057 予期せぬ出会い
盗賊のアジトは意外としっかりとしており、閉じられた扉の前には、二人の見張りが立っていた。
セバスニャンは一度猫の姿になり(スライムの擬態で見えないが)ハッサン達が帰って来るのを待ち、ハッサン達が中に入る時にスルリと侵入した。
そして適当に中を進み、誰もいない場所で鍵を使う。『奴隷の契約書』と頭に念じて鍵を見ると、ジリジリと移動していた。
セバスニャンは疑う事なく、鍵の先端が示した方向へ歩いて行く。
どんどん奥に進んで行くと、食料や武器を蓄えている部屋を通ったので、セバスニャンはついでにと『ストレージ』に回収しながら先に進んだ。
回収した中には、『回復薬』や『解毒薬』が詰まった箱もいくつかあった。これらは有用ですな。と、セバスニャンはホクホクである。
「おや? …………牢屋ですな」
アジトの奥の一室に牢屋を発見したセバスニャンは、中を覗いてみた。ハハラ村でそんな話は聞いていないが、もしかしたら女性が拐われているかもしれない。と、思ったからだ。
しかし、牢屋中にいたのは髪も髭も真っ白の一人の老人だった。しかも、何故かベッドに寝かされている。
猫の姿で牢屋の格子の間を抜けて近づいてみる。老人は、かなり弱っている様子だ。ボロボロの布団から出ている肩口には、包帯が巻かれているのも見える。
首には奴隷紋が見えるから、奴隷なのは間違いない。しかし、手当てをした上で、ベッドに寝かされている。ただの奴隷に、こんな扱いはしないだろう。
(重要人物。と、言う事ですな。覚えておきましょう)
セバスニャンは、この老人の事はひとまず置いておき、契約書の捜索に戻った。
結局、アジトの一番奥まで入ったセバスニャンは、盗賊のボスの部屋と思われる場所で、四枚の契約書を見つけた。先程の老人も入れれば数は合う。
(それにしても)
と、セバスニャンはイビキをかいて寝ているボスらしき大男を見る。
(油断しすぎですな)
そんな事を考えながら、セバスニャンはボスの部屋にあった武器やら金貨やらを『ストレージ』に回収して、部屋を出た。
奴隷を今すぐ解放するのは得策ではない。盗賊の目の前で奴隷紋がいきなり消えたら、間違いなく殺されるだろうからだ。セバスニャンは奴隷達の部屋が、老人の居た牢屋の隣である事を確認していたので、そこでしばらく待機する事にした。
アジトにある物を色々と回収したので、すぐに騒ぎが起こると見越しての行動である。
奴隷の部屋は、三枚の御座が敷いてあるだけの何もない空間だ。セバスニャンはその片隅でスライムを体から離し、毛づくろいを始めた。
しばらくして。
「おい! 誰か来い!! 」
野太い大声と共にアジト内が騒がしくなり、奴隷達が部屋に押し込められる様に戻って来た。
セバスニャンは、念の為に扉を背にして執事の姿へと戻った。そして、手にした契約書四枚を纏めて破り捨てると、奴隷達に声をかける。
「皆様、お初にお目にかかります。私、セバスニャン=イベントリーと申します」
「「……………………!? 」」
突然現れたセバスニャンに、奴隷達は固まった。
「じ、獣人!? 」
「お、俺達はただの奴隷だ! と、盗賊とは関係ない! 」
「ええ、存じております。ですので、皆様の奴隷契約は、すでに破棄しております」
破り捨てた契約書を指差すセバスニャンに、奴隷達はお互いの首を見て、奴隷紋が無い事に驚いた。
「あ、貴方は、なぜ我々を助けるのですか? 」
前に出てきたハッサンに、セバスニャンは一礼する。
「私は、アイン殿と同じ主人に仕える執事でございます。主人の命により、アイン殿と縁のある貴方を助けに来たのですよ。ハッサン殿」
「あ、アイン様は無事なのですか!? 」
「ええ」
「おお、アイン様…………! 」
涙ぐむハッサンだったが、すぐに顔を上げてセバスニャンに懇願した。
「セ、セバスニャン殿! この隣の牢に、メルビン様が捕らわれております。どうか、メルビン様を助けて下され! 」
「ほう、あのご老人はメルビン殿というのですか? どのような方ですかな? 」
「メルビン様は、アイン様の祖父にあたります」
「なんと! 」
◇
「…………! 来たぞ、セバスニャンからの合図だ! 」
「よし! 盗賊どもは一人も逃がすな! 生け捕りに拘る必要は無い! かかれ!! 」
ヒリムスの号令で、兵士達が盗賊のアジトに襲いかかった! 見張りを斬り捨て、魔法兵が扉の蝶番を破壊して扉を引き倒した! そして、雪崩れ込む様に中に入って行く。
「じゃあ俺はセバスの所に向かうぞ」
「ああ、盗賊どもは俺達に任せておけ! 」
俺は指揮を取るヒリムスと別れ、スラリンの案内でセバスニャンの元に向かった。途中でも盗賊は出て来るが、武器を持たず、何故か椅子を振り回す奴までいた。
「…………ああ、そうか。セバスが盗んだのか」
おそらくセバスニャンが、ついでとばかりに武器やらを回収していったのだろう。そんな事を考えながら、俺は襲って来る盗賊の意識をトンファーで刈り取りながら、先へ進んだ。
そしてセバスニャンと合流すると、何故かセバスニャンはハッサン達と共に牢屋の中にいた。
「何で牢屋に居るんだ? 」
「それなんですが…………」
セバスニャンの報告を受けて、俺は驚きと共に喜んだ。
「…………アインの爺さんが生きていたのか! これは良いニュースだ! 」
「はい」
「…………あ、あの、貴方がユーイチ=ホシノ様ですか? アイン様が、お世話になっております」
「ハッサン殿ですね。まずはここを出てからにしましょう」
俺達は、スラリンに担架になってもらい、そこにメルビンを移して運び出した。セバスニャン以外の者で担架を運び、セバスニャンには襲って来る盗賊を頼んだ。
ハッサンも二人の元奴隷達も、セバスニャンのあまりの強さに驚いていた。そして、俺達が外に出る頃には、盗賊討伐も粗方が片付いていた。
「まさかメルビン殿が生きておいでとは。先の戦争で滅びた街の中に、メルビン殿が出向いた町があった為、亡くなられたものと聞いていたのだが…………」
「生きていたんだ、いいだろヒリムス。俺達は、先にハハラ村に戻るぞ。アインの爺さんには、元気になって貰いたいからな」
「ああ。魔法兵を連れて行け。医療にも詳しい奴だ、ちゃんと治療すれば、すぐに元気になるだろう」
「わかった。助かる」
ハハラ村に戻った俺達は、村長の家で部屋を借り、メルビンの治療にあたった。
治癒魔法と言うのは凄まじい。ヒリムスに借りた魔法兵と、魔力を回復させたハッサンの治癒魔法を受けて、メルビンは一日目に目を覚まし、二日目には軽い食事が出来る程に回復した。
「ユーイチ殿、セバスニャン殿。ヒリムス殿より、ワシらが救われたのはお主らの力が大きかったと伺った。聞けば、孫のアインも世話になっているとか。何とお礼を申せば良いのか解らぬ」
メルビンはベッドの上に胡座をかき、深く頭を下げた。何と言うか、時代劇にでも出てきそうな程に風格のある人だ。ハッサンもそうなのだが、二人供ボサボサだった髪と髭を整えたら見た目が若くなった。
「アインは今、俺の従者をやっているので、俺にとってもお二人は他人ではないので、元気になるならそれでいいですよ。もう数日休んだら、カルミアにいきましょう。アインが喜ぶ」
そして二日後、何とか歩けるまでに回復したメルビン達を馬車に乗せて、俺達はカルミアへと帰ったのだった。




