023 城塞将軍
屋敷を訪れてすぐに、ルイツバルト家の侍従長であるタリフがやって来た。
俺が満身創痍で戻ったと報告を受けて、確認に来たらしい。
「へルバン将軍ですと!? 」
ことの顛末を話していて、近衛隊総隊長と名乗ったへルバンの名前が出てきた所で、タリフと、周囲にいたルイツバルト家の面々の動きが固まった。
「ほ、本当にへルバン将軍がいたのですか!? な、何か証拠となる物はありますか!? 」
詰め寄るタリフの熱量が凄い。その周りでは、あれだけ一流の雰囲気を出していたメイドさん達もザワザワしている。
「い、一応遺体を持って帰っている。セバスの『ストレージ』の中だ」
「確認させて下さい! 」
「…………確認はよろしいのですが、遺体ですからな。ここで出す訳にもいかないでしょう」
冷静なセバスニャンに、ハッとしたようにタリフが咳払いをした。
「そ、そうですな。私としたことが失礼をしました。で、ではコチラヘ」
タリフの後についてしばらく歩き、屋敷の中を通って外に出た。
石壁で囲まれた殺風景なその場所は、ルイツバルト家が雇う私設兵団の訓練所だという。
その中心部にゴザが敷かれ、その上にセバスニャンが『ストレージ』からへルバンの遺体を出した。
突然現れた生々しい遺体に、ついて来ていたメイド達から小さな悲鳴が上がったが、タリフはそれに気づく事もなく、へルバンの遺体を調べていた。
「……………………間違いなく、『城塞将軍へルバン』殿です」
…………何か、凄い二つ名が聞こえたな。
「将軍って…………、近衛隊総隊長だと自分で名乗っていたぞ? 」
「雄一様。近衛兵といえば、国王の直属部隊です。国中から優秀な者を集めた、言わばエリート部隊ですな」
「…………へぇ」
「更に、その部隊を全てまとめた上に立つ近衛隊総隊長ともなれば、将軍である事は当たり前であり、その国で最強を名乗れる存在です」
セバスニャンの説明を聞いて、俺は頭を抱えた。
とんでもなく強いと思ってはいたが、そうだったのか。
曰く、盾いらず、龍の皮膚を持つ者、巨人殺し、竜殺し。異名をあげれば次々と出てくる、生きた伝説のような将軍だったそうだ。
ケンプ王国が滅びた時から、その名を聞かなくなったので、ボルケーノドラゴンとの戦いで死んだものと思われていたらしい。
あの城塞将軍でも、災害龍には勝てなかったのか、と。
「へルバン将軍は、強力な防御系スキルを所持しているという噂がありました。その肉体と、装備品の硬度を極限まで高めるとか。事実、私が知る限りでは、へルバン将軍が傷を負ったという話は聞いたことがありませんでした」
「ワイバーンの群れに襲われた、同盟国を救う為に出陣した時も、多大なる被害を出した中で、へルバン将軍だけが無傷だったとか」
「ワイバーンに噛まれて、逆にワイバーンの牙が折れた。などという話もありました。竜殺しは、その時についた二つ名だと」
タリフやメルサナの話が、俺の動揺している心に追い討ちをかけてくる。何それ、怖いんだけど。
流石に誇張してあるだろうが、防御力が異常に高いのは本当なのだろう。
つまり、神様に貰った100倍の力と、スキルを使った防御すら斬り裂く刻印武器がなければ、勝てない敵だったという事か?
…………もしかしたらへルバンは、俺の渾身の一撃をその強力な防御で受けきって、カウンターを狙っていたのだろうか。
身体に負担があるからと、100倍の力を出し惜しみしていたら、俺は死んでいたのかも知れない。そこに思い至って愕然とした。
命を奪い、命のやり取りをする覚悟があったつもりだったが、俺はまだ甘かったらしい。
本当に覚悟が決まっていたのなら、ヨーダルが討たれたあの時も、戦争は終わったなどと、油断なんかしなかったのではないだろうか。
今回の一件で、俺は自分を鍛え直す決意を固めた。
◇
へルバンの遺体のその後をタリフに一任し、俺達は領主の執務室に通された。
この部屋の主はまだ戻っていないが、今はリリアナが領主代行を務めているため、ここに通されたのだろう。
「ユーイチ様、セバスニャン様。重ねてお礼申し上げます。カルミアの街を守って下さって、ありがとうございました」
深々と頭を下げるリリアナに、俺は頭をかきながら答えた。
「ヨーダルは仕留めそこなったけどな。大見得きっといて情けないな」
「何を仰いますか、ヨーダル等よりも、へルバン将軍の方が大問題だったのです。しかも、我等はその存在に気づいてもいなかった。ユーイチ殿がへルバン将軍を仕留めてなければ、その被害は甚大だった筈です! 」
「タリフの言う通りです。それに、ユーイチ様がへルバン将軍を止めてくれていなければ、ヨーダルを捕らえる事も出来なかったでしょう」
…………捕らえる?
「待ってくれ、ヨーダルは捕まえたのか? 俺はてっきり誰かが仕留めたとばかり思っていたが」
「ヨーダルは。あの恥知らずは、陣に攻め込まれるや投降して来たのです」
タリフの苦々しい顔を見て、俺も頭痛がしてきた。
「…………アインは、その事を知っているのか?」
「いえ。アインはまだ目覚めていませんので。ただ、ヨーダルの処刑は既に決まっているのですが、執行されるのは、父が戻ってからになるでしょう」
腐っても王族か。 …………ただなぁ。
「アインの事を思えば、死んでいてくれた方がありがたかったな」
「いっそ、死んでいた事には出来ないのですかな?」
セバスニャンがそんな事を口にした。
「そういう訳にもいかないのですよ。ヨーダルがあっさり投降して来たお陰で、他の兵達も大勢投降して来たのです。彼等には恨みしかありませんが、全員を処刑という訳にもいかないのですよ」
「何故だ、略奪者だぞ? あいつらに皆殺しにされた町や村もあるだろう! 」
「その通りです。それ故、復興には大金がかかるのです。少しでも、奴等から搾り取らねば…………」
「…………つまりアイツ等は? 」
「奴隷落ちです。炭坑やらダンジョンやら、かなり厳しい所に送られて使い潰されるので、処刑と変わらないのですが」
「それでも、生きてる限り噂は流れる。か」
ケンプ王国は滅びた。とされているが、実際の所、ボルケーノドラゴンが居座ってはいるが、国が消滅した訳ではない。
王家の血筋にしても、ヨーダルがいた以上、他に生き残りがいないとも言いきれない。ならば、処刑するにも配慮がいるのだろう。
というか、奴隷制度があるのか。あまり関わりたいとは思わないが。
「ユーイチ様、アインの事でお願いがあるのです」
リリアナは、胸の前で手を組むと、そう言って俺を見つめて来た。
「アインはしばらくの間、この屋敷に住まわせます。ですのでユーイチ様にも、しばらくこの屋敷に滞在して頂きたいのです」
「俺達もここに? 」
「はい。お嬢様のお願いでもあるのですが、実は、お二人にお渡しする報酬に、少し時間の猶予を頂きたいのです」
報酬って、…………屋敷だったな。まぁ確かに、準備するには時間もかかるだろう。リリアナの一存で決められる事とも思えない。
「わかった。アインの事も気になるし、しばらく世話になるよ。セバスも、それで良いか? 」
「私は、雄一様がいる所でしたら、どこでも構いません」
こうして俺達は、しばらくの間ルイツバルト家で世話になる事になった。
その日の夜は、リリアナに夕食に招待され、タリフとメルサナを加えた五人での食事を楽しんだ。その時に出されたワインが良い物で、俺は少し飲み過ぎてしまった。
ルイツバルト家の屋敷には何と風呂もあり、ゆったりとくつろいでから用意された部屋に戻った。
与えられた部屋も、豪華な造りではあったが、ベッドだけは神様の物に変えた。森の洞窟生活から使っているので、愛着もあった。
それに、このベッドで横になっているだけで疲れもとれる。昨日の夜、悩んで寝られなかった時にも、身体の疲れだけはしっかりとってくれた優れものなのだ。
そうして俺は、猫の姿で丸くなるセバスニャンと共に、久し振りに文明的な夜を迎えたのだった。




