058 フェルドにあるモノ
「お祖父様!! 」
「おっとと、これアイン。皆様の前じゃぞ」
メルビンの姿を見た途端、アインは走って来てメルビンに飛びついた。俺はメルビンがアインに倒されない様に、背中を支える羽目になる。
「お祖父様! お祖父様!! 」
「うむ。ワシはここにおる。…………よう頑張ったなアイン。よう、…………生きててくれた」
アインはメルビンに抱きついたまま泣きじゃくり、メルビンも、涙を流しながら声を震わせた。
「…………雄一様」
「…………ああ」
セバスニャンが、部屋の中にあったソファーを一旦『ストレージ』に入れて、メルビンの真後ろに出現させた。俺はメルビンを少し移動させて座らせ、メルビンと無言で頷き合ってから、皆と一緒に部屋を出た。しばらくの間は、爺さんと孫の二人きりにしておこう。
「ハッサン殿、貴方には聞きたい事もあるので、領主館まで来て貰いたい」
「わかりました。何でも聞いて下さい」
「ユーイチはどうする? 」
ヒリムスに聞かれたが、正直、聞いた所で何もない。
「俺は少し休む。何かあったら起こしてくれ」
「では、私もそういたしますかな」
「そうか、わかった」
ヒリムス達が館を出るのを見送り、俺達はメイド長のサライに後を頼んで寝室に入った。
広くて豪華な部屋の真ん中に、キングサイズどころじゃないバカデカイベッドがあるが、俺はこれで寝た事は無い。寝室の奥の方にある本来クローゼットだった部屋。この庶民の感覚からすれば普通の部屋に、神様のベッドを出し、そこで眠るのだ。
……………………いや、落ち着かないんだよ、あのベッド。ふかふか過ぎるんだよ、アレ。
ちなみにセバスニャンも、何時もの様にベッドの枕元に、猫の姿で丸くなっている。このスタイルが、一番落ち着くのだ。
◇
目が覚めたのは、数時間経ってすっかり暗くなった頃だった。メイドを呼んで食事を頼み、セバスニャンと共に食堂に歩いて行くと、アインとメルビンが紅茶を飲んでいた。どうやら二人は、食事を終えた所らしい。
「あ、ユーイチさん! 」
俺の姿を見るなり、アインが走り寄って来て頭を下げた。
「お祖父様とハッサンを助けてくれて、ありがとうございます!」
「ワシからも、もう一度礼を言わせて貰う。本当に、感謝しておる。ありがとう」
「いいさ。それより、メルビン殿はウチに住むといい。もちろんハッサン殿も一緒に。…………部屋は、アインの隣でいいかな? 」
俺の言葉に、アインの顔が明るくなる。もう亡くしたと思っていた祖父が生きていたんだ。しばらくは甘えさせといてやろう。
「すまぬ。世話になる」
「ああ。その代わり、貴方には聞きたい事があるんだが。…………もう夜だからな、明日にしよう」
「ワシに出来る事なら何でも言ってくれ。ユーイチ殿はワシとアインの恩人じゃからな、出来る事はやらせてもらう」
「助かる。…………アイン、メルビン殿とハッサン殿の部屋の用意は頼んだぞ」
「はい! こっちです。お祖父様! 」
「これ、引っ張るでない」
仲のいい家族だな。色々話した中には、辛い事の方が多かっただろうに。…………まぁでも、近くに家族が居るのなら、乗り越える事も多少は楽になるだろう。
◇
次の日。俺は話を聞く為に、メルビンを書斎に呼んだ。ソファーに座るメルビンの隣にはアインが、後ろにはハッサンが控えている。
「さて、じゃあ早速なんだが…………」
俺は、メルビンに城塞都市フェルドの現状を説明した。メルビンの置かれていた状況から考えて、把握していないだろうと思ってはいたが、どうやらその通りだったらしく、メルビンは段々と顔を青ざめさせていった。
「…………まさか、そのような事になっておるとは」
「聞きたいのは、ゾンビの事だ。何故そんな事になったのか、解る人間が居なくてな。フェルドの前領主でもあったメルビン殿なら、何か心当たりがあるのでは、と思ってな」
俺の言葉にメルビンは重苦しく頷き、答えた。
「…………心当たりはある。おそらく原因は、フェルドの地下に封印されていた魔石だろう。ワシらハックナーの血族がフェルドを離れた為に、封印が解けたのじゃ。その魔石が瘴気を集め、または生み出しているのだろう」
そのメルビンの言葉に、俺は頭を抱える事になった。
……………………正直、予想はしていた。あの『ルーザー=ハックナー』の伝記を読み終えた時に、最悪の可能性として。
「……………………『フェンリル』か…………」
「…………知っておるのか!? 」
「いや、予想していた。…………ついこの間『精霊騎士ルーザー=ハックナー』って本を読んだばかりでな。本の中で、フェンリルの魔石は『封印』したとあったからな」
「…………ふむ。ご明察じゃな。これは代々のハックナー家当主だけが知る秘密じゃ。フェンリルの魔石は、フェルドの地下に封印されておる。…………いや、おったか」
「魔石は破壊出来なかったのか? 」
「無理じゃな。あれは破壊出来るシロモノではなかった。ご先祖様とて、子孫代々の血を条件に加える事でやっと封印したのじゃ」
成る程な、血の封印か。フェルドからハックナーの血族が離れたから封印が解けたと言ってたからな。フェルドにハックナーの血族が一人でもいれば、封印は解けなかったのか。
これも先の戦争の弊害か。嫌になるな、まったく。
「ハックナー家の血筋の者が一人でも街に居れば、封印は解けない。その事があるから、例え仕える国が変わったとしても、ワシらはフェルドの領主だった訳じゃ」
「お祖父様、その魔石の再封印は出来ないんですか? 」
「…………難しいじゃろう。ご先祖様は『神の力』をもってフェンリルを倒し、封印したのじゃ。『神の力』など、おいそれと手にできる代物ではない」
……………………ん? 『神の力』? ………………俺は、何となく投げナイフを一本取り出して眺めた。俺の刻印装備って、これ『神の力』の内だよな?
いやしかし、本当に何とかなるのか確証が無い。もっと別の、これならと言う確証が欲しい。…………しかし、他に俺達にあるのはスキルぐらい………………!
「あ!? 」
「えっ! どうしたんですか、急に大声出して」
「『ストレージ』だ! セバスニャンの『ストレージ』に回収してしまえばいいじゃねーか!! 」
ナイスアイディアだ! 魔石なら生物では無いし、『ストレージ』は魔法の袋と違って、中の時間は止まっている。危険も無い筈だ!
「…………成る程、良いですね! 」
「何じゃ? その『ストレージ』と言うのは? 」
アインがメルビンに、セバスニャンのスキルの説明をすると、メルビンは口を大きく開けて驚いた。
「…………なんたるスキルじゃ」
「良し、後は街のゾンビの処理と、魔石の所に何が居るのかだな。…………いや、居るのは『フェンリル』なんだろうが、正直、勝てる気がしないぞ? 」
「それは心配無いじゃろう。ご先祖様がフェンリル・ゾンビと戦ったのは、フェンリルの肉体が残っており、それがゾンビ化したからじゃ。しかし、フェンリルの肉体はご先祖様が消し去っておる。肉体が無ければ、ゾンビにはなれん」
「………………成る程、確かにそうだな。…………なら考えても答えは出ないか。だが、ゾンビ対策は必要になる」
「…………うむ。それなら、魔法じゃな」
…………おお。そうか、『魔法』か。




