第13話 マリー、聖女様のことを考える。
お開きになった後、いつものようにみんなで孤児院に帰った。体を拭いた後は、もう寝るだけだ。しかし、わたしはさっきの会話が気になって、眠れそうにない。
孤児院の自分の部屋で、ベッドでゴロゴロしながらお母さんの聖印を観察した。いつもベッドの上にいるのは、早く靴を脱ぎたいからだ。開放感がぜんぜん違う。ラグか何かを敷いて、土足厳禁にしようかしら?
「あ、ほんとだ。グレイツィアって彫ってある。これ見られたら偽名がばれるわね……」
それにしても、何で偽名なんか使っていたんだろう? ルトーガでマール教徒になってから、ここコートランドにやってきたのだろうか。それとも、その間に暮らしていた国があるのだろうか。そもそも何で宗旨替えしたのだろう。お母さんの告白のときは気にしていなかったが、確か改宗と言ってた気がする。
「そもそも、お母さんのスペック高過ぎなのよね。でも、長い間一人暮らしっぽかったし……いわゆる追放された系?」
生前読んでいたラノベを思い出す。無実の主人公が何らかの理由で追放され、追放した側がのちに困るタイプの小説だ。
「でもきっと、『ざまぁ』はなかったでしょうね……お母さんらしいけど」
追放された先で、のんびりスローライフを送っていたのだ。きっとそうに違いない。わたしは想像だけでそこまで話を作り上げていた。検証しようにも、材料がないからしょうが無いのだ。材料がない? いや待てよ?
「サークレットと剣があるわ。それにイヤリングも」
サークレットを手に取る。これはイースタニアのフェルナンドからもらったものだ。そしてフェルナンドは、お母さんの恋人もしくは夫だった人である。
サークレットをひっくり返してみたり、撫でまわしてみたり。裏にも表にも何の刻印もない。つるりとしていてくすんだ金色の、極めてシンプルなものである。
わたしは次に、かぶってみることにした。まぁ大きいだろうけどね。お母さんは小顔だったけど、三歳児にはかなうまい。
「え、うそ、何これ……」
わたしがかぶったとたん、しゅるしゅるとサークレットは縮みだし、三歳児の頭にぴったりな大きさになった。これも魔道具かしら? お母さん、魔道具けっこう持ってるわね……。そんなことを考えていると、頭の中に声が聞こえだした。
「久しいな、グレイツィア」
うわ!! 何このイケメンボイス! 今世で初のイケメン(声だけ)である。もっとも、会ったことあるのって、テオかアレクさんだけではあるけど。理知的で落ち着いた声の、眼鏡の似合う先輩ポジの声だ。
「こんばんは。わたしはマリーです。グレイツィアは亡くなりました」
「ああ……。人間の寿命は短いからな……」
そして、しばらくの間流れる沈黙。これってもしかして、フェルナンドさんの声なのかな? リアルタイムと言うよりは、前世で言うところのAIが答えているって感じだけど。淡々とした話し方だからかな?
すっかり黙ってしまったフェルナンドさん(仮)は置いといて、わたしは次に剣を手に取った。
細身ではあるが長剣のため、わたしでは持つのがやっとだ。だって、わたしの身長より長いんだもん。鞘から抜こうと……ぬ、抜けない。いや、抜けることは抜けるんだけど、抜いてしまえない。手の長さが足りないからね! ショックだわぁ! 悲しい気分になりながら、わたしは剣を鞘に戻した。
「ところで、マリー。お前は何者だ? 人間か?」
もう寝ようかなと思ってきたところに、またフェルナンドさん(仮)が話しかけてきた。
「人間です。グレイツィアさんに育てられた、三歳の女の子です。あなたはフェルナンドさんですか?」
「ふむ。そうか」
そしてまた沈黙。
「ああ、わたしの名前はフェルナンドだ。正確に言うなら、フェルナンドの声で話す魔道具といったところか」
「フェルナンドさんは何をする魔道具なんですか?」
そしてまた沈黙。早くしてくれないかなぁ、そろそろほんとに眠たくなってきた。
「わたしは知識のサークレットとも呼ばれる。装着者の魔力を吸収し、代わりに装着者に知識を授けることができる」
「じゃあ反応が遅いのって、わたしの魔力が少ないからなんですか?」
また沈黙。まぁ、しばらく使われていなかったし、充電が切れそうということかもしれない。それにしても、フェルナンドさんって何者なんだろう? 人間人間言うところをみると、もしかして彼は人間じゃないのかもしれない。じゃあ、長命っぽいエルフとか? もっとも、エルフがいるかどうかは分からないけどね。
何だか目が冴えてきたので、わたしは今度はピアスを手に取った。
ピアスは、今はいつもはつけていない。もともと英文科だったからか、英語圏の中で三年も暮らしていると、まるでネイティブのようになる。いや、今世ではネイティブなんだろうけどね。それに、つたないところは、年齢のせいにできる。三歳児があまりにも流ちょうだとおかしいし。
それに、ピアスをつけた三歳児というのは目立つのだ。貴族の子女とかならまだしも、思いっきり平民である。古着のワンピースを着たわたしには、まったく似合わないというか、浮いてしまっている。
というわけで、いつもは自室の机の引き出しにしまっている。いずれコートランドを出て海外に行くときに、またつけたいものである。
そんなことをしているうちに、夜も更けてきたようだ。さすがに眠い。ほんとに眠い。あれから音沙汰のないフェルナンドさんのことは放っておこうと、サークレットを外そうと……は、外れない!!? 何だか不吉な音楽が流れてきたような錯覚におちいる。わたし呪われちゃったのかなぁ……。