第24話 マリー、作戦会議をする。 下
教団内での階級を上げるためには、神聖魔法の数をこなさなければならない。そしてそれには大量の魔力がいる……なんて、まるでRPGみたいね。なら魔力の最大値も、魔法をたくさん使えば上がるのかな?
「六歳で司祭になれるなんて、最高司祭様は恩寵持ちでしたの?」
「そうねえ、エミリア。恩寵持ちの可能性もあるけれど、当時孤児院にいらした高司祭様にとても優れた方がいらしたそうよ。だからルトーガの孤児院からは、多くの司祭や高司祭が出たわ。そしてマール教は孤児院の建設に力を入れ始めたの」
その高司祭様のように子どもを育てるのは難しいのだけどねと、マイア司祭は付け加えた。
「その方は先代の最高司祭様なのですか?」
「いいえ。残念なことに、彼女は途中で姿を消したの。総出で行方を探したのだけど、とうとう見つからなかったわ。いなくなる理由も、まったく見当も付かなかったそうよ」
シンシアの問いに、マイア司祭は本当に残念そうに答えた。本当にもったいないわぁ。何なら、マニュアルか何か残しておいて欲しい。
「魔力の回復には寝るのがいいってシーナさんが言ってたけど、ほかに方法は無いの?」
寝れば回復するなら寝たらいい話だが、それならもっと魔力が高い人が多くてもいいはずだ。何かコツのようなものがあって、最高司祭様や高司祭様は若くして司祭になれたんじゃないかな?
「宮廷魔法使いは、マジックポーションを使うわね…もしくは性能のいい魔道具を使って、効率を良くするか。ただそのポーションはかなり高いから、普通の魔法使いは『黒のポーション』を飲むの」
「黒のポーションって? それを使えば、姉ちゃんもたくさん神聖魔法が使えるんじゃないのか?」
「そうねえ……一回に飲む量は少ないのだけど、すごく苦くて飲みにくいわ。まあわたくしは好きなのですけど。それでも、一日に何度も飲めるようなものでもないわ。子どもなら特にね」
黒のポーション、何だか響きが怪しいわ……。苦くて飲みにくいのに好きって、マイア司祭も変わってるわね。
「ははは、マイアは黒のポーション好きだったねぇ。あたしは苦手だったけどねぇ」
マルタさんが、本日何度目か分からないエールを持ってきた。
「酒を飲んだ後も、締めに飲んでたもんねぇ。そうだ、この後も飲むかい?」
「そうね、後からお願いするわ」
マイア司祭は荷物の中から、小さなやかんを取り出した。台座と一体化した、変わったかたちのやかんだ……って。
「もしかして、エスプレッソ?」
「? エス何ですって? まぁ、マリーにはまだ早いわね。シンシア、飲んでみる? これを飲むと、魔力が回復するの。まぁ何度も飲めるものでもないけれどね……お高いし」
最後の一言はちょっと小さめだった。でも、黒のポーションがエスプレッソなら、魔力を回復させるというよりは、眠気を覚ましているってことよね。もっとも、エスプレッソ自体はカフェインがあまり含まれていないって聞いたことがあるから、目が覚めるような気がするという気分の問題かしらね。
「ええっと、わたしは遠慮しておきます。苦いの苦手だし。やっぱり魔力を上げるのって難しそうですね……」
火の魔法を使えるようになって十年近く経つが、昔とあまり変わらないと、シンシアがしょんぼりしながら言った。
「姉ちゃんは火の魔法の他に、何が使えるの?」
「火の魔法だけね。まきに火をつけたりしかできないわ」
「水とか風とか土とか……」
「うーん、そのほかの魔法は使うことがないもの。契約は一応してるけどね」
「そうね。ほかの精霊にお願いすることは、わたくしも滅多にないわね」
ふむ、圧倒的に使用回数が足りない気がするわ。こちらの世界では、寝る前に魔力をからっぽにすることは一般的ではないのかしら?
「みんな、見てて」
わたしは空のコップを手にとった。そして。
「ウォーター」
水で満たしたコップを、みんなに見せる。みんな驚きの表情となった。
「な、水がコップに入ってるぜ!!?」
「マリー、お水がほしいなら井戸からくんでくればいいのに。魔力の無駄だわ」
「そうよ。魔法というのは、普通にはできないことをするものなの」
あれ、驚きの方向性が違ったわ……。
「魔力はどうせ回復するのよ? このあと寝るだけなら、からっぽになるまで使ってしまったらいいもん。そしたら、朝起きたら、また満タンだよ? 魔力は使えば使うほど、上限が増えていくんじゃないのかなぁ?」
「そうは言ってもねえ、魔法で作った水を飲むなんて、もったいない気がするねえ」
「うーん、じゃあ、これはどう?『ケトル』、『クーラー』」
ほかの空いたコップに、今度はお湯を出してみせる。そして、ひんやりとした風を、ほんの一瞬ではあるが吹かせてみせた。や、魔力の関係上、わたしそんなに魔法使えないのよ……。
「あら、これお湯だわ。なるほど、手間が省けていいわね」
「それより、今一瞬だけど冷たい風が吹かなかったかい? こんな暑い時期には気持ちいいねぇ」
「あたしゃ、寝る前に魔力をからっぽにするという考え方に驚いたさねぇ。確かに合理的だ。魔力は使えば使うほど、その上限値が増えるというのは正解だよ」
いつの間にかシーナさんも来ていた。というか、宿屋のほかのお客さんも、いつの間にかわたしたちの周りに集まっていたみたい。き、気がつかなかったわ……。
周りのお客さんもわいのわいのと議論しはじめた。きっと、魔力で作った水を使うというのは、買ってきたミネラルウォーターで洗濯したり、食器を洗ったりするくらいもったいないことなのかもしれないわね。だからそんな考えに至らなかったのかも。
一般のお客さんたちも、高価な魔道具を買えず、少ない魔力をやりくりしている。魔力を増やすために魔力を使い切って寝るというこのやり方を、実践してみようという声があちらこちらから聞こえた。
この方法が、マリー式と呼ばれるようになるのは、また別のお話。