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07 敵陣へ

  略奪者達の陣地を、一匹の黒猫が歩いていた。


  カイゼル髭のような白い模様を持つその黒猫は、いくつもの天幕の間を軽い足取りで歩き、時おり天幕の下から顔を潜り込ませて中を確かめている。


  陣地にいる兵士の中には、この小さな侵入者の存在に気づく者もいるが、わざわざ一匹の黒猫を捕まえようなどと考える者はいなかった。


「見ろよこの鎧! 中々の装飾だろ、高く売れるぞこれは」

「はっ! そんな鎧より剣だろ。俺は次こそ手柄立てて剣を貰うんだ! 」


  兵士ではない山賊のような者達は手柄と褒美で頭がいっぱいのようだ。


(猫の姿とはいえ、これは少々拍子抜けですな)


  そんな事を考えながら、セバスニャンは誰にも気にされる事なく目的の天幕を探し当て、中へと入った。


  十分な広さがある天幕の中に、木製の箱や樽、そして大きな麻袋が山と積まれている。これらは全て、果物やパンなどの食料である。


  セバスニャンは幾つかの匂いを嗅いで、中身を確認していく。


「…………む、果物や小麦の匂いに血の匂いが混じってますな。やはり、略奪品のようですな」


  ふぅ、とタメ息をついて、セバスニャンは天幕の中にある物を全てストレージへと収納した。


  森の中で過ごした数日で、雄一とセバスニャンはスキルで出来る事の実験を繰り返し、スキルについては、完全ではないが一応の理解を得ていた。


  セバスニャンのスキル『ストレージ』は、セバスニャンを中心に、半径10メートル以内にある生物でない物を、大きさや重さに関係なく全て収納する事が出来る。


  雄一もセバスニャンも気づいていないが、実はこの『ストレージ』は、本来自らの手で触れている物しか収納出来ない。実際にセバスニャンも、神界では本棚やベッドに手を触れた状態で収納している。


  だが、『ドロボウ猫』の称号と共にセバスニャンに宿ったスキル『神盗』の効果(神にすら気づかれる事なく全ての物をを盗み出す。多少の距離は障害にならない。誰かが身につけていても関係ない)が上乗せされ、とんでもないスキルに進化していた。


  その上、スキルの進化により、ストレージの中で組み合わせたり分離したりも出来るようになっていた。


  イメージで箱と果物などを分離し、空箱や空樽などを天幕の中に積み上げる、なんて事も出来るのだ。セバスニャンは今、正にその作業を行っていた。


「こんなものですかな」


  セバスニャンは高く積まれた空箱を眺めると、一番高い場所にある箱の上に飛び乗った。そして、ストレージから小麦粉の入った麻袋二つと、雄一から預かった結晶を一つ取り出した。


  セバスニャンの猫の前足でも何とか掴める、小さくて青色の結晶の中にはスライムの姿があった。セバスニャンはその結晶を箱の上に置いて呪文を唱えた。


「『サモン』」


  すると、結晶が光り一匹のスライムが姿を表した。


  これは、雄一のスキル『コレクション』のモンスター召喚であり、『サモン』の呪文は『ブック』と同じく雄一が『コレクション』に紐付けした呪文である。


  雄一のスキル『コレクション』についても色々解っている。まず、結晶が手に入るのは、雄一かその仲間だと認識できる者だけであり、さらに雄一がモンスターを倒すのを認識している場合のみ有効となる。


  例えば、雄一が見ていない所で、セバスニャンが一人でモンスターを倒しても結晶は現れない。だが、セバスニャンがモンスターを狩りに行くと、雄一が認識して送り出した場合には結晶は手に入るのだ。


  そして、結晶を使いモンスター召喚を行えるのは雄一だけだが、雄一から結晶を使用する許可を得て譲渡された者は、モンスター召喚を行えるという事も解っている。


  箱の上でプルプルと震えるスライムに、セバスニャンは川原で採取した火打ち石を渡して命令した。


「今から10分後…………600秒後にこの小麦粉を天幕の中に振り撒いて、舞い上がった粉に火を着けなさい。出来うる限り粉を充満させるのです。出来ますね? 」

「………………(ぷるぷる)」


  セバスニャンの言葉に、スライムは体を伸ばして丸を作って答えた。そう、セバスニャンが狙っているのは粉塵爆発である。結晶を使って召喚したモンスターは、どうせ一定時間で消えてしまい、使った結晶は砕けてしまう。この幻のような存在ならばと、この役を任せる事にしたのだ。


「よろしい。では私は次に行きます」


  セバスニャンはそう言うと、天幕を出て隣の天幕へと向かった。


  こちらの天幕には、先程武器が運び込まれるのを見ていた。セバスニャンが中に入ると、案の定大量の剣や槍、鎧などが積まれている。


  しかし、余計な者も一緒だった。


「…………おい、後ろ見てみろ」

「ん? 猫か、どこから入って…………」


  武器の整理をしていた兵士が二人いた。一人がセバスニャンに気づき、もう一人がセバスニャンに近づいて来た。


  セバスニャンは近づいて来た兵士の顔の高さまで飛び上がると、兜の上から猫パンチをお見舞いした。


「ぶべっ!」


  猫パンチの一撃で、まるで砲弾でも喰らったかのように吹っ飛ぶ兵士。地面を削りながら天幕の端にまで転がった仲間の姿に、もう一人の兵士は呆然と立ちすくんだ。


「…………え? 」


  呆ける兵士にも、セバスニャンの凶悪な猫パンチが繰り出される。


「がべっ!?」


  肉球の一撃をくらって吹っ飛ぶ兵士。


  気絶しただけなのか死んだのかは確認してないが、どっちでも同じ事だとセバスニャンは放って置く事にした。


  邪魔者が居なくなったセバスニャンは、悠々とそこにあった武器や鎧やらを残らずストレージに回収する。そして、先程の天幕と同じようにスライムをセッティングしてから、天幕から出て、離れた場所に隠れた。


「ふむ、こちらはこれで良し。後は爆発に合わせてモンスターを解き放つだけですな」


  セバスニャンが目の前に20個の結晶を出す。これらは、ゴブリンファイターとゴブリンアーチャー、それとグラスディアのものである。


  食料として狩っていた鹿のモンスターも、その戦闘力は結構高いのだ。ゴブリンの集落に放った時、結構な数のゴブリンがグラスディアの突進で吹っ飛ばされているのを見ている。


「雄一様の方は、上手くいっているでしょうか」


  そう一人言を口にして、セバスニャンは並べた結晶を眺めた。


 ◇


  セバスニャンに陽動と、ついでに武器や食料の回収を頼んで送り出した後、俺もまた略奪者の陣地へと近づいていた。


  猫の姿になれるセバスニャンとは違い、俺は目立つ。しかも地面に草はあるが俺を隠せる程ではなく、ほふく前進で近づいたとしても見つかるのは明らかだった。


  だが、夜まで待っていては戦いが終わってしまう恐れもある。なにせ、あの有名な関ヶ原の戦いですら六時間程で終わっているのだ。兵力にも士気にも差があり、魔法まである。始まってしまえば、終わるのはあっという間だろう。


  その前に、街側の陣営に迎え入れて貰う必要がある。手っ取り早いのは、捕虜を助けて味方だとアピールする事だ。敵側の武器と食料まであれば、まさか追い出されたりはしないだろう。


  遠目で見ても分かる程に、悲壮感があったのだ。希望があるなら藁にでもすがりたい筈だ。存分にすがって貰おう。


  と、言う訳で今回の作戦だ。機動力もあり擬態も出来て、ストレージなんていう反則スキルまであるセバスニャンがとても頼もしい。


「武器と食料を奪った後、陽動の為に火をつけてモンスターを放ってきてくれ」


  それしか指示していないが、陽動としては十分だろう。火事に慌てた上に、武器と食料のストックまで無くなるのだ。混乱間違い無しだ。


  俺はその間に捕虜達を解放し、荷馬車を奪って街側の陣地まで逃げる。先の混乱に加えて俺もモンスターを放てば、敵も追ってくるわけにはいかないだろう。


  あと問題は、捕虜になっているのは服装から察するに貴族の子弟だとは思うが、街の貴族、特にあの担ぎ上げられていたお嬢様やその側近に顔がきく者がいるかどうかだ。


  逃げた先で攻撃されたらシャレにならない。


「…………まあ、行くとするか。『ブック』――――『サモン』」


  俺はバインダーから出した結晶を使い、モンスターを召喚する。そして俺の前に、一匹のスライムが現れた。


「俺の全身を覆って地面に『擬態』だ。出来るか? 」

「…………(ぷるぷる)」


  俺の命令を聞いて、スライムが一気に広がり、俺の体を覆い尽くす。端からみたら、まるでスライムに補食されているような光景だろう。


  やがて俺の体を覆ったスライムの表面が茶色くなり、ピョンピョンと草のような緑の触手が生えてきた。よくみると、茶色い部分には、所々へこみや石などのおうとつがある。


「おお、凄いな! 見事だ」

「…………(ぷるぷる)」


  擬態したスライムが嬉しそうに震えるのを見て、俺は腕の部分のスライムを少し撫でてやった。


  地面に伏せて少し動てみる。何の問題もなさそうだ。どうやらスライムは、ちゃんと俺の動きに合わせて擬態を微妙に変化させてくれているようだ。頭の良い奴だ。


「これならいけるな」


  そして俺は、略奪者の陣地へとほふく前進をはじめたのだった。

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