05 チートサバイバル
異世界の森の中に放り出された俺とセバスニャンは、最初に向かうべき街の場所も方向も分からない為に、サバイバル生活に突入した。
作戦はこうだ。まず、雨風をしのげる場所を作る。そして、そこを起点に北に南に、または東に西にと移動し、スマホの地図を広げていく。
100倍の体力に任せて何処かにたどり着くまで走る、という案も考えたのだが、どこまで走るのか分からないのと、モンスター、それもゴブリンなんかではない強大なモンスターに出会ったらマズイという二つの理由から却下になった。なにせ所詮は人間の100倍だ、たかが知れている。
ドラゴンを見た事などないが、ティラノサウルスの化石なら見た事がある。あの巨大な顎を持つ上に、炎を吐き空を飛ぶのがドラゴンだろう? 勝てる訳が無い。いくら100倍でも、燃やされれば燃えるし、爪も牙も刺さるのだ。
地道にマップを作るのが一番だ。因みに、スマホの充電は魔力だった。充電ボタンを触るだけで勝手に充電されていく、とても便利である。もっとも、魔法が使える訳ではないので、「何か吸われてる気がする」「おそらく魔力でしょう」という話になっただけなのだが。
「雄一様、ミルクティーです」
「ありがとうセバス」
そんなこんなで、俺達は今拠点として見つけた洞窟の中でくつろいでいた。
これが快適なのだ。洞窟が快適? と疑問に思うかもしれないが、なんと洞窟内にあの神様の絨毯が敷けてしまったのだ。それも、洞窟の狭さや高さなんてお構い無しに、絨毯は「この上は別世界」と言わんばかりに、平らに広く敷けたのだ。
見つけた当初、ギリギリ横にはなれるが、立ち上がる事は出来ないなとセバスニャンと話したものだが、せめて寝やすくと絨毯を敷いた途端に、洞窟の中の空間が、絨毯に合わせてねじ曲げられた。
しかも絨毯の広さはセバスニャンのイメージで決まるらしく、今や畳で言えば二十畳の広さになり、これまたセバスニャンが神様から盗んでいたベッドや、テーブルセットに二つの本棚まで置かれ、もはやワンルームである。
さらには、絨毯を敷いた事でモンスターに襲われる心配も無くなり、完全な安全地帯になっていた。
食料についても良くなった。と言っても、果物を集めたり角が生えたウサギによく似たモンスターや、草を操る鹿によく似たモンスターを狩って肉にしているだけなのだが、ここで最も重要なのは調味料だ。
肉を焼いている時のセバスニャンとの会話で、俺達は気づいてしまった。
「肉が食えるのはいいんだが、物足りないな。せめて岩塩とか見つかればなぁー」
「塩ですか。しかし、岩塩の見つけ方など知りませんしな。見つけたとして、簡単に口にして良いものなのかも疑問ですな」
「ああ、鉱毒って言葉は聞いた事があるな。……ん? 俺達は大丈夫だろ、健康EXがあるし」
「成る程たしかに。しかし、塩ですか。砂糖とミルクなら…………! 雄一様! 」
「ん? どうしたセバス」
「紅茶には、砂糖やミルクだけでなく、スパイスも良く使われるのです! 」
「!!!!! それだ!!」
という訳で、セバスニャンはシュガーポットに、様々な調味料が出せるようになった。これはかなりの収穫で、俺達の食生活をとても豊かにしてくれたのだ。
まあ、残念ながら塩は出なかったが、ブラックペッパーやカルダモンなどが手に入っただけでも僥倖なのである。
因みに、セバスニャンのモノクルには刻印の力で『鑑定』と『索敵』のスキルが宿っており、それによれば角つきウサギは「ホーンラビット」草を操る鹿は「グラスディア」というそのまんまな名前だった。
「それにしても、雄一様は当然のように狩猟をこなすのですな。日本人というのは、狩猟など中々やらないと思っておりました」
「ああ、それは正しいよ。普通に生きてる日本人なら、よっぽど山奥や田舎でくらしてない限りは縁がないだろうしな。狩りなんて精々が魚釣り、それも自分では捌けないなんて人がほとんどじゃないか? 」
「では、雄一様は田舎の出身ですかな? 」
「いや、俺は色々学んだ中にサバイバルがあっただけだ。中学の頃に『埋蔵金』ってやつが欲しくなってな。夏休みの一ヶ月を山に籠る為にサバイバルを学んだんだ」
「………………なるほど? 」
口では成る程と言いながら、セバスニャンは首を傾げていた。
◇
サバイバルを始めて5日目。ついに地図上に街のドット絵が表れた。長い5日間だった、モンスターも数多く狩り、結晶もかなりの数が集まった。食う為に狩ったウサギや鹿のもあるが、一番多いのはそこら中にいるゴブリンやスライムの結晶だ。
ゴブリンの結晶が多いのも当然だ。なにせ、ゴブリンの集落を一つ潰したからな。刻印の入った武器の扱いも慣れたし、ゴブリンジェネラルなんていう3メートル級の巨大ゴブリンの結晶も手に入った。
それにバンパイアトレント。読んで字の如く血を吸う樹木だ。フルーツの成る果樹に混じって生えてた奴で、捕まった時にはさすがに焦った。100倍の力と、イメージですぐに現れる刻印武器のお陰で助かったが。神様が全ての持ち物に刻印を入れた訳が良く分かった。無ければ詰んでたからな。改めて、神様に感謝した。
「明日になったら、ここを引き払って街に向かおう。『ブック』」
ベットに腰掛けながら呪文を唱えると、ボンッと音を立てて俺の目の前に一冊のバインダーが浮かんだ。『ブック』は俺が『コレクション』のスキルに紐付けた呪文で、元ネタは俺の好きだった漫画の呪文だ。
結晶を手に入れた当初はポケットにそのまま入れていたのだが、バインダーみたいなのが欲しいと思ったらバインダーが出てきた。このバインダーはイメージで出したり消したり出来たのだが、呪文とかで出したり出来ないかと試したらあっさり出来のだ。
『コレクション』には手に入れた結晶を収納する為のバインダーが存在しており、一頁につき九種類の結晶を収納する事が出来る。ページにある九箇所の空白の一つに結晶を押し当てると収納出来、収納すると結晶の絵と共にモンスターの名前と持っている数が記載される。
そう、そこに結晶の数は関係なく、同じ種類の結晶であれば一ヶ所に何個でも入れられた。
しかも、モンスターの名前や結晶の所持数が表示されているマスをスワイプすると、そのモンスターが持つスキルが表示される。
見た目も手触りも紙なのに、どういう事なのかとか考えては駄目なのだ。スキルはそういうモノなんだろうという結論しか出ない。
因みにモンスターが持つスキルは、スライムだと『擬態』ゴブリンアーチャーなら『狙撃』といった具合だ。ゴブリンファイターにはスキルがなく、空欄のままだった。
まあ、分からない事も多いがそれは後々解るだろう。便利である事が一番大切なのだ。
ともかく、俺は今日手に入れた結晶を全てバインダーにしまい込んだ。
「とうとう街に行くのですな」
枕の横に陣取ったセバスニャンが、カイゼル髭のような模様が特徴的な黒猫の姿で俺に答える。
なんとセバスニャンは、執事の姿と猫の姿を自由に使い分ける事が出来るのだ。寝る時はいつもこの猫の姿で丸くなって一緒に寝ている。
ハッキリ言って最高である。だって人語を喋る猫と一緒に寝られるのだ、最高でない筈がない。
「そうだな。地図のアイコンで見ると、そこそこの街のようだな。その街でしばらく過ごすかどうかはともかく、やっとスタートラインって感じだな。どんな街でどんな人がいて、どんな文化があるのか楽しみだ」
「ですな。取り敢えずはやはりギルドですかな? こういう世界ではつきものだった筈。やはり、冒険者ギルド等があるのでしょうか」
「ゲームやラノベの異世界なら大抵そうだな。まあ、モンスターが当たり前にいる世界だ、まず間違いなく有るだろう。逆に無い場合だとどんな感じだったかな? 軍隊が充実していて権力を持っているとか? ちょっと思い出せないな。神様は何か言ってなかったのか? 」
「国は基本的に王政であるとか、通貨や言葉のことなどは聞いたのですがギルドという話はありませんでしたな。おお、そういえばあの本棚は異世界の知識や常識、地球から持っていけば役に立つ知識などを集めたモノでしたな」
「ああ、あれかぁ」
神様の所からセバスニャンが持って来た本棚には、確かに様々な本が並んでいたようだが、何故か俺には読めなかった。日本語の本や英語の本がほとんどにも関わらず、目で文字が追えても、肝心の内容が全く頭に入ってこないのだ。
おそらくだが、これはあの本棚はセバスニャンが神様にお願いして出してもらった物だというのが理由だろうと思う。つまり、本を読む事をセバスニャンしか許されていないという事じゃないかと思ったのだ。
まがりなりにも神様の持ち物だ。例え日本語の本でも、『言語理解』のスキルがあっても関係ないのだろう。『許可していない』それが全てなのだ。
「俺には読めないし、本の事はセバスに任せるよ。さあ、明日は朝から街を目指すんだ。もう寝よう」
「そうですな。お休みなさいませ、雄一様」
こうして俺達のサバイバル生活は幕を閉じた。
◇
朝になり、俺達は街へと向かった。森を越え、出くわしたモンスターを狩り、街が見える場所へとたどり着く。
そして俺達は今、目指した街を一望できる崖の上で……。
……………………頭を抱えていた。
「……………………冗談だろ」
「これは、…………困りましたなぁ」
異世界での最初の街は、滅びる一歩手前だった。