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036 模擬戦

  修行の後遺症とも言うべき飢餓状態で、俺は昨日丸一日を食っちゃ寝して過ごしてしまった。


  だが、これはもうしょうがないのだ。その変わりに、最大三日間は集中できる様に俺の体は出来ているのだから。


  と言うか、そうなる様に師匠に仕込まれたのだ。


「雄一様の師匠殿には、一度会ってみたいものですな」

「…………俺が知る限り、世界一強い人だよ。冗談みたいな逸話に事欠かない人だからな」


  飢餓状態も終わった俺は、セバスニャンとルイツバルト家の訓練所に来ていた。今の時間は丁度休憩中らしく、俺達以外の人はまばらだ。


  壁際のベンチでは、アイン、リリアナ、メルサナ、タリフの四人が座って見学している。


  アインにはフェルドの事を既に話したらしいが、ちゃんと受け入れたらしい。それだけは少し心配だったのだ。


「さて。じゃ、少し試させてくれ」

「楽しみですな。このトンファーという武器を、使いこなせると良いのですが」


  そう、セバスニャンの手には、今トンファーが握られている。そして俺の手にはメリケンサックだ。


「トンファーは攻防に優れた武器だ。きっとすぐに気に入るさ」


  セバスニャンにトンファーを渡したのは、俺の組手に付き合って貰うためだ。攻防のバランスを考えると、トンファーが一番良いと俺は思っている。


「じゃ、いくぞ」

「はい。いつでも」


  体に『魄』を纏い、30倍まで出力を上げる。


(…………ピシッ)


  俺の足の下から、石畳に僅なヒビが入る音がした瞬間。俺はすでに、セバスニャンの間合いの内にいた。


  想定よりもずっと速い。自分で出したスピードの筈なのに、かなり驚いてしまった。だが、驚いてばかりいられない。今やっているのは、それらの想定外の出力に対応出来るようにする訓練なのだ。


  せっかく乗ったスピードを殺さない様に、腰を回しつつセバスニャンに拳を放つ。


  しかし、流石はセバスニャンだ。俺の拳を難なく捌き、更には手首を返してトンファーを回し、その回転で俺の顎を狙ってきた!


  俺はそれをメリケンサックで押し止め、体を落とし、低い回し蹴りで足を払う。


  上手くセバスニャンの両足を払い、体制を崩した。と、追撃を狙うが、セバスニャンは片手のトンファーの先端を地面に当てて体の落下を止めて、膝で俺のコメカミを打って来た。


「……ぐっ! 」


  体を無理に反らしてセバスニャンの膝をかわし、地面を転がって距離をとる。セバスニャンの方は、もう片方のトンファーで地面を叩き、体を浮かせて体制を整えた。


  セバスニャンめ、トンファーを使いこなしてるじゃねーか。


「上手いもんだな、セバス」

「森にいた頃。朝の型稽古やゴブリンの集落での実践で、何度か雄一様のトンファーの扱いを見てましたからな、予習は万全でございます」


  俺達は互いにニヤリと笑い、普通に歩いて間合いを詰めた。


「もうちょっと上げてくぞ! 」

「かしこまりました」


 ◇


「……………………見えないね、スラリン」


  雄一がセバスニャンと模擬戦をすると聞いて、それを見ていれば、自分も強くなれるのではと淡い期待を持って見に来ていたアインは、膝の上のスラリンをプヨプヨしながらタメ息をついた。


「…………私にも、全く見えません」


  リリアナには、最早二人がパッと消えてまたパッと出て来たとしか分からなかった。完全にお手上げである。


「私、何とか…………、気合いを……入れれば…………」


  タリフは少しだけ追えるものを、何とか伸ばそうと険しい顔をしていた。前線から退いて時間が経っているとは言え、元は騎士だった者としてのプライドがあるのだ。


「……………………」


  そんな三人の様子に、気づく事もなく。メルサナは雄一とセバスニャンの戦いに魅入っていた。


  メルサナは現役の騎士であり、ルイツバルト辺境伯にリリアナの護衛を任される程の実力者である。人の領域を越えた雄一とセバスニャンの戦いにも、何とかついて行けている。


「…………サナ、……メルサナ! 」

「えっ? あ、お嬢様、申し訳ありません」


  余りにも雄一とセバスニャンの戦いに集中していて、隣のリリアナの声に気づいていなかった事を、メルサナは詫びた。


「メルサナには見えるの? 」

「え、ええ。何とかついて行けてはいます」

「えっ! 凄いですねメルサナさん。僕にはもう、全く見えませんよ」

「………………く」


  メルサナがついて行けている。という事実にタリフはショックを受けて、更に目を凝らした。


  気がつけば、休憩に出ていた騎士や兵士達も訓練所に戻って来て、雄一とセバスニャンの戦いに驚愕し、口を開けたままで見ている者の姿が多かった。


  そんな周囲の様子を気にも留めない雄一とセバスニャンの戦いは、それから一時間程続いたのだった。


 ◇


「…………ふう。こんなものだな」

「ええ。充実した時間でしたな」


  結局、俺達はお互いに有効打を当てる事は出来なかったが、実に良い戦いだった。スピードではセバスニャンに遥か上を行かれてしまったが、技は俺に一日の長がある。その二つを持って、俺達の実力は拮抗した。


「それにしても、このトンファーというのは面白い武器ですな。始めて使いましたが、出来る事の多さに驚きました」

「そうだろ。俺も気に入って使っている武器だからな。体術との相性が凄く良いんだよ」

「なるほど。雄一様、今度私に体術を教えて貰えませんかな」

「ああ、良いぞ。俺が教えられる事ならな」


  セバスニャンが出したタオルで汗を拭いながら、そんな事を話していると。いつの間にか、俺達は兵士達に囲まれていた。その中にはアインやメルサナの姿もある。


「……………………」


  皆、こちらをじっと見ている。何だろう。威圧感を感じる。


「…………えっと」


  俺が声をかけようとすると、皆が示し合わせた様に一斉に頭を下げた。急に頭を下げたものだから、アインの腕の中のスラリンが締め上げられてバタバタしている。


「「俺達にも教えて下さい!! 」」

「ええーーーー」


  何だか、めんどくさい事になっていた。


「……………………」


  俺は、もちろん断るつもりでいる訳だが。頭を下げる皆に、頭を上げる様に言ったセバスニャンが、何故かタリフと交渉をしに行ってしまった。


  俺の回りには、アインとメルサナ、そして兵士達が残っている。とても居心地が悪い。


  断るから解散してくれ。と言いたいのだが、息を飲んでセバスニャンとタリフの交渉を見守っているコイツらには、とても言える雰囲気じゃない。


  やがて、セバスニャンとタリフの話し合いが終わる。セバスニャンがホクホク顔でこちらに来るのに対して、タリフは何やら疲れた様子で、リリアナに慰められている。


  セバスニャンが一体どんな交渉をしたのかが気になる所だ。


「話が纏まりました。雄一様の体術訓練は、明日からの五日間、午後1時から行います! 」

「「おおーーーーーー!! 」」


  …………何でだ。何故やる方向で話が纏まっているのだろう?


「「明日から、よろしくお願いします!!」」

「あ、ああ。よろしく」


  どうやら、俺に拒否権は無いらしかった。

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