花嫁は✕✕✕✕をご希望です
「花婿は逃亡しました」の続編です。
⇧に感想下さった皆様、ありがとうございます。
大変嬉しかったです。
続編リク下さった方、コレジャナイと言う苦情は受け付けておりません。
引き続きふんわりとお楽しみください。
ちょっと待て、などと言う言葉をマトモに取り合っていてはバカを見ます。
父や兄が言う「ちょっと待て」は、大抵言い訳を捻りだすまでの時間稼ぎですし、仕事場で聞く「ちょっと待って」は、余計な仕事を押し付けられる前兆ですもの。
因みにお母様の「ちょっとお待ちなさい」はお説教の前振りが多いですけど、これは聞いておいた方が身の為ですわ。
まぁつまり、自分の要求と主張が固まっている場合は相手の「ちょっと待て」はスルーしたほうが話が早く済む、と言うことですわ。
勿論この場合も。
「いやだから、ちょっと待ってくれないか…」
「大丈夫ですわカッフェル様。ディアにお任せ頂ければ、万事上手く行って今日から幸せ新婚生活の始まりですわよ!」
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結婚式当日に花婿にすたこらさっさと逃げられた私は、急遽残念パーティーの会場になった庭園の片隅で再会した初恋の相手、カッフェル様にプロポーズしたのですが、顔色を赤や青に忙しなく変えるカッフェル様を見かねた叔父様の提案で、室内へと場所を移動した。
今は人のいないチャペルは、お父様たちが暴れた跡も片付けられて清閑としている。
「はい、カッフェルはここね」
ズルズルと叔父様に引きずられてカッフェル様が祭壇の前に立つ。
「で、ディアはこっち」
入り口まで戻って叔父様と腕を組む。
本日2度目の花嫁入場である。
(さすが叔父様。話し合いと見せかけて式の敢行ですわね!)
もちろん私に否やはなく、片手で簡単にベールとドレスを整える。
ところが、叔父様が何をしようとしているかを察したカッフェル様が慌てて駆け寄って来る。
「いや、ちょっと待って下さい!」
「待ちませんわ!」
即座に言い返した私の答えにカッフェル様が固まる。
掠れていてもよく通る声は、こんな時でなければうっとりと聞き入りたい美声だが、今は駄目だ。
「待ったら何か良い事がありまして?何か事態が好転しますの!?そんな訳ありませんわ。いついかなる時も先手必勝でございます!」
拳を握りふんすと鼻息も荒く言い切ると、面食らったカッフェル様が目を白黒させている。
考える時間が必要なのはカッフェル様だけだ。
そして恐らくそれは私に都合の悪い結論に結び付く。
それが分かっていて待つなどと言う愚策を選ぶほど愚かではありませんわ!
「私、15年前もカッフェル様に散々求婚いたしましたでしょう?ええ、何度も何度も会う度に結婚して下さいとお願い致しました」
うんうんと横で叔父様が頷いている。
カッフェル様は叔父様とセットで来ていたので、私のプロポーズの殆どを叔父様はご存知なのだ。
「カッフェル様は一度もハッキリとしたお答えは下さいませんでした…でも、考えてみてください」
瞳を潤ませてカッフェル様を見上げる。
「あれだけの回数プロポーズしたのですもの。1回くらい色よい返事を頂けた物もあったのではないでしょうか?」
「は?」
「うんうん。軽く100回は下らないプロポーズだ。1回くらいはイエスと返事をしたはずだよ。心の中とかで」
「え?」
「つまり、私達は実質15年前から婚約者だったと言っても過言ではないと言う事で、今日結婚する事に何の支障もありませんわね!」
「全くもってその通りだ!」
「そんな訳ないですからね!?」
進みだそうとする私達と進ませまいとするカッフェル様とで揉み合いになる。
…フリをしてカッフェル様に擦り寄ってその逞しさと何とも深みのある匂いを堪能していると、奥からバタバタと複数の足音が近づいてくる。
「あら、面倒なのが来ますわね」
さり気なく絡める腕を叔父様からカッフェル様に変えて足音を迎える。
「ディア!?どうして控室に居ないんだ?探しに出るところだったぞ」
辺りを震わせるバスボイスが大音量で耳に突き刺さる。
声も大きいが体もでかい。
どこに置いても邪魔になる父が大股で距離を詰めて来るが、カッフェル様の肘、つまり私の腕が絡まってる辺りを凝視して急停止する。
ジリジリと視線が上がって行き、カッフェル様の顔に行き着いた。
「…カッフェル、大佐」
「ドーバー大尉…その、お久しぶりです、この度はおめ…いや、あー」
結婚式に招かれた客の定番挨拶をしようとして今の状況を思い出して言い淀んでいる。
カッフェル様が何とか私の手を外させようと組んでいない方の手を出してくるが、指を絡めて捕まえておく。
(大きな手…)
片腕に私をくっつけ、もう片方は指を組んで繋ぐ形で父の前に立つカッフェル様の顔色はもう何かエライことになっていたが、後でうんと癒やして差し上げることを祭壇の神に誓っておく。
「カッフェル大佐!?」
「え?あ、ホントだ。カッフェル大佐だ。ご無沙汰してま…す?」
父の後ろから顔を出した兄達も私達の様子に気付き、腕の辺りに注目してくる。
「カッフェル大佐、下位の我々にそのような言葉遣いは無用ですよ。本当に、お久しぶりですね」
再起動した父が笑顔で近づいてくるのを、カッフェル様も笑顔で迎える。
笑ってない笑顔なんて、却って場を殺伐とさせるだけなのに。
「お話したいこともお伺いしたい事も沢山あるのですが、取り急ぎ1つだけ宜しいでしょうか?」
「私で答えられる事なら、何なりと」
恐らくカッフェル大佐が父の官位を追い越してから会うのは初めてなのだろう。
もしかしたら父とも15年振りなのだろうか。
敬語抜きでは話しにくそうなカッフェル様の可愛らしさに悶ていると、やけにドスの効いた声で父が尋ねる。
「何故うちの娘をぶら下げていらっしゃるのですかな?」
父の顔から笑顔が消えた。
後ろの兄達も半眼になって見据えてくる。
「お父様!お兄様も!カッフェル様に失礼でしょう!?カッフェル様はお父様が放ったらかしにしていた私を、その…慰めて下さっていたのよ」
目に涙を浮かべ、俯いてカッフェル様に更に密着する。
にぎにぎするのが難しくなった手を解き、ビクリと戦慄く背中をコッソリさすって楽しんでいると、両手を広げた父が私を呼ぶ。
「ディア!寂しかったんだね!もう大丈夫だ。パパの所へおいで」
ほれほれと指先で招く仕草に若干イラッとさせられるが、それどころではないと思い直してカッフェル様を促して祭壇へ向かう。
「ディア?」
「お父様、今少し忙しいので後にして頂けます?」
行き先に気付いて踵でブレーキをかけるカッフェル様の腕を私が引き、叔父様が背を押して引きずって行く。
「ディア?ディズレー?カッフェルも。何をやっとるんだ?」
不思議そうに問いかけるお父様に、叔父様が答える。
「後で、ご説明、しますよ、義兄上」
司祭様も奥に引っ込んでしまったのであろう無人の祭壇だが、あそこには署名前の結婚宣誓書がある筈。
神への誓いは後で神様が満足するまでやればいいし、誓いのキスも後で私が満足するまでする予定なので、今はとりあえず宣誓書へのサインを優先しよう。
他は最悪したと言いはれば押し切れるが、宣誓書は物証が残る。
「本当に、待って、下さいって!」
「後でならいっくらでも待ちますわぁ!」
「往生際が悪いなぁカッフェル。ちょっと名前を書くだけ」
「叔父様!しーっ!」
「あ」
ヒュッと風を切る気配に続いてバンっと祭壇から音がする、と思って見れば、いつの間にやら祭壇に手を付いている長兄…。
「タリオンお兄様…返してくださいまし」
その手が押さえつけている結婚宣誓書を。
片手を差し伸べて取り上げようとすれば、サッと用紙を持つ手を上に上げられる。
家族一の長身を誇る長兄にコレをやられると私には手の打ちようが無い…。
「いいえ、私も脳筋一族ドーバーの女です。闘って勝ち取って見せますわ!」
ベールを投げ捨て兄に向き会う私を、後ろから伸びてきた手がヒョイと持ち上げた。
「は!?お父様!離してください」
かさばるドレスごと抱き上げた私を、肩に担いで父が歩き出す。
「ディズレー、カッフェル。付いて来い」
一言、もはやカッフェル様への敬語も忘れて言い置き進む父を、兄達も追ってくる。
「ちょっと、ちょっとお待ちくださいってばー!!」
私の訴えは聞き入れられる訳もなく。
かくして、祭壇前から強制退去させられた私は、数時間前に後にした花嫁控室へと連れ戻されたのである。
「お前は何を考えとるんだ!?破談になった途端に花婿探しなどあり得んだろう!まずは今の話の片を付けるのが先決だ。分かったな!?」
「そんなの後は当主同士の話し合いでございましょう!?私は一足お先に未来に向けて失礼致しますわ」
「被害者であるお前が元気いっぱいに男漁りなどしていてはまとまる話も纏まらんわ!暫くは大人しくしておけ!」
「しおらしく被害者面して寝取られ女よと笑い物にされるくらいなら、この場でとっとと次の縁談まとめて逃げたヤツ指差してざまあみろと高笑いしてやりますわよ!」
「ドーラ、ドーラ!このバカ娘を家に連れ帰って部屋に閉じ込めておけ!扉も窓も鉄板溶接して塞いでしまえ!!」
「そんな事したって、壁か天井に穴あけて抜け出すだけですよアナタ」
「お母様助けて!石頭親父が私に負け犬に甘んじろって言いますの!あり得ませんわ!!」
わぁん、と母に抱きついて助けを求める。
父は基本的に子煩悩で特に娘には甘いが、怒った時は母の次に怖いのだ。
本当に部屋の出入り口を塞がれかねない。
「二人とも一旦落ち着いて。内輪で揉めてる場合じゃないでしょう。申し訳ありませんカッフェル閣下。折角いらして下さったのに」
入室以来一言も発していないカッフェル様に母が話しかける。
部屋に入るなり始まった父と私の話し合いに、兄達も耳をふさいで避難してしまったのだ。
父にお仕置き腕立て伏せ(良しと言うまでやめられない)を申しつけられた叔父様は、お父様の足元で延々腕立て伏せをしている。
結果、放置されたカッフェル様はただ大人しく座っているしかなかったようだ。
ここに居る誰よりも階級は上なのに、今も母に閣下呼びされて恐縮しているカッフェル様が可愛らしい…。
はふう、と見惚れていると頭を掴まれ父に向き直らされる。
「首がもげますから離して頂けます?」
「反省しとるのか?」
「鼻が曲がりそうですから離れて頂けます?」
鼻を摘んで言ってやれば、ショックを受けて離れて行く。
うむ、ある程度以上の年齢にはこの攻撃が効果覿面だ。
「…新しい相手を探すにしたって、もっと釣り合いの取れる男がいるだろう。また父がちゃんと探して来てやるから…」
ため息混じりにカッフェル様には不釣り合いだとはっきり言われて頭に血が登る。
自覚のある事だって他者に指摘されれば思いの外傷つく。
ましてや実の父なら尚更。
「例えばどんな男性ですの?」
父の言葉を遮って尋ねる。
「釣り合い?ええ、取れてましたわね。年齢も家柄も収入も。誂えたように私にピッタリの方でしたけど、お父様が探してきたその方、結婚式の最中に他の女と逃げましたわよ」
お父様ばかりが悪いとは言わない。
あの男が逃げ出すなんて誰にも予想は出来なかった。
でも、私に来た縁談の中からあの男を問題無しとしてお見合いさせたのはお父様だ。
「ツェリアお姉さまが仰ってましたの。好きな人と結婚するのは難しいから、せめて好ましい方を選びなさいって。そうしましたわ。でもその方は、私を選んではくださいませんでしたの」
お父様が選んだ中から最終的にあの人に決めたのは私。
自分の見る目の無さが嘆かわしい。
走り出したあの人を、追いかけようとも思わなかった。
自分に釣り合うと選んだ相手は、追いかける気にもならない人物だったと言う事だ。
(本当に情けない…)
条件だけを見て頭で考えて決めた結婚は惨憺たる結果に終わった。
だったら今度は心に従って選びたい。
「高望みだと言われても、好きな人と結婚したいんです」
唇を震わせながら訴える。
「ディア…」
「ごめんなさい、お父様」
嘘泣きではない涙が湧き上がって転がり落ちる。
小娘の身の程知らずな願いを、どうか応援してほしいと頭を下げた。
俯く私の頭に、分厚い手のひらが乗る。
と、グイッと持ち上げられた。
「!?首っ首がグキって!おおぉぉぉ父様?」
「…誰が高望みだって?」
ふるふると震えてこちらを睨み据える父の威圧に背筋が凍りつく。
「何を…怒ってらっしゃるんです?」
そのまま持ち上げられて立ち上がると、鼻先が触れそうな近さで父が怒鳴った。
「カッフェルごときにお前はやれんと言っとるんだ!!」
脳が揺れるほどの衝撃波が私を襲ったが、例え鼓膜が破れていようと聞き捨てならないセリフだった。
「カッフェル様に、ごとき?とは何ですの?お人柄は言うに及ばす、あのお姿!あのお声!昔も素敵でしたけど今は渋みも色気も増してもう、望まれれば何でも差し出したくなる魔性の域ですわよ!あの魅力が分からないんですの!?」
いつまでも頭を鷲掴んでいる手を弾いて外させ、胸ぐらを掴み上げ…る事は出来なかったのでネクタイを捻って気道を圧迫しておく。
「分かってたまるか!!もうじき40のオッサンだぞ!?誰がまだ若い盛りの娘をむざむざくれてやりたいと思うか!」
黙らせる為にギリギリと締め上げても筋肉で跳ね返して怒鳴ってくる。ネクタイの方が千切れそうだ。
筋肉バカだとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。
軍人の礼装は絹のネクタイではなく革か鎖の首輪にでもするべきですわ!
「カッフェル様なら50だろうが60だろうが喜んで嫁ぎますわよ!年の差なんて、同じ時代に存在できただけでも超絶ラッキーですわ!」
まだ何事かほざいている父から手を離し、母と談笑しているカッフェル様の元へ向かう。
もうあの父と会話をするのは諦めましょう。
カッフェル様を『ごとき』呼ばわりしているようでは、とうとう知性を捨てて脳筋を極めてしまったのでしょう。
「あらディア、お話は終わったの?」
目の前で怒鳴り合う父娘を完璧にシャットアウトしていたらしい母が笑いかけて来る。
このくらいでなければあの父の妻など勤まらないのだろうか…。
「カッフェル様…」
✙✙✙✙✙
ディアはヨロヨロと伸ばした手で、思わずと言ったふうに差し出されたカッフェルの両手をすくい取り、そのまま胸元に引き寄せる。
「カッフェル様、ディアのお願い聞いてくださる?」
ギクリとカッフェルが身を強張らせる。
パーティー会場での唐突なプロポーズを思い出したのだろう。
今度は何を言われるのかと身構えるのも無理はない。
カッフェルは学んでいた。安請け合い、ダメ、絶対。
そして、ディアはある意味期待を裏切らない女だった。
「私と、駆け落ちしましょう!」
両親の前での駆け落ち宣言は、弾丸プロポーズより深刻なダメージをカッフェルに与えた。
もちろんドーバーにも。
「何を言っとるかお前はあぁぁぁぁ!!!」
本日一番の大音声が鳴り響いた。
「式もだめ、宣誓書も無理なら後は駆け落ちからの既成事実しか残ってませんもの!」
「きっ」
「きっ」
き、以降はとても口に出せないカッフェルとドーバー。
「えぇい、とにかく離れんか!」
「いーやーでーすぅぅぅぅ!」
「あっ」
後ろから引き剥がされたディアの手が離れた途端、カッフェルが腰を浮かせて手を伸ばす。
「え?」
しかし、ディアの手を取り戻す前に我に返ったカッフェルがフリーズしてしまう。
「あ、いや」
「あぁ?何のつもりだカッフェル?要るのか要らねぇのかハッキリしろや」
中途半端に止まったその手こそが許せないとドーバーが問い詰め、咄嗟に取り戻そうとした無意識の動きにディアが萌え転がる。
「あら、まぁまぁまぁまぁ」
怒り心頭の夫と、頭に花が咲いた娘と、暫定婿候補を眺めながら、ドーラ・ドーバーは頬に手を当て首を傾げる。
(意外と、満更でもないのかしら?)
泡を食って父娘から逃げ回るカッフェルを見ていると、15年前と変わらぬ光景に笑顔が溢れる。
「さすがディアねぇ」
未来に向けて失礼致します、の言葉通り、この場に先程の花婿逃亡劇に囚われている人間はいない。
先程まで息子達と考えていた陰惨な報復計画など夫の頭からは吹き飛んだようで、何とも馬鹿馬鹿しく騒々しいいつもの親子ゲンカの風景に取って代わっている。
「ええ。さすが、貴女と義兄上の娘と言った所です」
床の上で寝転がってデイズレーも賛同する。
「あら、まだ"よし"って言われてないんじゃなくて?」
「勘弁してくださいよ義姉上。義兄上、僕の事なんかすっかり忘れてるじゃないですか」
やれやれと手を振ってディズレーが立ち上がる。
「それに、そろそろお開きでしょう」
ほのぼのと義姉弟が語らい、父娘が喧々諤々の争いを繰り広げる部屋に、カッフェルの悲鳴が響き渡った。
「とにかく駆け落ちは、無理ですから!!」
と言う訳で、挙式ならずでした。残念。
今回カッフェルさん動かない、喋らないでしたが、特にフォローはありません。カッフェルが喋ると暗い話になるので仕方ないのです。
代わりにパパが出張りました。娘に夢を見たいお年頃のめんどくさいおっさんです。
熊っぽいヒゲのアニキ(60手前)を想像してください。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。