第19話 マリー、役場に行く。 下
マイア司祭に手を引かれながら、わたしは大通りを進んでいく。方向はハイランド自治区方面、つまり北のほうである。
「役場の帰りに、お墓に寄りましょう。あなたのお母様に祈りを捧げるわ」
「マイア司祭、ありがとう」
わたしの歩みに合わせてゆっくりと進む。さっきのこともあり、二人ともそれから無言になった。
孤児院がなくなったら、みんなどうしたらいいのだろう? 今はマルタさんやシーナさんといった大人たちの手助けもあり、何とかやっていっている。しかし、二人もそこまでの余力はない気がする。そこまで大きくないカレンディアの町に、宿屋は他にもある。薬師も何人もいる。何なら、ポーションを作れる錬金術師だっている。
マール教だって、組織を維持していかないといけない。そして、コートランドはマール教の力が弱いところだと聞いた。布教活動に力を入れたいんだろうけど、それは組織の都合であって、個人のことは考えてくれていない。そもそも……あれ?
「マイア司祭、今のわたしたちの扱いって、教会的にどうなってるの?」
「カレンディアの孤児院は、スターリーの教会の庇護下にあるわ。あなたたちに渡した聖印は、ちゃんとルトーガから取り寄せたものよ、安心して。……カレンディアに昔教会があったことを思いだした本国が、布教の足がかりとして復活させようとしているの。ここはハイランド自治区とも近いし、ドワーフも取り込めるということね」
「ええと、じゃあマイア司祭がわたしたちの生活費を出してるの?」
「……まぁ、そうね。上からの補助は、助祭以上でないと出ないわ。シンシアもまだ修道女だし、他の三人は……そう、子どもでしょ? 質素な生活しかさせてあげられないけれど」
そんな話をしていると、大きな建物の前に着いた。大通りからは東にずっと入っていったところ。周りには立派な建物が多い。
「一階は役場になっているのよ。二階から上は、町長家族が住んでいるわ」
建物に入ると、中央に大きな階段があるのが目に入った。二階三階へと続いている。足もとには真っ赤なじゅうたんも敷かれ、貴族のお屋敷みたいだわ、行ったことないけど。一階の玄関ホールには案内係だろうか、きれいなお姉さんが立っている。
「おはようございます。今日はどういったご用でしょうか?」
「おはようございます。この子の住民登録をしたいのだけど」
「かしこまりました。では、住民課へ」
住民課って、役場か! と、あほなツッコミを心の中でしながら、わたしたちはお姉さんについて行った。大階段は上らず、その左手にある部屋に案内された。
部屋は石畳で、簡素な感じだった。手前にカウンターがあり、その向こうにいくつかの机が並んでいた。お姉さんの案内で、わたしたちはカウンターに座った。
「はい、そちらのお嬢さんの住民登録ですね。こちらに生年月日とお名前をお願いします」
わたしはさらさらと自分の情報を書いた。生まれた正確な日付は分からないが、お母さんと決めた日がある。受付の人はわたしが書くとは思っていなかったらしく、目を丸くしていた。
「はい、こちらをお預かりします。カードが出来上がるまでそちらでお待ちください」
何だか前世のお役所っぽいわ~と思いながら、マイア司祭とすみっこで待つ。しばらくして、受付の人に呼ばれた。
「すみません、別室にお願いできますか?」
「分かりました、マリー行きましょう」
マイア司祭は驚くこともなく、受付の人について行った。わたしももちろん、二人について行った。
連れて行かれたのは、さっきとはうってかわって豪奢な部屋だった。応接室、いや応接間かな? わたしは高そうなソファに、所在無さげに座った。いやだって、わたし前世は庶民だったしね。
マイア司祭はというと、落ち着いた様子で座っている。おかしいな、トータルでいえば私のほうが年上のはずなのに。人間の余裕の差を見せつけられた気がするわ!
しばらくして、ローブを着た二十歳くらいの男性がやって来た。背が高く、ついインテリ眼鏡くんと呼びたくなるような人だ。
「こんにちは、マイア司祭、そしてマリーちゃん」
にっこりしてそう言うと、正面のソファに腰を下ろした。金色の髪は肩のところで切りそろえてあり、なかなかのイケメンだ。
「結論から言うと、君の住民登録は許可できないよ、マリーちゃん。なぜなら、君のお母さんは魔女だからね!」
……まったく違った、イケメンなんかじゃなかった。