048 王都キュローズ
ハルハナ王国王都『キュローズ』。建国の覇王サガート=バン=ハルハナが、王都を構える際に、自分を支えてくれた愛妻の名前をつけたという歴史ある都だ。
代を重ねる事に増築し、大きくなっていくと言う威圧感のある城を中心に、贅を凝らした宮廷貴族の屋敷が並び、門を隔てて貴族屋敷があり、更に門を隔てて高級住宅街、店が並ぶ大通り、平民街となっているらしい。
要するに、外側にいくほど貧しいという、解りやすい貧富の差がある訳だ。王都の正門の側だけは普通の街だが、それ意外の壁際は全てスラム街だと言う。
王都の正門の前には、けっこうな行列が出来ていたが、リリアナのおかげでアッサリと通る事が出来た。辺境伯のご令嬢にしては警備の数も荷物も少ないと怪しまれたが、俺とセバスニャンがスキル持ちだと知って納得していた。
メルサナや少年達が、門兵にルイツバルト家や少年達の家への先触れの手紙を頼み、俺達は街へと入った。
「さて、ここでお前達とはお別れだな」
少年達の家の屋敷は貴族街にあり、ルイツバルト家の屋敷があるのも貴族街だ。だが、これから騒ぎを起こそうって俺達と、彼らがいつまでも一緒にいるのは風聞も良くない。
幸い、彼らの家からの迎えが来るという話もあるので、丁度良いと、ここで彼らと別れる事にしたのだ。彼らが先触れの手紙を出したのは、迎えに来てもらう為だったらしい。
「ユーイチさん、セバスさん、本当にありがとうございました」
「元気でな」
「ユーイチさん。僕達は力をつけて、いつかユーイチさんの所へ行きます。その時は、従者にして下さい! 」
真っ直ぐに俺の眼を見て言い切る少年達に、俺は頷きで返した。
「ああ。必ず来い」
「「はい! 」」
「じゃーな、アイン! 」
「また会おうな! 」
「うん。皆も元気で」
少年達と別れた俺達は、王都にあるルイツバルト家の屋敷へと向かう。…………それにしても流石は王都だ。ずいぶんと栄えている。
もちろん、現代日本となど比べるべくもないが、この世界に来て、これ程の人がいるのは初めて見る。カルミアの何倍にもなりそうだ。
「住人も多いが、冒険者も多いな」
「ええ、王都の近くにダンジョンが三つありますので、彼らはそこで生計を立てる者達です」
メルサナが、聞き捨てならない事を口にした。
「ダンジョン!? ダンジョンがあるのか!? 」
「え、ええ。ありますが…………」
本当にあるのか? ダンジョン。現実に?
「ダンジョンとは、どういったモノですかな? 」
「ええ!? 知らないんですか? ダンジョンを」
「少なくとも、我々がいた国にはありませんでしたな」
セバスニャンの言葉に、メルサナどころかリリアナやアインも驚いていた。…………そんなに重要な場所なのだろうか?
「…………ダンジョンは、一定の法則性を持つ迷宮です。例えば、王都の西にあるダンジョンにはゴーレムのみが出現し、そこで採れる素材は鉱石がほとんどです。南には糸を吐く虫系のモンスターのみが出るダンジョンもあります」
「ダンジョンは資源の宝庫で、全ての物に魔力が大量に含まれていて、それらは貴重な素材なんです」
「…………ロックシープの岩みたいな事か」
「はい。なので、魔道具を作るにも、魔剣を作るにも欠かせない素材なんですが、…………ユーイチさんもセバスさんも魔道具をいっぱい持ってますから、てっきりダンジョンが豊富な国にいたものかと思っていました」
ああー、なるほど。そうなるのか。
「…………我々の国とは、魔道具の作り方も素材も違う。という事ですな」
「ああ。そういう事だな」
セバスニャンのおかげでなんとか誤魔化す。しかし、ダンジョンか。こんな時でなければ行ってみたかったな。
◇
王都のルイツバルト邸に着いた。カルミアの屋敷と比べるとコンパクトだが、その外観はさらに豪華だ。と、言うか、この辺りはそういう屋敷ばかりだ。流石は貴族街と言うだけあるな。
「お帰りなさいませ、リリアナお嬢様」
屋敷の前庭で俺達を迎えたのは、何だかタリフに似た雰囲気の老メイドだった。ピシッとした立ち姿が、絵になる人だ。
「ただいま、ターニャ。しばらくお願いね」
ターニャさんと言うらしい。メルサナが、タリフ殿のお姉さまです。と耳打ちしてきた。道理で。
「王都までの長旅ごくろうさまです。ご案内しますので、こちらへどうぞ」
「ああ、みなさま。馬車は、ワシが預かります」
庭仕事をしていた老人に馬車を預け、俺達は屋敷に入った。屋敷の中を歩きながら、………………俺は失敗した。と思っていた。
王都にルイツバルトの屋敷がある事は聞いていた。俺はそれを聞いていたのに、そこで働く者達の事が頭からスッポリ抜けていた。…………自分の間抜けさに愕然とする。頭に血が上り過ぎていたようだ。もっと冷静になるべきだった。
これは不味いと思った俺は、皆に相談があると言い。ターニャに食堂に案内してもらった。
俺の様子に気づいたターニャが、お茶の準備をすると言って退出した。プロのメイドは気遣いがバッチリだ。
「どうかなさいましたか? 雄一様」
「ああ。ちょっと不味い事に気づいてな。当初の予定では、俺達は王都を引っ掻き回して逃げるつもりだったんだが。それは、人質が取られる心配が無い、というのも前提に入っている。その為に、同行する人数を絞った上、王都に帰す必要があり、尚且つ王都に居ても問題の無い少年達を連れて来た訳だ」
「そうですな。……………………なるほど、この屋敷の使用人を考えて無かったと、そういう話ですな? 」
「……………………さすが勘がいいな。その通りだ」
途端に、全員が悩ましい顔になる。だが、何とかしないといけない。
「リリアナ、ここに居るのは何人だ? 」
「…………申し訳ありません。正確な人数までは…………」
「失礼いたします。その質問には、私がお答え致します」
ティーポットやカップがのったカートを持って、丁度良いタイミングでターニャが戻って来た。
「ですがまず、リリアナお嬢様が、突然王都に来られ理由をお聞かせ下さい」
「まあ、そりゃそうだ」
ターニャにカルミアで起きた事を説明していく。…………本当に動じないなこの人。微動だにせずに説明を聞いている。
改めて聞くと、何だかやらかした気がしてくるな。…………いや、ルイツバルト家の事とか考えると、ポッペンは斬るしか無かったと今でも思うけど。
「…………つまり、ルイツバルト家はハルハナ王国から離れるのですね? ユーイチ様」
「…………そうなる」
「その後の事も、考えがあるのですか? 」
「固まってはいないけどな。ただ、現状が最悪なんだ。ハルハナ王国にこのままいれば、間違い無く不幸になる」
「…………………………わかりました」
ターニャはしばらく瞑目し、その後頷いた。
「当家の使用人の大半は、カルミアから来た者です。短期契約で雇った者はおりますが、皆貴族の縁者です。暇を出して問題ないでしょう」
「ターニャ達はどうするのですか? 」
「もちろん、カルミアへ帰ります。帰るのは四人ですので、荷物を最小限にし、今日の内に王都を出ます。…………メルサナ、護衛はお願いしますよ? 」
「は、はい! ターニャ殿達は、私が責任をもってお送り致します! 」
いつになくビシッ! と敬礼するメルサナ。どうやらターニャに頭が上がらないらしい。
「では、ターニャ殿。屋敷内の持って行きたい物や貴重品は、私がお預かりしましょう」
「…………話に出て来た『ストレージ』というスキルですね? わかりました。ご案内します」
「……………………ふぅぅ。 何とかなりそうだな」
危うく身動き取れなくなる所だった。メルサナ達が逃げる時間稼ぎも考えないといけないな。まあ、国王であるベッチーノにすぐ会える、何て事は無いだろうから、大丈夫だとは思うけどな。




