070 Aランクの依頼
俺の屋敷に、リリアナが引っ越して来た。
護衛の為にメルサナ、リリアナの世話係りとして王都の屋敷でメイド長をしていた老メイド、そしてタリフの姉でもあるターニャも一緒である。
しかし、これはどうなんだろう。どう考えてもウチのメイド長サライよりもターニャの方が立場が上なのである。俺の屋敷のメイド長が交代なんて事になるのだろうか?
分からない事は直接聞こう。という事で、執事長のイーサンとメイド長のサライ、そしてターニャを個別に呼んで聞いてみた。
「私はあくまでリリアナお嬢様の専属メイドです。この家の事に口も手も出しません」
と、ターニャ。
「私にとってターニャ様は師匠にあたります。ですが、私が師匠に遠慮などしようものなら、師匠は烈火の如く怒るでしょう。心配などいりません」
と、サライ。
「心配ありません。 我々はプロですので自分達の領分はわきまえております」
と、イーサン。
三人共に問題無いというなら、大丈夫なのだろう。
リリアナ達が引っ越して来た事で、三階の半分程が男子禁制となった。ここには俺達はもちろん、家族であるムースやヒリムスがやって来たとしても、おいそれとは立ち入れない。
中に入るには、余程の非常時でない限りリリアナの許可がいるそうだ。こんな事になるなら、屋敷をくまなく探索しておくんだったと、少し後悔した。俺の屋敷なのに、全く入った事のない場所が出来てしまったのだ。
まぁ、早速お茶会に誘われたので、部屋の一つには招かれたわけだが。
リリアナはこれからしばらくの間、花嫁修業で忙しくなるらしい。何でも、ターニャがついて来たのはその為でもあるとか。
料理に掃除洗濯に始まり、繕い物や刺繍などの針仕事、絵画観賞なんてものもあるらしい。
料理や掃除洗濯に針仕事はメイドの仕事では? と思ったが、貴族の奥方には、メイド達の監督なんて仕事があるようだ。
ちなみに、絵画観賞は俺も勉強する。貴族の屋敷などに行った時に会話の糸口になる様に、そしてヘタな偽物を掴まされない様にだそうだ。
うっかりセバスニャンの『鑑定』があると言ったら、ターニャに怒られた。そういう問題ではないらしい。まぁ確かに、『鑑定』して終わりじゃ味気ないし、人様の屋敷で「おお、『鑑定』の結果本物でしたよ。良い絵ですね」なんて言ったら激怒されそうだ。
てな訳で、婚約して同棲まで始まったのにリリアナに会えなくなった俺は、セバスニャンとアインを連れて冒険者ギルドへと来ていた。
ギルドマスターのビターがBランクまで上げてくれるらしいので、上げて貰いに来たのだ。BランクになればAランクの依頼も受けられるからな。モンスターの結晶を増やすチャンスだ。
『フェンリル・ゴースト』との戦いでは、モンスター達に随分と助けられた。しかも次の相手となるのは、災害そのものと言われる『ボルケーノドラゴン』だ。
準備はしすぎて尚、足りない程だろう。実はここに来る前に、兵士達の訓練所に行ってアインに召喚して貰ったモンスター達を預けて来た。
いつかやろうと思っていたモンスター達の訓練を開始したのだ。俺の召喚だと、最大五日で消えてしまう(これでも大分延びた)が、アインの召喚なら今の所制限が無い。何せ、最初に召喚した『スラリン』が今だに現役なのだ。
召喚していられる時間は魔力量によると言う。アインの魔力量は一体どうなっているのだろう? 俺の十倍じゃあ利かない気がする。
「何を呆けてんだいユーイチ。ほら、終ったよ、これで晴れてアンタもBランク冒険者さ! 」
「え? ああ、ありがとうガーナ。Bランクか」
冒険者の証しであるピンバッチの色が赤になった。あと残るのはAランクの銀と、Sランクの金だけだ。
まぁ、これより更に上げるには、ギルド支部を五つ以上保有する国の許可がいるらしいので、実質ここで打ち止めだ。
Aランクになれる様に他国と国交を結ぶには、ボルケーノドラゴンを何とかしてケンプ王国を解放しないといけないからな。そうなったら俺は王様だ。冒険者ではいられないだろうな。
でもそれはもう少し先の話だ。今は新しい依頼を受けよう。
「…………おや、依頼が少ないですな」
「本当ですね。CランクとDランクの依頼なんか、一つもありませんよ? 」
セバスニャンとアインの言う通り、依頼が張り出されている掲示板はスカスカだった。
「なんだこれ? どうなってんだ、ガーナ! 」
「ああ、それかい。どういう訳だか、ついこの間までヒリムス様が大々的にモンスター狩りを指揮してね。かなりの数のモンスターが狩られたのさ。モンスターの危険が無くなったのは良いんだけど、この有り様さ」
………………間接的に俺のせいだった。ヒリムスが結晶を集めた時の話だろうと思われる。
「まぁ、ヒリムス様が素材を売った分と討伐報酬を冒険者にバラ蒔いたから、評判は良いんだけどね。おかげで急に大金が入った冒険者達は昼間から飲んだくれているよ。…………ったく、目の毒ったらありゃしない! 」
酒好きのガーナも交ざりたいが、我慢していると言う。
しかし、我慢していると言い張るガーナの頭には大きなタンコブがある。…………どうやら既に交ざってビターに拳骨を喰らった後の様だが、…………優しい俺達は黙っていた。
「しかし参ったな。残ってるのはランクの低い討伐依頼と、護衛任務や研究の手伝い? これじゃあ新しいモンスターは手に入らないだろうな」
「そうでも無いかも知れませんよ? 」
悩む俺の前に、アインが一枚の依頼書を掲示板から外して見せてきた。Aランクの依頼だ。だが…………。
「なになに? …………研究の手伝い? これでモンスターが手に入るのか? 」
依頼書の内容だと、採掘依頼だ。依頼を出した研究者も一緒に行く為、護衛任務も含むらしく依頼料は高めだ。
「採掘依頼じゃないか」
「ええ。でも、場所が良いじゃないですか」
「…………アメジス洞窟。…………ダンジョンか! 」
「そうです! 」
「ほほう。それは興味深いですな」
依頼者の名前は、自称『ゴーレムマスター』クリスタ=パパット=オートマ。 …………自称ゴーレムマスター? 何かヤバい匂いがするな。
取り敢えず、ガーナに依頼書を出してみた。
「え? クリスタの依頼を受けんのかい? 」
「知り合いか? 」
「まぁね。…………一応は同期生だよ、学園の」
「ええ!? 」
アインが驚きの声を上げた。…………そうか、ガーナの同期生って事はアインの一期上だ。アインも知ってる筈だな。
「あー、いや。アインは知らないだろうさ。あんたらが入学する前に卒業したからね。聞いた事ないかい? 『論文の悪魔』」
「何だよ、その二つ名」
「……………………ああー、知ってます。毎日の様に新しい論文を出して来て、先生方の半数をノイローゼにした人ですよね」
「…………何その怖い人」
「いやー、悪い奴では無いんだよ。…………厄介なだけで」
厄介なのは悪くないのだろうか? …………ん? アイン達の入学前に卒業って、一年以内に卒業したって事か!?
「でもあんたらなら大丈夫か。じゃあここに、証印を押しな」
「…………ま、成るように成るか」
少々思う所もあるが、俺はピンバッチに魔力を流して依頼書に押した。これで依頼スタートだ。
「じゃあまずはクリスタの所を訪ねてみな。…………アイツは普通に出て来る事は無いからね。勝手に家に入るといいよ。」
…………マジかよ。俺は早くも依頼を受けた事を後悔しはじめていた。




