうですか? ああ、おばあちゃんくらいの年齢の育ての親と暮らしていたからですかね?」
ちょっと無理があるけど、そう言いながらにっこりと笑う。
「ふむ、お前もばあちゃんっ子か。おれもだ。早くばあちゃんを引退させて、楽してもらいたいぜ」
そう言ってにやりと笑った高司祭様は、年相応で何だか親しみが持てた。
「高司祭様のおばあ様って、何をされているんですか?」
「ああ、まぁ実のばあちゃんじゃないのだが。クレア最高司祭様だ」
「クレア!!?」
クレアの名前に、わたしは驚愕する。孤児院の面々も同じだったようだ。あ、みんな最高司祭様のお名前知らなかったのね。
「ええ、マリーのお母様と同じお名前ね。最初聞いたとき驚いたわ。でもまあ、そう珍しい名前でもないしね」
マイア司祭が言った。お母さんは、カレンディアの人たちには偽名を使っていたわけだけど、何でクレアだったんだろう? 最高司祭様と関係があるのかな?
「ああ、そうだ。ばあちゃんっ子とかどうでも良かったんだ。もう一度聞くが、お前は今眠くもないし、体調も悪くないんだな?」
「はい。どうしてですか?」
「お前の付けているサークレットだが、それにお前の魔力が流れていっている。もっとも、問題にならないくらいの微量ではあるが」
「!!? 魔力って見えるものなんですか!?」
「ああ、まぁおれくらいになると見えるぞ。正確に言うなら、魔力の流れが見えるのだ」
高司祭様は得意そうに言った。けっこう子どもっぽいな、この人。って、子どもか。
「問題にならないくらいの微量……それこそ自然回復分くらいだ。魔力量を上げるための魔道具といったところか。お前が持つには不相応なものだ、盗られないように気をつけておけ」
まぁ一般人が見たらただの飾りにしか見えんが、と付け加えていた。今の流れから取り上げられるかと思ったけど、意外にいい人なのかしら?
でもこのサークレットにしてみれば、魔力量を上げるのなんてオマケ機能でしかないのよね。おしゃべりサークレット君だということは、まだ伏せておこう。それに、わたしの魔力を吸い取っているのは、自分の『充電』のためのような気がするわぁ。まぁ、ついでにわたしの魔力量が上がるなら良しとするかな。
そうこうしているうちに、休憩が終わった。
「さて、この孤児院の今後についてだが……」
みんなの、ツバを飲み込む音が聞こえた気がした。子どもたちはみんな、顔が真っ青になっている。
「孤児院に住めるものは、マール教徒であるシスター・シンシアとマリーのみとする」
シンシアとエミリアが泣き崩れたのが見えた。テオも真っ青になって、ブルブル震えている。
「昨日あれから町中を回って話を聞いてきた。そこのテオは無神論者、エミリアはソーレ教の信者というではないか。マール教も慈善事業するほど余裕はないのでな」
ああ、だから司祭様たちが朝お疲れだったのね……って、そんなことはどうでもいいわ。
「高司祭様、エミリアもテオもまだ成人していませんし、それに……」
「マイア司祭よ、これはもう決定事項だ。まあ今すぐは難しいだろうから、二ヶ月の猶予をやろう。……もしそれまでに現状の改善をし、おれを納得させることができれば、考え直してやらなくもない」
そう言うと、高司祭様はにやりと笑った。毎回同じように笑っているはずなのに、毎回感じが違うわね。
「これからの二ヶ月間、スターリーの司祭はアリスィ司祭とする。マイア司祭は、カレンディアで対策を練ってはどうだ?……それから聖職者が金貸しの世話になることは禁止だ。言ってる意味は分かるな?」
「そうですよ、マイア司祭。あんな人たちが教会にいらっしゃるのには耐えられませんわ!」
パウラ助祭様が、心底嫌そうに言った。マイア司祭と同じく厳格そうな雰囲気だけど、司祭とは違って底意地の悪さを感じるわあ。偏見かしら?
「……申し訳ございません」
マイア司祭は震えていた。今にも倒れそうなくらい、顔色が悪い。マイア司祭は、わたしたちの生活費を出してくれていた。別に資産家というわけでもなさそうだし、やっぱり負担が大きかったのね。
「お前たち、二ヶ月後だ。二ヶ月後にまた来る」
そう言うと、クリスティアーノ高司祭様たちは出ていった。
「マイア司祭は、真面目すぎて融通がきかん。せいぜい頑張るんだな、お前たち」
……高司祭様がわたしたち四人を見回して言ったような気がしたけど、気のせいかしら?