03 称号とスキル
「おや、今の声は……? このウインドウは何でしょうな」
呆れ返っている俺を置いて、セバスニャンは急に何かに反応した。辺りを見回したかと思えば、今度は自分の前を見つめている。
「どうかしたのか? 」
「ふむ。見えませんか? 」
「何がだ? 」
「これは…………、そう、ステータスウインドウと言うヤツですな。旦那様がよく遊んでいたゲームで見ましたな」
「ステータス? 」
口にした瞬間、俺の目の前に半透明なウインドウが現れた。驚いて少し仰け反ってしまった。手を伸ばしてみるが、触れることは出来ない。俺の常識には無いモノだ。
気を落ち着けてウインドウを見てみる。最初にあるのは俺の名前、その下には称号一覧、スキル一覧、魔法一覧と続いている。魔法より下も何かあるように広めの空白があるが、今はこの3種類しか無いようだ。
ゲームのような存在だが、ステータスと言う割にHPやらMP等という数字は無い。力や速さ等も解らないようだ。
「星野様にも出ましたか? 」
「ああ、少し驚いた」
「声は聞こえましたかな? 」
「声? …………いや、聞こえ無かったな。どんな声だ」
「ふむ。称号を獲得したというものと、スキルを取得したというものですな」
称号にスキルときたか。セバスニャンの場合は、それを確認する為にウインドウが開いたのだろう。俺は多分『ステータス』と口にしたからに違いない。
「まあ、確認してみよう」
名前はそのまま星野雄一とあるだけだ。次、称号一覧だな。えーと、どうやって開くんだ?
そう考えただけで、ウインドウの画面が切り替わった。どうやら思うだけで良いらしい。
「称号は四つか。『収集家』『格闘家』『異界渡り』『医者いらず』…………うん。何と言うか、納得できるものばかりだな、『医者いらず』ってのは神様に貰った『健康EX』があるからだろ」
「私のは、少々不満ですな。『猫執事』『無限倉庫』『異界渡り』『医者いらず』『ドロボウ猫』…………最後のが、とても不愉快ですな」
…………成る程、その『ドロボウ猫』というのが、セバスニャンに新しく増えた称号なのだろう。
セバスニャンは不満そうだが、しょうがないだろう。俺には、「あのドロボウ猫ーーー!! 」と叫ぶ神様の姿が想像できる。
「それに、…………ふむ。これらの称号は、スキルと連動しているようですな」
セバスニャンがその顔にあるカイゼル髭のような白い模様を撫でながら話した。俺も、イメージしてスキル一覧を開いてみた。そこにあるスキルは四つだ。
『コレクション』『格闘術』『言語理解』『健康EX』成る程な、セバスニャンの言う通りスキルと連動しているらしい。
収集家=コレクション。格闘家=格闘術。異界渡り=言語理解。医者いらず=健康EXという事だろう。先程のセバスニャンの様子だと、称号とスキルは同時に手に入るモノなのだろうか?
新たな称号がついたから新しいスキルが手に入ったのだとしたら、称号の数とスキルの数は常に同じという事になる。まあ、今考えても答えは出ないだろうけど。
ちなみにスキルの説明は以下の通り。
『コレクション』ありとあらゆるモノを集める。モンスターを倒した時に得られる結晶を使うと、結晶の元になったモンスターを一時的に召喚、使役できる。召喚できる時間は、モンスターと使用者の才覚による。結晶は一度使うと破壊される。
『格闘術』物理戦闘においての技術を素早く習得する。研鑽を重ねれば重ねる程に強くなる努力の結晶。
『言語理解』あらゆる言語を読み解く。
『健康EX』全ての状態異常の無効化。即死耐性。魔法耐性。自動回復(弱)。
「言語理解ってのはこの世界の言葉が解るって事なのか? 」
「ええ、神様からそう聞いております。これが無いと苦労するだろうから。と、仰っておりました。言葉だけでなく、文字にも適応されるそうです」
「凄いスキルだな、持ってるだけで良いなら楽だし、本が読めるのはありがたい。本を読みたくても、言語を一から覚えるのは大変だからな」
「私などは、このスキルのお陰で星野様ともお話ができるのです。元はただの猫、人の言葉はある程度知っておりましたが、このスキルのお陰で意味を理解する事ができました」
「成る程ね、セバスニャンが普通に話しているのはスキルのお陰って事か。……ところで、俺の事は雄一でいい。様づけなんか他人行儀だろ。俺達は異世界転移仲間だからな」
「でしたら雄一様とお呼びしましょう。私の事はセバスと呼んでくださいませ」
「いや、だから様はいらない」
「そうは参りません。私は雄一様の執事ですので」
セバスニャンはそう言って立ちあがり、恭しく一礼した。それはとても洗練された仕草だったが、俺の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいた。
…………突然何を言い出すのかこの猫は。
「私の夢は、かつての旦那様のように執事として主人にお仕えする事でした。この姿を神様にいただき、こちらの世界でお仕えする方を探すつもりでしたが、雄一様と出逢えた以上、雄一様にお仕えするのが運命だと感じております」
「かつての旦那様? …………そうか、トーマス=イベントリーさんは、元は執事をやっていたって事か。……そういえば、何年か前に雑誌に載ったインタビュー記事で見たな」
「はい。とても主人に信頼されている執事でした」
ふと、葬儀の場で見たトーマスさんの顔が頭に浮かんだ。穏やかなその顔に、俺は妙に納得していた。この人の作品が素晴らしかった意味が解った気がしていたのだ。
「立派で、優しい人だったのは、顔を見てわかったよ。どこか懐かしい気持ちになった。まるで、知っている人に再会したようだった」
「ありがとうございます。私のこの体は旦那様がお造りになり、雄一様に託されたものです。私は、ぜひ貴方様にお仕えしたいのです」
セバスニャンの眼はとても綺麗で真剣なものだった。俺は、程よく温くなった紅茶を飲み干し、頷いた。
「わかった。セバスニャン…………セバスがそれでいいなら引き受けるよ。ただ、俺は執事を持つなんて想像すらした事がない。期待にはそえないかも知れないぞ? 」
「十分でございます。私は雄一様に誠心誠意お仕えいたします」
そう言ったセバスニャンの顔は、とても嬉しそうなものだった。セバスニャンは一番最初の仕事として、俺の空いたカップに紅茶を注いでくれた。
なんとなく。その紅茶は先程よりも旨く感じた。
「さて、取り敢えず聞きたい事が山程あるわけだが。ここはどこなんだ、セバス? 神様はお前に色々教えたと言っていたんだが」
「ふむ。そうですな、場所については街から少し離れた場所、としか聞いていませんので詳しくは分かりませんが、ここがいわゆる異世界であることは確かです。漫画や小説によくある『剣と魔法の世界』ですな」
まあ、ステータスウインドウなんて物が出た時点で、それは間違いない。
「確か神様はここが出来たばかりだと言っていたな。でも、おかしくないか? 出来たばかりの世界に、もう文明があるんだろ? どういう事なんだろうな」
「神様は、世界のつじつま合わせだと言っておりましたな。なんでも、今いるこの世界が出来た理由が、人々の『異世界』を求める心だったそうで、『剣と魔法の世界』が絶対条件だったのだと。つまりは、せっかく世界が出来ても人類も魔物もいない世界では意味が無い。ならば丁度良いところまで進めてしまおう。と、いうことですな」
「はぁ? ある程度発達した世界まで無理矢理進めたってことか? 世界が勝手に? 」
「はい。およそ地球の2億倍のスピードで時間が進んだそうです」
信じられない。そんな事があるのか? ……いや、実際に神様に会って目の前にはステータスが浮かんでいるんだ。すでにあり得ない事が起きている。
地球人の思い描く、いわゆる異世界を世界が実際に作り上げた世界。人間がゲームを作るように、世界は異世界を作り上げたのか。『剣と魔法の異世界』を。
ちなみに魔法についてはまだ試せない。ステータスの魔法一覧がただの空白だったのだ。まだなにも覚えていない状態なのだろう。まあ、そりゃ魔法の無い世界から来たのだから当然なのだが。
混乱する頭を落ち着かせようとクッキーをかじる。セバスニャンは俺の空いたカップに紅茶を注いでくれた。いつの間にかシュガーポットとミルクポットも出してミルクティーにしてくれた。
疲れた頭には甘い物がいいのだ。
「…………まずは街に向かうべきだろうな。今、気づいたんだが、俺達には食料も水も無いよな? 流石に紅茶とクッキーで何日も過ごすのは無理があるだろ」
「ええ、街に向かうのは賛成です。ですがその前に、モンスターとの初戦闘ですな」
セバスニャンの言葉に顔を上げた瞬間、俺は後方から殺気を感じた。