068 婚約披露宴
「窮屈だ。しかも重い」
「よくお似合いですな。いっぱしの貴族のようです」
俺は今日のために用意された、青を貴重とした貴族服を着ていた。至る所に金や銀の糸で刺繍がしてあり、とても重い。少なくとも、これを着ての戦闘はゴメンだ。重いわ固いわ、良い所が見つからない。
「いや、見映えは良いのか」
「日本人顔にはイマイチですな」
「おい。さっき似合うって言ったばかりだろ」
この服一着で、聖王貨(銀色で中心に赤い宝石がついた板。日本円だと約一千万円)が飛ぶそうだ。いや、アホか。
それでも、今回は時間も無かったので、ヒリムスの服から一着を選び仕立て直した物だ。リリアナは丁度新しく作っていたドレスがあったので、そのデザインを少しだけ変えたらしい。
「おう、いいじゃないかユーイチ。よく似合ってるぞ、我が義弟よ」
「気が早過ぎるだろ、義兄さん」
「はっはっは。だが、ユーイチが俺の義弟になるのか。まだ先の話とは言え、仲良くやろうな! 」
「まぁ、それは同感だ」
そんな会話をしていると、メイドが俺達を呼びに来た。どうやら準備が出来たらしい。
…………さぁ、会場入りだ。
ルイツバルト家の大ホールは、結構な賑わいを見せている。カルミアの街の有力者と、ムースが話していたケンプ王国の小さな港街からの有力者しか来てないはずだが、それぞれのパートナーも含めるからか、人数は多い。
大ホールも、いつもよりもキラキラと輝いている。壁やカーテンにすら装飾品が増えている気がするな。
婚約披露宴は立食パーティー形式で、料理も様々な物が並んでいた。メインは肉料理だ。この街にはスパイスが乏しいのだが、セバスニャンのティーセットという特定のスパイスが無限に出てくる裏技があるので、香ばしさが溢れている。
皆、料理に手をつける時を心待ちにしているようだ。特に小さな男の子は、料理の側に陣取っている。
俺はそれを見て、挨拶を早く終わらせてやろうと苦笑した。
何段か高い位置で、華麗にドレスアップしたリリアナが待っていた。とんでもなく綺麗だ、薄い黄色のドレスが良くにあっている。
首には、スライムの結晶を使ったペンダントが目を引いた。そんな使い方もあったか、確かに結晶は宝石の様でもあるからな。
リリアナは俺と視線が合うと少しはにかんだ。すごく可愛い。
え? この娘と俺が婚約するの? と今さらながらに思う。何だか隣に並ぶだけでダメな気すらしてくる。何と言うか、許されない事になってる気がする。
「ユーイチ様、とてもお似合いです」
そう言って可愛く微笑むリリアナ。しまったな、先に言わせてしまった。
「リリアナ、とても綺麗だ。俺が今まで見てきたどの女性よりも、君が素敵だ」
余りにも自分自身に見合っていないセリフに、鳥肌が立ちっぱなしだ。歯が浮くとはこの事か。これはヤバい。超恥ずかしい。
その時、後ろから『ピピッ』という機械音が聞こえた。振り向いて見ると、セバスニャンがいつの間にか刻印スマホを構えている。……………………コイツ今、動画撮りやがった。
どうやらセバスニャンとは、後で命懸けの戦いを繰り広げなければならないらしい。セバスニャンに俺の刻印装備を全て預けたのは失敗だったか?
「ふむ。一つ一つにパスワードロックまで出来るとは、ハイテクですな」
……………………嘘だろ?
俺がセバスニャンとにらみ合いをしていると、ムースが壇上に立ち、挨拶が始まった。
「本日は良き日だ。私、ムース=ルイツバルトの最愛の娘、リリアナに伴侶を約す事と相成った。皆もご存知であろう『カルミアの英雄』ユーイチ=ホシノ殿だ。諸卿諸官におかれては、新たに息子となったユーイチ殿を、是非お引き立ていただきたい! 」
ムースの言葉が途切れると、大ホールに歓声が沸き上がった。
「この嬉しき日に、乾杯! 」
「「乾杯!! 」」
てっきり俺も挨拶するモノと思っていたが、違ったらしい。許しが出たとばかりに料理に人が群がっていた。俺も、下に降りるとしよう。
リリアナに手を差し出すと、リリアナははにかんで俺の手を軽く取った。そして俺達が下に降りると、早速来場者に囲まれるはめとなった。
始めに、カルミアの有力者達が挨拶に来る。カルミアに住み、ハルハナ王国と袂を分かつ事に賛同してくれた貴族達だ。
彼らの家は、戦争の際も兵を出したり、指揮官として息子を出したりしてくれていたらしい。確かに料理に群がる人の中には、見た事があるような青年が混じっている。
貴族の次はカルミアで働く役場の職員や商人が続いた。挨拶に並ぶ列に、冒険者ギルドの職員ガーナがいた。列から顔を出してヒラヒラと手を振り、隣にいた鬼のような強面の大男に拳骨を落とされている。
「…………ユーイチ様におかれましては、ぜひ、我が商会にも足を運んで頂きたく…………」
「あ、はい。近い内に寄らせて貰いますよ…………」
いかんいかん、今は目の前に集中しないと失礼だ。その後も何人かの相手をリリアナにも助けられながらこなし、ついにガーナが前にやって来た。
「やあユーイチ! お祝いを言いに来たよ! リリアナ嬢を射止めるなんて、隅におけな(ズゴン!! )………………いってぇーー、何て事すんだい! 親父!! 」
「このバカ娘が! 何だその口の聞き方は! あと親父じゃねぇ! 公務の時はギルドマスターと呼ばねぇか!! 」
大男の拳骨から始まった父娘喧嘩(?)を、俺とリリアナは呆気にとられて見ていた。
なるほど、父親がギルドマスターか。ギルドでの態度や貴族のパーティーに呼ばれていたりと、「ひょっとしてガーナって偉いのだろうか? 」とはちょいちょい思ってはいたが、そういう事か。
この場にも居る事から、おそらく副ギルドマスターくらいの役職に就いているのかもしれない。いつも受付で酔い潰れているイメージなのに。
「ビター。場をわきまえよ」
見かねてムースが大男に声をかけた。どうやら、良く知る間柄のようだ。その口調から親しみを感じる。
「おお、ムース。今日はめでたい日だ! おめでとう! …………ああいや、すまねぇな。俺の娘が」
「なんだい! 親父だって口の聞き方がなってねぇじゃねぇか! リリアナ嬢、すまないね騒がしくして。でもいい男捕まえたね、逃がすんじゃないよ」
「フフ…………。はい、ありがとうごさいます。ガーナ先輩」
「…………先輩? 」
「はい。私がフェルドの学園に通った時に、ルームメイトだったのがガーナ先輩なんです。凄くお世話になりました」
「ギルドマスターのビターは、私の同期生だ。こんなのだが、信用出来る男なので、何かあれば相談すると良い」
「おお、英雄殿。いつでもギルドに来てくんな。俺ぁ居ねぇ時もあるが、大抵の事はガーナが分かる。遠慮なく頼ってくれ! 」
いやはや、この父にしてこの娘だな。この感じは嫌いじゃないけど。…………よし!
「よろしくビター殿。何かあったら頼らせて貰うよ。ついでにランクも上げてくれ」
「ガハハハ! まぁ慌てんな。お前さんならランクなんかすぐ上がるさ。だがまぁ、俺の権限でBランクまでは上げられるからな。後でギルドに来てくんな! 」
言ってみるもんだ。これでまた、新たなモンスターの結晶が手に入りやすくなる。…………と、俺は新たな出会いを現金に喜んだのだった。




