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第11話 マリー、宿屋でバイトする。 上

 マルタさんの宿屋は三階建てだ。一階が食堂になっていて、二階が泊まるところ。ユースホステルみたいに二段ベッドが並んでいる大部屋と、個室が二部屋ある。そしてマルタさんの家族は三階に住んでいる。ご主人はすでに亡くなっていて、この前大怪我した息子さんとの二人暮らしだ。


「ああ、マリー、あんたも来たのかい?」


「うん、わたしお皿洗えるよ」


 わたしは自信満々に答えた。


「そうかい、じゃあ頼もうかね。エミリア、よろしく頼むよ」


「こちらにいらして、マリー」


 厨房の裏に出ると、井戸があった。周りには、すのこが敷かれている。異世界にも、すのこってあったのね。


「テオ兄様がドアのところまで、お皿を持ってきてくださるわ。それを洗うのよ。洗ったらこれで拭いて、あちらのカゴに入れるの。また兄様が持っていってくださるから」


 エミリアは説明しながら、テキパキと準備をした。そして、わたしに布きれを何枚か渡してくれた。


「井戸からは、わたくしが水をくみますわ。あなたはお皿を拭いてくださるかしら」


「はーい」


 エミリアは、テオが持ってきた皿の入ったカゴを井戸のそばに移動し、井戸の水でバシャバシャ洗う。それをわたしに渡すと、わたしがそれを拭く。それからきれいな皿用のカゴに入れる。それが一杯になると、エミリアがドアのところに持って行って、汚れた皿のカゴを井戸のそばに持ってくる。最初のうちはそれで何とか回っていたけれど、どんどん皿がやって来るので、仕事が滞りだす。


「エミリア姉ちゃん、お皿たまってきたよ?」


「!! シンシア姉様が、料理が終わったら来てくださるわ! マリーは心配しなくても大丈夫よ」


 エミリアの皿の洗い方は、元大人のわたしからすればもやもやくる。汚れた皿も、そこまで汚れていない皿も同じ布で洗っている。汚れがきれいな方に移りまくりだ。すすぎだって、井戸の水を全部にバシャバシャかけて泡を流しているのだが、水を大量に使うため、井戸から水をくむ回数がどうしても多い。それに、ここにある洗剤は、泡切れもよくなさそうだし、油汚れも落ちにくそうだ。日本の洗剤が恋しいわぁ。


「姉ちゃん、わたしが洗うよ。姉ちゃんはお皿を運ぶのと、水をくむのをやって」


「マリー、お水は冷たくってよ」


 それでもしつこく主張したら、エミリアは皿洗いをやらせてくれた。汚れ具合により皿を分け、すすぎ用のたらいも二つばかり調達してくる。それだけでずいぶんと時短になった。


「マリー、あなたってすごいのね!」


 現代知識バンザイというよりは、ただの生活の知恵である。伊達に四十年近く生きていなかったのだ。まぁ贅沢を言えば、蛇口をひねってお湯で洗いたいところだ。お湯は汚れ落ちがだんぜん違う。もっとも、手のあぶらもガンガン落とすので、ハンドクリームが必須ではあったが。


「あら、お皿がたまってないわね」


 シンシアがやって来た。


「マリーはお皿洗いがお上手ですのよ」


 エミリアが、興奮してシンシアに話している。お嬢様言葉なのに、くるくるコマネズミのように働くエミリア、シュールな光景だった。


 それから三人で皿洗いをする。テオが「最後だぜ」と持ってきた皿を洗ってしまったら、わたしたちもお昼だ。ああ、お腹空いた。




「マリーは賢いんだねぇ」


 マルタさんとその息子のアレクさんも一緒に食べている。


「君がマリーか。君のお母さんにはお世話になったよ」


 アレクさんはマルタさんによく似た、がっちりとした体型だ。年は二十歳前後と言ったところか。赤毛で、つんつんとした短髪だ。


「アレクは町の外でヘルハウンドにやられたんだよ。あんときは驚いたねぇ」


「ヘルハウンド?」


 何でも、町の外は危険な生き物であふれているらしい。


「こーんなに大きな黒犬なんだ。火を吐かれて、おれの右手は黒焦げになっちまった」


 アレクさんは両手を一杯に広げた。彼じたい、そうとう体が大きいので、そんな馬鹿でかい犬ってもう犬じゃないよね? そもそも犬は火を吐かないし!


「欠損しちまった右手を治してくれたのが、クレアさんなんだ。そのほかにもたくさん傷を負ってたしね。もうダメかと思ってた」


「クレアさんはアレクの命の恩人だよ……。あの細い剣で、犬の首を落としたんだ。あんなに強いひと初めて見たよ!」


 マルタさんが、わたしに親切な理由が分かった気がした。まぁ、もともと気のいい人なんだろうけどね。


「だいたい、ヘルハウンドなんて滅多に出てこないんだけどね。あたしゃ初めて見たよ。町の周りにいるのは、せいぜいウルフかゴブリンか。あと角ウサギぐらいだから安心しな」


 ウルフっておおかみだよね? ゴブリンとかもいるらしいし、町の外は危ないな……。それにしてもお母さん強すぎ!




 それから夜もみんなで働いた。合間に交代で夕飯をとり、孤児院に帰ったのは八の鐘が鳴ったときだった。二十時である。帰ってから、昼ご飯の後に汲んでいた井戸水を使い、体を拭いた。お、お風呂に入りたい。これって、今はいいけれど、寒いときはどうするんだろう? お母さんは豊富な魔力で、簡単にお湯を沸かしていた。


「ではみんなおやすみなさい」


「あー、ねみー。おやすみー」


「みなさま、おやすみなさいませ」


 みんな二階の自分の部屋に帰っていった。もともとマール教の教会だったこの建物は、修道士たち用の個室がいくつかある。そのほかは食堂と台所、司祭用の少しだけ大きな部屋があるだけだ。一階は礼拝堂になっていて、奥にマリエラさまの神像が安置してある。


「あー、ほんと、これ寒くなったら大変よね-」


 わたしは自室のベッドの上でゴロゴロする。まだ二十時ぐらい、今日はけっこう働いたけど、まだあんまり眠くない。三歳児にとっては早く寝た方がいいんだろうけどね。


「皿洗いにお湯が使えないのは嫌ねー。油汚れが落ちないわ。水でも蛇口から出てくると、もっといいんだけど」


 もしかしたら、貴族とかのおうちにはそういう魔道具があるかもしれない。しかし魔道具が一般人に買えるわけもない。わたしはさらにゴロゴロする。


「お母さんはすごいわ。川から水を汲んできて、それをお鍋で沸かして……」


 ん、ちょっと待って。わたしの魔法『ウォーター』なら、川や井戸から水を汲む必要が無いわね。しかも、『ウォーター』の時点でお湯を出したらどうかしら? 工程が減るわ。


「ちょっとやってみよう」


 わたしは台所へと降りていき、小さな木のコップを手にしてまた部屋へと戻った。魔法はイメージが大事、コップの中にお湯をイメージして……。


「あらら、ぬるいわね」


 その水はぐいっと飲んだ……あとでトイレに行きたくなったらどうしよう。


「お湯のイメージ、お湯のイメージ……、そうだ、愛しのケトルちゃん!あの子をイメージして……」


 朝のコーヒーを飲むときの電気ケトルを思い出す。水を入れてスイッチを入れるだけで、数分後にはお湯が沸く素敵な子だ。


「『ケトル』」


 今度はコップがお湯で満たされた。コーヒーを飲むのは毎朝の習慣だったので、イメージしやすかったらしい。


 はふはふと白湯を飲みながら、考える。魔力の減りは、ふつうの水のときと大差ない気がする。まぁ、気がするだけなんだけど。なら、温めないぶん、お得じゃない? 魔力量って、水の量に比例するのかしら? 今度は壺を使って実験してみようと思いながら、眠りについた。


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