092 受け入れ準備
「それじゃあ、あの三家以外の貴族はエトワール王国に入るのを歓迎しているのか? 」
「ええ。ケンプ王国は長い間、王子達の王位継承をかけた争いが続き、内乱が多かったのですよ。領地が小さい貴族の大半は嫌気がさしており、何人かは『貴族でなくなってもいい。領地の安堵だけは頼みたい』という話も来ております」
元ケンプ王国の三貴族を退け、後の事をヒリムスとメルビンに任せた後。俺はログハウスの様な急拵えの執務室で、イーデルからそんな説明を受けていた。
俺の机等と、来客用のソファーしかない簡素なものだが、今はこれで十分だ。本格的に来客などが来る頃には、もっと立派になっているだろう。
「あの三家の攻略はいけると思うか? 」
「あの三家には、もはや武力や財産がほとんど残っておりません。メルビン殿とヒリムス殿に任せておけば問題ありませんよ。すぐに解決するでしょう」
元ケンプ王国の貴族達との問題は、案外アッサリと方がつきそうだ。一安心と言ってもいいかも知れない。
「元ケンプ王国の国民の中には、既にコチラに移動している者もいるようです。エトワール王国の国民になるのは早い方が良いという考えの者達ですね」
「早すぎないか? スパイとか疑ってしまうが…………」
「率いているのは商人ですからね。今ならただの移民でも、人を欲している我が国に対しては手土産になると考えているのですよ」
「なるほど、元手がほぼ掛からない手土産か。考えるものだな」
確かに人手は欲しいのだが、裏社会の人間やチンピラのような素行の悪い者はいらない。しかし、商人が手土産として連れて来る移民なら、その辺は考えているだろう。
でないと俺が受ける第一印象は最悪のものになるからな。
「先の戦争の被災者達はどうしてる? てっきりコチラに来るかと思っていたが…………」
「ムース殿の支援が的確だった様で、現状に対する不満が少ないんですよ。現状に不満が無ければ、態々コチラに来る事もないと考えているようですね。それに、やはりヴォルガ殿の事が…………」
イーデルは言葉を濁したが、言いたい事は解る。ボルケーノドラゴンは仲間だよ! と言われた所で、人は簡単には信じられないだろう。
やはり始めは、切羽詰っている元ケンプ王国の民たちがエトワール王国の主な国民になるのだろう。
ヴォルガの印象を良くする為にも、『ヴォルガ温泉』計画の方も早く手をつけないといけないな。しかし、両方を同時に進める事は出来ないので、やはり王都の建造が先だ。
「まぁでも、元ケンプ王国の問題が早く方がつきそうで安心したよ。移民達の為にも早く住む場所を用意しないとな」
「ええ。それと農地もですね」
「農地? 漁とか交易じゃなくてか? 」
「我が国にそれが出来る船はありませんよ。新国家として名乗りをあげる以上、ケンプ王国の船を使う訳にはいかないのですよ。そして、船を作るのは時間が掛かるんです」
「…………そりゃそうだな」
「ですので、農地をまず作りましょう。なるべく海から離れた場所に、移民達にはしばらくそこで働いてもらいましょう。自国で農業が出来る意味も大きいので」
イーデルはこの地の事をかなり調べ上げている。それによると、この地で元々農地となっていた土地があり、今は荒れているが、整備すればすぐ使えると言う。
俺は、その農地の整備でピンとくるものがあったので、早速イーデルと共に農地予定地に向かう事にした。
農地予定地は王都建設予定地の南側にあり、そこに向かう途中で、俺達はヴォルガとセバスニャン達を見つけた。どうやら職人達と一緒に王都全体を囲む城壁を取り壊しているようだ。
職人達が崩れた壁を運びながら、ヴォルガに次に壊す壁の指示を出していた。
「そっちの壁をこう倒して下され! 」
『うむ。こうだな? 』
災害として恐れられているボルケーノドラゴンが、大工の言う事を聞いて壁をゆっくりと押し倒している。間違って人を巻き込まない様に気をつけているらしい。
解ってたけど、アイツ良い奴だよな? とても災害と恐れられていたように見えないのだが。心境の変化ってヤツだろうか?
俺はどことなく楽しそうなヴォルガを眺めつつ、その場を離れた。セバスニャンも居るし、あの様子なら問題無いだろう。
人の背丈ほどの草が延び放題になっている農地予定地に着くと、予めイメージを使って呼んでおいた結晶モンスターの『地割れモグラ』と『土中セミ』の群れが待っていた。
「お待たせ」
「モグ」
「ジー」
俺が軽く挨拶すると、モンスター達は綺麗に横二列に整列した。本当に賢いヤツらだ。
「よし、もう一種呼ぶぞ。『サモン』」
現れたのは『地割れモグラ』や『土中セミ』と一緒のダンジョンにいた『大ミミズ』だ。確かミミズは、農業では益虫として知られていたはずだ。農地に放つ事で、土壌改良の助けになってくれるはずだ。
「さて、お前達にはこの荒れた農地を使える様にしてもらいたい。出来るか? 」
俺がそう聞くと、モンスター達は三者三様の動きを見せてやる気をアピールした。自信があるようだ。
「モグ! 」
早速とばかりに地割れモグラが『地割れ』スキルで地面を割った。すると土中セミが鎌の様な手を使って草を抜いていき、大ミミズがそれをどんどん食べていく。
ミミズって土を食べるんじゃなかったっけ? とかツッコンではダメなのだ。何せ大ミミズには鋭い牙だらけの大きな口まであるのだから。
大ミミズ達が通り過ぎて、地面が土だけになったら土中セミ達のターンである。草抜き係以外の土中セミが土に潜っていき、土の中からセミの鳴き声が聴こえてくる。それと同時に大地が細かく振動を始めた。
『超振動』を使って土を柔らかくしているのだろう。セミの鳴き声が奥に向かって少しずつ移動する。そして、ある程度こなれた土に残っていた大ミミズ達が潜っていく。
何をしているのかは見えないが、おそらく土を食べて排泄する事で土壌改良をしているのだろう。
最後に地割れモグラ達が一列にならび、その爪を器用に使って畑を耕し始めた。……………………コイツら優秀過ぎない?
「…………何の問題も無さそうだな? 」
「…………ええ。少々非常識ですが、彼等に任せておけば問題無さそうです」
俺は一旦全員を呼び戻して仕事ぶりを誉めた。そして、その上で考えていたよりも、ちょっとだけ広めの区画を農地にするよう指示すると、モンスター達は一層張り切って仕事に挑んでいった。
…………誉められると嬉しいのは人もモンスターも変わらないな。可愛い奴らだ。
「農地の近くに住む所があった方が良いかな? 」
「うーん。ヴォルガ殿の存在感に誘われるモンスターもいる様ですし、家は王都にあった方が良いでしょう」
ああ、そう言えば初めてここに来た時にいた『リザードマン』や、ヴォルガのいた火山島の近海にいた『サーペントシードラゴン』はヴォルガの存在感に惹かれて集まったらしい。
今はヴォルガが集まらない様に威圧しているらしいが、用心に越したことはないだろう。
俺達は王都に戻ると、ヴォルガ達と作業をしていた大工達に農地用の倉庫兼休憩所の建設を頼んだ。すると驚いた事に、それぐらいならモンスター達だけで十分との答えが帰って来た。
俺が思っているよりも、モンスター達の成長は早い様だ。
その後、ゴブリン達が建設した倉庫兼休憩所の出来は、とても素晴らしい出来栄えだった。




