051 暗殺者
「…………貴様ら、何時までもこのままでいられると思うなよ。余の騎士達のは精鋭だ、丸腰の貴様らなど…………」
「おお、そうだったな」
親切にも教えてくれたので、ベッチーノにも見えるように刻印武器を引き寄せて仕舞い込んだ。
「…………何で驚いているんだ? お前の情報源は、俺の武器がこうして自在に取り戻せる事は教えてくれなかったのか? 」
「………………くっ!? 」
俺の言葉に、ベッチーノは側近であろう老人を睨み、老人は顔を伏せた。…………なるほど、あの老人がスパイを送り込んでる訳か。
俺は、ここまでのベッチーノの反応を見て気づいた。このベッチーノという男は、上手く策謀を巡らせる事など出来ない、ただの軽い御輿だと。…………俺は少し考え過ぎていたらしい。
例えばムース達の不在時に、四倍もの兵力差で敵が攻めて来た事だ。ベッチーノのやった事は、元ケンプ王国第三王子のヨーダルを焚き付けた事と、ムースの不在を伝えただけで、あの敵軍が大きくなりカルミアを追い詰めたのは、城塞将軍ヘルバンの力が大きかっただけなのだ。
ムースが王都を離れ、カルミアに帰還したタイミングで前王とカルロ王子が死んだのも、恐らく前王はただの病死で、ベッチーノを王にしたがっていた回りの貴族達が、機に乗じてカルロ王子の殺害に踏み切ったのだろう。そこにポッペンが偶々現れ…………。
フェルドの現状も、カルミアが孤立する原因なのだが、ベッチーノはフェルドの現状を知らないだろう。
全て、タイミングが上手く噛み合った結果だ。俺は考え過ぎて敵を大きくしていた。だが、そうと解れば。
「『ブック』、…………『サモン』! 」
俺は下で様子を伺っている貴族や騎士達の中に結晶を投げ入れ、モンスターを召喚した。現れたのは、魔剣『ヘカトンケイル』を手にした、ゴブリンジェネラルだ。
「な、何だコイツは!? 」
「ま、まさかゴブリンキングか!? 」
「た、助けよ、ワシを助けよ!! 」
「ひ、ひぃーー!! 」
戸惑う騎士達と、逃げ惑う貴族達。俺はセバスニャンに結晶を一つ投げ渡し、受け取ったセバスニャンは俺の意を汲んで、貴族達が殺到する扉の前に移動し、そこにもう一体のゴブリンジェネラルを召喚した。
「こ、こっちにも出たぞ!? 」
「な、何をしておる! 早くアレを倒せ! ワシらを逃がせ!! 」
貴族の命令に、騎士達がゴブリンジェネラルに群がるが、魔剣の一振りで蹴散らされている。喰らいついている騎士もいるが、そもそもゴブリンジェネラルに大したダメージを与えられていない。
何だか凄く違和感がある。ムースによるとハルハナ王国はそこそこ大きく、歴史のある国家らしい。…………なのに、国王の身を護る騎士達が、魔剣もスキルも持ってないってのはどういう事なのか。
…………アイツらがゴブリンジェネラルを倒す度に追加していって心を折るつもりだったが、そこまでする必要がない?
「いかがしますか雄一様? 」
いつの間にか戻ったセバスニャンに、俺は『ウチの鍵』を渡した。このままだと俺達の力を見せつける前に終わってしまう。なら、予定を先に進める事にした。
「盗れる物だけ盗ってリリアナ達と合流…………! 」
それは、偶然だった。
最近になって『魄』が使える様になった俺は、出来るだけ『魄』を纏っている。その力に慣れて、100倍の力を早く使いこなせる様にと。…………それが功を奏した。
『魄』に先に刃が触れる事で、全くの意識外からの攻撃に気づき、左手に出したトンファーで凶刃を受け止める事が出来た! 同時に、セバスニャンは別の一人を斬り捨てていた。
まるで忍者のような黒ずくめが、刃の一撃を受け止められた事に驚きながら、その口から何かを吐き出した。俺は体を回してその何かを肩で払いつつ、右手にもう一つのトンファーを出して黒ずくめを打ち払った。
「ぬぐっ!? 」
階段の下まで落ちた黒ずくめが、体勢を立て直して跳躍してくるが、俺はソイツにベッチーノを投げつけた。
「なっ!? 」
「……あ、わあぁぁーーーー!? 」
飛んで来るベッチーノを、傷つけない様に受け流す黒ずくめを、俺は全力で放った二本の投げナイフで撃ち抜いた。
「ぐっ! がはっ!? 」
黒ずくめを貫通した投げナイフは、二本とも床に突き刺さってから俺の元に戻って来た。
黒ずくめは二本の投げナイフに胸を貫かれて階段を滑り落ち、…………やがて動かなくなった。
「…………そ、そんなバカな!? ワシの切り札が!? 」
倒れた二人の黒ずくめを見て、老人がワナワナと震えた。
「…………どうやら、今のが本命だった様ですな」
「…………ああ、危なかった。完全に意識の外から来たぞ、今のはスキルか? お前よく反応出来たなセバス」
「直前に『モノクル』が反応したので何とか、ですな。ところで、アヤツは何か吐き出していませんでしたか? 」
「ん? ああ」
『何か』を払った左肩を見るが、トレンチコートに何かが刺さった感じも無い。だが、床を見るとその一部が溶けていた。溶けた穴の中に落ちている針が原因だろう。肩で払って正解だった様だ。
「……………………リリアナ達と合流して逃げるぞセバス。まだ何かあるかも知れん」
「かしこまりました」
ベッチーノが惚れている以上、危険は無いとは思うが、リリアナとアインではあの黒ずくめの相手は無理だ。ここが引き時だろう。
俺は部屋の中に更に二体のゴブリンジェネラルを出して、命令する。「暴れろ」と。そして、玉座の奥の扉から部屋を出て、そこを三体のロックドールで固めた。
「『サモン』…………スラリン。リリアナ達の所まで案内を頼む」
新たに出したスライムは俺の肩に飛び乗り、触手を伸ばして俺達の進む先を示した。
「それにしても、先程の黒ずくめにベッチーノを投げつける雄一様は、まるで悪役でしたな」
「…………言うなよ。俺もそう思ったんだから」
そんな軽口を叩きながら、俺とセバスニャンは走り出した。
◇
リリアナ達の合流は問題なく進み、俺達はリリアナを俺が、アインをセバスニャンが抱えて王城を走り抜けた。
「…………は、速い、…………速いです! 」
「目を閉じてしっかり掴まってろ、リリアナ」
あまりの速さに怯えるリリアナが、首にしがみついてくる。俺は密着するリリアナの身体から意識を反らしながら走っていた。…………いや、その。思ったよりも、リリアナの発育が良かったのだ。
「雄一様、露払いをして参ります」
セバスニャンが、アインを俺の背中に預けて飛び出して行く。背中にも柔らかい感触が! …………って、スラリンじゃねぇか。
スラリンは未だにアインのメイド服の胸の中だ。何か居心地がいいらしい。
王城の中ではゴブリンジェネラルを筆頭に、俺が放ったモンスターが暴れている為、街に出ていた近衛兵も集まって来ていた。俺達は、その内の一角を崩しながら、王都の外へ向かって走る。
「このまま王都を出るぞ」
「雄一さん! あそこを見て下さい! 」
俺の肩を叩いて指を差すアイン。そちらを見てみると、貴族の少年達が集まっていた。
全員が、胸に人差し指と中指だけを伸ばして握った手を当てる敬礼をとっている。
俺は手が塞がっているので、アインとセバスニャンが同じ敬礼をして、少年達に応えていた。セバスニャンはともかく、今の格好では、アインの事は解らないんじゃないだろうか?
「…………よし! 正門を出るぞ! 」
「はい! 」
「お任せを! 」
セバスニャンが閉じた正門を文字通り蹴破り、俺達は片側が吹き飛んだ正門を走り出た。




