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040 領主の帰還

「………………うん? なんだか屋敷の中が騒がしいな」

「…………本当ですね。何かあったのかな」


  セバスニャンとアインの二人と、何時ものお茶会をしていた時に、何やらバタバタと屋敷の中を走り回る音が聞こえた。


「…………ふむ。聞こえて来た言葉から察するに、もうじき領主殿が戻られる様ですな」


  セバスニャンが耳をピクピクさせながら、そんな事を言った。こんな離れた所の声まで聞こえちゃうのかよ。相変わらずの性能である。


「やっとか。…………アイン。俺達は出迎えるような関係でもないから、呼ばれるまでここに居るが、お前は行った方がいいだろ」

「そうですね。行って来ます」


  パタパタと出て行くアインを見送り、俺達は呼ばれるまでの間、のんびりする事にしたのだった。


 ◇


  アインが出て行ってから、もう半日が過ぎた。セバスニャンは神様の本棚に入っている本を読み、神様の許可が無い為にそれを読む事が出来ない俺は、スラリンを召喚し遊んでいた。


  スラリンの体を摘まんで伸ばし、部分的に高質化させる。今、作っているのは、北海道土産でお馴染みの木彫りの熊である。


「器用なものですな」

「手先ってのは使わないと錆びるからな。俺の特技の一つは折り紙だぞ、百均で和紙の折り紙とか良く買ってた」


  この世界で折り紙を探すのは無謀だろうな。羊皮紙とまではいってないが、紙は貴重品みたいだからな。


「よし、出来た」

「ほう、見事ですな。色こそ青いですが」

「それじゃあ、コレでどうだ」


  俺はスマホのカメラで熊の置物と化しているスラリンをパシャリと撮り、スラリンに黒に擬態するよう言ってみた。


「おおー、完璧ですな」


  感心するセバスニャンの横で、もう一度スラリンの写真を撮り、俺はスラリンに戻って良いぞ。と言って元のスラリンに戻した。


  そんな風に過ごしていると、ノックの音とアインの声が聞こえた。


「ユーイチさん。中に入ってもいいですか? 」


  アインには勝手に入って良いと言っていた筈だが、何で聞いてきたんだ? と訝しく思っていると、セバスニャンが耳打ちしてきた。


「お客様がいらしたようです」

「なるほど。………………入っていいぞ」


 扉が空いて中に入って来たのは、アインにメルサナ、リリアナにタリフ。そして、屋敷の中に飾られている肖像画で見た事がある二人だった。


  一人は、短い金髪のヒョロっとした優しげな紳士で、もう一人は、長い金髪を後ろで纏めている、背の高いイケメンの青年だった。この二人がリリアナの父と兄なのだろうが…………。


  兄の方は肖像画に近い感じがするが、父親の方は肖像画とは違うな。確か肖像画のこの人は、鋭い目つきの偉丈夫だった筈だ。貴族の見栄か何かだろうか? あまり違うと逆効果な気がするが。


  俺がそんな風に二人を観察していると、その二人は前に出て、俺達に頭を下げた。


「この度はカルミアの街と娘を救って頂き、感謝申しあげる」

「妹を救って頂き感謝いたします! 」


  領主が自ら俺の部屋に来たのも驚きなのに、頭まで下げるとは。


「ユーイチ殿の活躍は、娘やタリフから聞きました。本当に、どうお礼をしてよいのやら…………」

「敵の数が圧倒的に多い中、城塞将軍の二つ名を持つヘルバン将軍までいたにも関わらず、カルミアの街が無事だったとは信じられない気持ちです」


  やたらと感謝してくる二人を、取り敢えず椅子を進めた。セバスニャンは二人に椅子を引き、速やかに紅茶を出した。


「取り敢えずは自己紹介を。私はユーイチ=ホシノといいます。こちらにいるのは私の執事のセバスニャンです」

「セバスニャン=イベントリーと申します」

「家名がありますが、我々の国では全員が持っているモノなので、貴族ではありません」

「はい。その辺りも聞きました。何でも、魔導研究の暴走事故に巻き込まれたとか。お二人の国がどこにあるのかは分かりませんが、我が領地に居る間は不便はかけません。出来る事がありましたら、何でも言ってください」


  おお。領主から確約が貰えたな。これでカルミアでの生活の心配は取り敢えず無くなった訳だ。


「それと、ユーイチ殿が求めている屋敷ですが、丁度、準男爵の屋敷が空き家となりましたので、そこを差し上げます」

「丁度よく空き家に? 」

「はい。お恥ずかしい話なのですが」


  領主一行が、全ての準備を終えて王都を出た後に立ち寄った街で、カルミアの街を捨てて逃げて来た貴族、ポッペン準男爵にバッタリ会ったらしい。


  ムースに尤もらしい言い訳を述べるポッペン準男爵。しかし、愛娘が命を捨てる覚悟で街に残っているのに、我が身可愛さで民を捨て、誇りを捨てて逃げ出したような奴を、許す父親がこの世にいるだろうか?


  もちろん、いる訳が無い。


  ムースは、その場でポッペン準男爵から全ての役職を奪い、カルミアの街からの追放を宣言したらしい。


  つまり、俺が貰うのはポッペン屋敷か。


「屋敷の維持や警護に必要な者達も、私の方で見繕っておきます。その者達の給金も、私が出しましょう」

「そこまでいくと、とんでもない金額になりますよ」

「娘と部下達、なにより街に暮らす民を守って貰ったのです。これでも足りないくらいですよ」


  どうやらムース辺境伯という人は、民の事を良く考えてくれる人らしい。


「あの、ユーイチ殿! 貴方にお願いがあるのだ! 」


  ムースの息子のヒリムスが、急に立ち上がった。なにやら必死の顔だ。


「失礼だぞ、ヒリムス」

「いえ、大丈夫ですよ。…………それで、なんでしょう? 」

「はっ! 実は、…………タリフあれを」


  ヒリムスが声をかけると、タリフが扉の外に声をかけて、布にくるまれた長い物を持ってこさせた。


  タリフが持って来て布を取ると、そこにあったのは、城塞将軍ヘルバンのランスだった。


「お預かりしていたこの魔槍を、私に譲って欲しい! 」


  …………と言うか、いつの間に預けたのだろう?


「私が、ヘルバン討伐の証拠として、伝令に持たせました」

「なるほど、セバスの仕業だったか」


  ん? 魔槍って言ったか? へぇ、知らなかったな。新事実である。ヒリムスは、魔槍という事にも気づいて、譲って欲しいと言ってきた訳だ。


「ヒリムス殿はランスを使うのですか」

「ああ! 私の最も得意とする武器だ! 」

「なら、いいですよ。差し上げるので、使ってください」

「え!? い、いいのですか? 魔槍というのは、滅多に出回らない物で、途轍もない価値のあるものですよ! 」


  ムースがそんな事を言って来たが、どうでもいい。俺はスニーカーとかをただ集めて、履くと価値が下がるとか言って使わない奴が嫌いだ。物は使って、いつか壊れるからこそ価値があるのだ。


「いいんですよ。私は使わない武器なので、使いこなす人が持つのが一番ですよ」

「感謝する! この借りは、いつか必ず返す! 」


  ガバッと頭を下げるヒリムス。


  うん。ルイツバルト家の人達を、俺は気に入った。数年くらいは、この街から離れずに暮らそうかな。


  その後も、夕食に招待されたりして、長く話をした俺達は、すっかりムースやヒリムスとも仲良くなり、夕食が終わる頃には、もうタメ口になっていた。

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