第20話 マリー、疑いを晴らそうとする。
「母が魔女だなんて、どういうことですか?」
わたしは口調きつめに、インテリ眼鏡に質問した。……すぐカッとなるのは、まだ三歳だからしょうがないと思う。
「君がこの町に着いたときの様子を知っているかい? ヘルハウンドの群れが、町を襲っていたんだ」
「……寝込んでいたので分かりません」
まあ、マルタさんたちの話で、ヘルハウンドの件は聞いてたけどね。くわしいことは知らない。
「町のみんなはそんな魔物に対抗する術を持っていない、冒険者たちも含めてね。そんな中、君のお母さんは何をしたと思う?」
「? 何をしたんですか?」
インテリ眼鏡はにやりと笑うと、さらに続けた。
「何頭ものヘルハウンドを、細身の長剣で一刀のもとに斬り伏せたんだ。それから神聖魔法で怪我人の手当てをした……これがどういうことだか分かるかい?」
インテリ眼鏡はねちっこい感じで私に問うた。え、お母さん何も悪いことしてないよね?
「?? 母はカレンディアのみんなを助けました。ほめられることはあっても……」
「君のお母さんは老婆だと聞いている。年老いた老婆がそんなことできるかい? だから魔女に違いない」
ますます分からない。もしかして『魔女』というのは、ほめ言葉なのかしら? でもそれにしては言い方が変だ。
「魔女というのは魔物を使役する、カルマの低い卑しい者たちだ。そして一般人に災いをもたらす。おおかた、住民登録のない魔女がここカレンディアに入り込むために、自分の使役獣とひと芝居うったのだろう。そんな悪辣な魔女の娘である君には、カレンディアの住民であってほしくない」
「な、何で町の人を助けて魔女にされるんですか!!? それに、ヘルハウンドは、別に母が召喚した魔物じゃないですよね?」
「……ふうん、なら証拠はあるのか?」
証拠も何も、そっちこそ母が召喚したという証拠がないではないか! わたしがカッカとヒートアップしていると、隣のマイア司祭が口を開いた。
「マリーの母親のクレアは、町の人を神聖魔法で癒したとか。それはどなたか証人がいらっしゃるのですか?」
にやりと笑うクソ眼鏡。
「ああ、何人もの証言が取れている。かくいうわたしもその一人だ」
この恩知らず! どの口がそんなことを言ってるんだ?
「傷を癒す神聖魔法は、我がマール教固有のものです。彼女がマール教徒なら、魔女になり得ないのでは? 理由はエングラードの魔法大学校を卒業したあなたならお分かりですよね?」
魔法大学校の言葉に、クソ眼鏡の表情が明るくなる。
「ま、まあそうだな……しかし、ならクレアがこのマリーの母親であるという事実は何とする? 見たところ二、三歳だ。老婆になって赤ん坊が産めるものだろうか? するとやはり、クレアは魔女に違いない!」
何だか話がおかしな方向に行きだしたぞ?
「……お言葉ですが、クレアはあくまでマリーの育ての親であり、生みの親ではありませんが……」
「? しかし単に母親といえば、生みの親しか考えられないではないか?」
「一般的には。しかし二人の年齢差を考えると、わざわざ断りを入れる必要がないのでは?」
「マリーもマリーだ。クレアのことは母と言っているではないか! わたしをだましているのか!!?」
「ですから……」
言い争うマイア司祭とクソ眼鏡。わたしはそれに参加できずに、目の前のお茶を飲む。お茶? いつの間にか、お茶が出されていた。金のふち取りのある、真っ白なティーカップだ。あー、これに野いちごの絵なんて描いたらステキだろうなぁ。このお茶も香り高くておいしい。自然と顔がほころぶ。お茶のおかげで、かなり落ち着けたようだ。
「ヘンリーさん、そうは言っても、マリーちゃんはまだ三歳ですよ? こんな小さな子どもを、危険な町の外に追い出す気ですか?」
お茶を出してくれた人だろうか、ヘンリーだかいうクソ眼鏡の後ろに控えていた人が口を挟んだ。見ると、最初に案内してくれた女性だ。
「しかしだな、サラ。わたしは次期町長として、カレンディアの町を守らないとならないのだよ?」
「クレアさんとマリーちゃんは複雑な事情があって、人里離れたところで暮らしていたのでしょう。マリーちゃんはまだ幼いし、クレアさんが自分をお母さんと呼ぶように言っていたなら、しょうがないのでは? ……女性はいつも若く呼ばれたいものですから」
「そうか、なるほど。確かに女性はいくつになっても年齢を気にするからな!」
その発言にマイア司祭の眉が上がる。しかし話がさらにややこしくなるため、黙殺することにしたようだ。
「クレアさんはマール教徒みたいですし、マリーちゃんもそうなんでしょう? 聖印が胸元から見えてますから」
「ふむ、その聖印を見せてもらえるかな?」
わたしは眼鏡に聖印を渡す。眼鏡は、それを念入りに調査する。しばらくいじくりまわしたあと、満足したのか返してくれた。
「ふむ、本物のマール教の聖印のようだ。ということは、魔女の可能性は限りなく低いな」
まだゼロじゃないんだ。わたしを含め、女性陣三人の顔がそう物語る。
「よし、君を準町民として登録しよう。何か功績を挙げたら、町民に格上げだ。例えば……ヘルハウンドの討伐とか……」
いや、無茶でしょ?
5月1日 町長の息子の名前をエドワードからヘンリーに変更しました。被ってしまい、申し訳ありません。