077 アインの一面
――――チュンチュン、チチッ。
顔にかかる光と、小鳥の鳴き声。
いつもの様に神様のベッドで目を覚ました俺が、その朝に一番最初に見たのは、銀色の髪。…………アインの寝顔だった。
「……………………? 」
寝惚けながら、少し寒い事に気がついた。ふと気づくと、俺はほぼ裸。正確に言えばパンイチである。
アインもまた、シーツに包まってはいるが、少し覗いている肩や腕そして脚から、俺と同じくほぼ裸なんだと分かった。
…………なんでこうなってんだ? いつの間に寝たんだっけ?
良く思いだせない。俺は、アインの頭の上に乗っていたセバスニャンの尻尾を避けつつ。昨日の事を思い出そうと試みた。
ちなみにセバスニャンは、アインの頭の少し先で、猫の姿で枕の端を抱き枕の様に抱いて、スヤスヤと眠っている。
……………………えっと昨日は、訓練所でモンスター達と一緒に訓練して、シャワー浴びてから帰って来たんだよな。で、夕食の時にアインから恐竜の話をせがまれて…………。
ベッドの上で体を起こしてみると、近くのテーブルに、昨夜俺が描いた恐竜の絵が散乱していた。
そうだった。絵を描いたりしながら恐竜の話をしていたら、えらい盛り上がって…………。そうか、そのまま寝てしまったのか。
おそらくセバスニャンが、俺とアインの服を脱がせてベッドに放り込んだのだろう。…………って事は、俺のスーツはセバスニャンの『ストレージ』の中か。
スーツは刻印装備だから、呼び出せば強制的に出てはくるが、セバスニャンを起こしてしまいそうだな…………。
「…………ま、服が無い訳じゃないからな」
俺は二人を起こさないようにベッドを出ると、クローゼットから俺の為に用意された服を適当に着て、部屋を出た。
うーん。何だか高そうな服だな。リリアナが選んだ服だと聞いていたが、俺に似合ってるのか? このシャツなんてシルクのシャツみたいな手触りだ。イケメンしか許されなさそうなんだが…………。
でも折角リリアナが選んだ服だ。今日一日くらいはイケメンを気取ってみせよう!
俺がそんな風に訳の分からない決意を固めていると、ノックの音がしてドアが開いた。
「失礼いたします。…………あ、ユーイチ様。おはようございます。朝食をお持ちしました」
「…………うん。ありがとう」
朝食が乗ったカートを押しながら、若いメイドが入って来た。何だかメイドさんがいる生活にも慣れてきちゃったな。
テーブルの上に二人分の食事を並べるメイド。これは、俺とセバスニャンの分である。
「ああ、そうだ。すまないが、アインの分の朝食もここに持って来てくれ」
「アイン様の分もですか? 」
「ああ、昨夜盛り上がっちゃってな。アインもこの部屋に…………」
「あ、あの…………」
アインの事を話そうとしたが、その前にアインが起きて来た。しかし、アインはシーツに包まったままで、俺が寝室にしている元クローゼットのドアの向こうから、頭だけを出してこちらを覗き込んでいた。
なにやら恥ずかしそうにモジモジしている。メイドも居るからか、顔も真っ赤だ。
「おお、アイン。起きたか」
「お、おはようございます…………、ユーイチさん。あ、あの…………、ぼ、僕の…………、服が無いんですけど…………」
服? …………あ、そうか。アインの服もセバスニャンの『ストレージ』の中だったな。当然、この部屋にアインの服なんて無いしな、俺の服では大きすぎる。…………メイドに頼むか。
「なぁ、悪いけど、アインの服も一式持って来てくれるか? 」
「……………………(コッチのベッドは乱れていない。じゃあ二人は裸で、あのベッドに? さ、昨夜盛り上がったって、もしかして…………)ハッ! …………ふ、服ですね! かしこまりました! 」
…………? なぜかメイドが挙動不審になって出ていった。…………ああ。シーツに包まっているとは言え、アインは今ほぼ裸だからな。照れたのか。
「アイン。すぐ服が来るだろうから、着替えてから飯にしよう」
「は、はい。じゃあ僕は、もう少しこっちで待ってますね」
「ああ」
◇
朝食を終えて、アインと二人でハハラ村から送られて来たお茶を楽しんでいると、リリアナとメルサナがやって来た。
突然の来訪。それも、ノックもろくにせずに入って来たのにも驚いたが、それよりも。
「…………おはようございます。ユーイチ様」
言葉使いは丁寧だが、………なんか怒ってる?
「お二人でお茶を飲んでいたのですか? 私達もご一緒してもいいかしら? 」
「あ、ああ。もちろんだ」
空いている椅子に座るリリアナにお茶を淹れてやる。自分がやろうとメルサナが言って来たが、ここは俺がやる事にした。
リリアナは俺が淹れたお茶を一口飲むと、俺とアインを交互に見た。
「アインは、昨夜ここに泊まったんですか? 」
「はい。ちょっと夢中になりすぎたみたいで、いつの間にか寝てしまっていました」
「…………夢中に? 」
「ええ。…………そうだ! リリアナさんも聞いてみると良いですよ! ユーイチさんの国って、大昔の恐竜の話が沢山残っているんですよ!! 」
「…………え、ええ? 」
昨夜もそうだったが、恐竜となるとアインの眼はとても輝く。アインは恐竜大好き少年なのだ。
フッ、やはり恐竜は男のロマンである。男は皆、恐竜大好きなのだ。アインは寝室から昨日俺が描いた絵を持って来てリリアナやメルサナに熱く語り始めた。
「これはモササウルスと言ってですね、あのアメジス洞窟の一番奥にある、でっかい魔石結晶の持ち主なんです! 海に生息する恐竜で、それはあのアメジス洞窟やこの辺りが、昔海の中だった証拠で…………」
恐竜大好き少年に恐竜を語らせたら長いのである。目を輝かせて語るアインの姿に、リリアナは少々引きぎみに、メルサナは少し興味深そうに聞いている。
そうこうしている内に、セバスニャンが起きた気配がしたので、俺はアインの邪魔をしない様にセバスニャンの朝食を寝室へと持って行った。
「おはようございます雄一様。申し訳ありません。朝食など運ばせてしまって」
「いや、俺が勝手に持って来ただけだからな。向こうは今、アインの恐竜談義が白熱しているからな。ここで食べてしまえ」
「…………そうですな。アイン殿は本当に恐竜が気に入った様ですな。…………そうそう、スーツを返しておきます」
「ああ」
セバスニャンがスーツを出したので、俺はイメージを使って一瞬でスーツ姿になった。今まで着ていた服が床に落ちたが、それはセバスニャンが後でメイドに渡しておくと、『ストレージ』に回収した。
アイン達の所に戻ると、アインがステゴサウルスについて語っている所で、リリアナが助けて欲しそうにこちらを見たので、俺は苦笑してアインに声をかけた。
「アイン、その辺にしておけ。恐竜談義なんて一日じゃ終わらないんだから」
「…………そうですね。一度に話したら勿体無い気もしますし。リリアナさんもメルサナさんも、後でまた話ますね」
「そ、そうね。…………楽しみにしているわ」
どうやらリリアナは恐竜に興味が持てなかったみたいだな。逆にメルサナは、俺の描いた恐竜の絵を興味深そうに見ていた。
それにしてもアインは本当に恐竜が好きなんだな。いっぱい恐竜の話が出来て、とても満足そうな顔をしている。
多分今夜は、メルビンあたりが付き合わされるのだろう。まぁメルビンも、孫が好きな物に付き合うのなら本望だろう。




