第1話 マリエ、転生する。
初めまして、さとう たつきと申します。
今まで読む専門でしたが、自分でも書いてみたくなりました。
未熟者ではありますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。
わたしはサクライマリエ、独身のバリキャリOL……間違えた、地方の中小企業のいち事務員である。
わたしは今、県内唯一のデパートにお財布を握り締めて来ている。三十代最後の誕生日と最後の年を充実したものにするためだ。
大げさと言うなかれ、東京に残った大学の同期が、やれ出張だ、会議だ、昇進だと話しているのを聞くにつれ、何年も仕事内容も変わらず、よってお給料も変わらない我が身を振り返り、何ともむなしい気分になっていたのだ。
会社では五十代六十代のお姉様方に囲まれ、二十代の若い子たちに振り回されつつ、女性陣の中での中間管理職的な立場にある。もちろん会社の役職としてはヒラである。
これでプライベートが充実していればまだしも、独り暮らしのアパートと会社との往復の毎日で、浮いた話のひとつもない、痩せぎすの地味眼鏡……それがわたしである。
ああ、言ってて何だか悲しくなってきた……。で、こんな自分と決別しようと、誕生日にデパートに買い物に来たのだ。わたしは生まれ変わるのだ!
◆◆◆◆◆
目が覚めると枕元の棚に置いてあるスマホに手を伸ばすのは、わたしの日課だ。アラームが鳴っていれば切らなくてはならないし、鳴っていなければ時間を見て二度寝ができるかどうかを確認しなければならない。
目が覚めたわたしはいつものように手を伸ばしたが、スマホが見つからない。
「あれ、充電したままだったかな……」
さらに手を伸ばしてみる……いや、待って! スマホどころか、棚が無くない?
慌てて起き上がろうとするも、なぜか起き上がれない。それに、目がかすんでいるのか、いまいち周りがよく見えない。
起き上がれずに手と足をバタバタさせていたわたしは、不意に視界に入ってきた小さなモノに気がついた。
「え、うそ、なにこれ……」
小さくて愛らしいもみじのような手が、ブンブンと振られていた。わたしが手を動かすのをやめると、その手も動くのをやめる。グーパーグーパー……うん、意のままに動くや……って、どういうこと!!?
どうやらわたしは赤ちゃんになってしまっているようであった。え、何を言っているか分からない? 大丈夫、わたしも分かっていないから!
寝る前までは、確かにアラフォーだったはずなのに……はっ、会社に連絡しなきゃ、スマホは……無いんだった。
そしてわたしは、昨日というか、寝る前からの行動を思い返すことにしてみた。
「ええっと、寝る前は確か金曜日だったはず……ということは、今日は土曜日で会社はお休み。それから……土曜の予定は、デパートに買い物に行くことにしていて……」
「あれ? 駐車場で券もらったわね。それからええっと、化粧品一式買った気がする」
美容部員さんがつけてくれた、柑橘系の美容オイルの匂いを思い出す。いつもの安化粧品ではなく、憧れのデパコスだ。
「四階の婦人服売り場に行って、きれいめのふわふわニットを買って……それから……」
それからさらに上の階の食器売り場に行ったんだった。前から狙っていた、美しい切子のおちょこを買って、ビールグラスを買って……。ああ、お昼は大好きなハンバーグランチだ。鉄板の上でじゅうじゅうしていた。
「昼ご飯まで思い出したわ。なら、帰りはデパ地下ね。誕生日だし、おいしいお惣菜とお酒を買ったはず。お寿司を二人前買って、それに日本酒は四合瓶……を二本ほど。ビールはケース買いしてるので、心配ないわね。あとは甘い物を買って……」
お寿司のネタが思い出せない。日本酒も二本も買えば重いはず。ケーキ、何買ったっけ?デパ地下に行き損ねたのだろうか?
こういう状況って、いつも読んでる本に展開が似てない? でもあれフィクションだしね。うんうんとうなりながら考え込んでいると、向こうの方から声が聞こえてきた。
「マイラブリーマリーグッモーニン」
現れたのは、目が覚めるくらいきれいな女性だった。年のころは二十代半ばだろうか、わたしの寝ているベッドに近づくと、優しく抱き上げてきた。プラチナブロンドの絹糸のような髪が、わたしの顔をなでた。
「ユーアーハングリーアンチュー」
何事かを言いながら、頬ずりする。同じ女性同士なのに、すごく緊張する。この人がわたしの母親だろうか? このハリウッド女優もはだしで逃げ出すくらいの超絶美人で、頭にはサークレットをつけて、魔法使いみたいなローブを着た女性が! 映画? 映画の撮影じゃないよね?
わたしサクライマリエは、どうやら異世界に転生してしまったようです。