Re:あれは、いいですねぇ。
私の海は、汚い海。
私がお嫁に来た頃から、変わらない、汚い海。
海水は、もじゃもじゃした藻や、どろどろしたわかめが揺蕩い。
砂浜は、汚い海藻が干からびてあちらこちらに落ちていて、割れた貝殻が、所々で固まっている。
砂を掘れば、貧弱なアサリが砂利に混じって顔を出し。
みすぼらしい波止場はフジツボだらけで見目が悪い。
時折鼻につくのは、ヤドカリの腐敗臭か。
そんな海の近くで、私は時折、遠くを見つめる。
遠くに、灯台が見える。
あれは、夕刻を過ぎると、光を出す。
こんな汚い海を照らしたところで。
こんな汚い海でも、海は海。
小さな子供たちは、汚い砂浜を掘り、汚い貝を拾い、汚い海水に浸かる。
汚い海の恩恵にあずかる、汚れた子供たち。
私はこんな汚い海に、寄りたくもない。
汚い海から遠ざかって随分経ったけれど、私が思い出すのは決まってあの汚い海。
言葉を忘れた私の思い出す海は、きっと今も汚いままだ。
汚いことを分かっているというのに、私の口から出る言葉はいつも。
「あれは、いいですねえ。」
全然いいことなんてなかったはずなのに。
ただ汚く、そこにあるだけの海なのに。
汚い海のくせに、最後の最後で私から「いい」という表現をさらっていった。
こんな汚い海など。
こんな汚い海なんて。
こんな汚い海なのに。
最後に見たいと願ってしまうなんて。
最後に。
海を。
見たかった。
本当は。
綺麗だと。
言いたかった。