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第2話 マリー、赤ちゃん生活をする。

 女性はわたしをあやした後、食事をくれた。離乳食だろうか、柔らかくて味がしない。まぁ、わたし今歯がないんだろうけどね。でも背に腹はかえられないので、完食。


 それから、この魔法使いのお姉さんをまじまじと見る。額のくすんだ金色のサークレットは飾り気もなく、平たいデザインだ。着ている水色のローブは細身にできており、紺色の布をベルト代わりにしている。そして胸元にはペンダントをつけていて、先端のシルバーのわっかの中に、しずく型のアクアマリンのような宝石が揺れていた。うーん、魔法使いというより僧侶かしら? もう雰囲気からいくと聖女様?


「レッツチェンジユアダイパー」


 聖女様(仮)はそう言うと、わたしのオムツを替えだした。ん、ちょっと待って。さっきからこの聖女様(仮)、英語使ってない? え、ここ異世界じゃないの?


 なんだかよく分からないままに転生(?)してしまったようだけど、これからわたし、どうなるんだろう……。何か、何かしなくちゃ。わたしはかなり混乱していたが、お腹もいっぱいになったし、考えても分からないので寝ることにした。いわゆる現実逃避ってやつ?


◆◆◆◆◆          


 お昼寝から目が覚めると、聖女様(仮)は読書をしていた。わたしが目を覚ましたのに気づくと、にこにこと近づいてくる。この場所にはわたしと聖女様(仮)しかいないのだろうか。ほかの人間の気配はせず、窓の外からも鳥のさえずりくらいしか聞こえない。静かだ。静かすぎて、つい余計なことを考えてしまう。気分転換でもしようかな。


「あーあーうー」


「ワット・アー・ユー・セイイング、マイ・リトル・ガール?」


 ……いや、あの、発声練習なんですけど。赤ちゃんになってからというもの、目は見えづらいし、声はうまく出せないしで結構不便だ。まぁ首は据わってるようなので、寝たままではあるが、周りをキョロキョロくらいはできる。


「モメント、マリー」


 聖女様(仮)はそう言うと、さっきまで読書をしていた机の引き出しから、小さな木の箱を取り出した。さらに中からピアスを出す。色はシルバーで、三つの球がぶら下がっている揺れるタイプのものだ。そして片方を自分の耳に、もう片方をわたしの耳に付けた。……まったく痛くなかったからいいようなものの、赤ちゃんにピアスなんてもう事案だよね?


「もう一回話してちょうだいな、マリー」


 あれ、日本語になったぞ? しかし赤ちゃんであるわたしことマリーが、「言葉」を話せるわけがない。ん、そうか、わたしの名前はマリーか。


「おーおー」


「……そう、おーおーって言ったのね」


 ……。どうやら聖女様(仮)は、ちょっと天然のようである。そして、わたしの中にふつふつとわいてきた気持ちとは裏腹にご機嫌にわたしを抱き上げると、外へとわたしを連れ出した。わたしたちがいたのは、辺りを木々に囲まれた小さな小屋であった。


◆◆◆◆◆          


 散歩から帰ると、またベッドに寝かされた。そして台所で離乳食をつくっているような音がする。聖女様(仮)はすごく楽しそうにわたしを抱っこして散歩していたが、わたしは終始不機嫌だった。最初は能面のように無表情なだけであったが、途中から我慢できなくなって騒ぎ出した。手足をバタバタさせて、ギャン泣きしたのだ。それをお腹が空いたためと思った彼女は、急きょ引き返した。忍者かと思うくらい身軽に木々を飛び越えて。


「マリー、ご飯よ。お腹が空いたんでしょう?」


 お腹は空いていない。日本語を聞きながら木々の中を散歩していると、自然あふれる地方都市、元の世界のことが思い出されたのだ。


 たしかにわたしは生まれ変わりたいと思っていた。しかし、別に転生したいと思っていたわけではない。若いころ、それこそ学生のころや二十代のころに思い描いていた毎日を過ごしていたわけではない。四十代になっても五十代になっても、同じような生活を続けていたかもしれない。それでもわたしは幸せだったのだ。恋人はいないかもしれないが、家族や友だちに囲まれ、穏やかな日々を送っていた。かなうかも分からないが、夢もあったのだ。


 それなのにマリーとかいう赤ん坊に転生し、ということは元のサクライマリエは死んでしまったのだろう。そう思うと、泣けて泣けて、暴れたくてしょうがなかったのだ。


 そしてわたしは、彼女がつくってくれた離乳食のうつわを手で払いのけた。木でできたそのうつわは、彼女の手から離れ、地面に落ちて中身をぶちまけた。


 彼女は何事もなかったかのようにわたしをベッドに戻すと、床を片付け始めた。わたしはベッドの柵のすき間からその様子をながめた。わたしは気がついていた、彼女がものすごく傷ついたことを。わたしをベッドに戻すときの心拍数が相当上がってた。抱っこされたから分かる。それにあんなに身軽な彼女にとって、赤ん坊がはねのけたうつわをキャッチするくらい朝飯前のはずだ。わたしは何も言わず、その様子をぼんやりとながめていた。


 あれからどれくらい経ったのだろう。わたしはいつの間にか寝ていたようだ。起きると、また聖女様(仮)がやってきた。寝ていたわたしの頭を優しくなでてくれる。わたしがぷいと顔をそらすと、わたしのことを抱き上げて、ぎゅっと抱きしめた。


「マリー、マリー」


 聖女然とした感じなのに、こんな山奥のへんぴなところでわたしと二人暮らしなんて、この人も訳ありに違いない。この人がマリーの母親なら、父親はどうしたんだろう? なんで隠者みたいにこんなところに住んでいるのか。思えばわたしがいつの間にか死んで転生したのは、聖女様(仮)のせいではないのに。八つ当たりもいいとこだ、まるで前世(!)で嫌いだった、あのお局様みたいではないか!


「あーあーうー」


 わたしは聖女様(仮)をぎゅっと抱きしめ返した。手は短いので、いまいち分かりづらかったかも。それでも聖女様(仮)は気がついてくれ、さらに強い力で抱きしめてくれ……ちょっとギブギブ! 聖女様力強すぎ! こうしてわたしの短い反抗期は終わったのだった。……まぁ、ここで聖女様に見捨てられたら生きていけないだろうという打算もあったんだけどね!


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