幕間017.5 焦り
――――ケンプ王国の第三王子。いや、既に亡国の王子となったヨーダルは、天幕の中で焦燥に駆られていた。
――――ケンプ王国一の美貌と謳われた姿は、ここに来るまでにしてきた裏切りや、人道に外れた進軍によるストレスで、見る影もない。
――――元々プライドの高い男ではあったが、その性格も更にねじ曲がり、今はボサボサの髪と長くなった無精髭も相まって、その見た目をみすぼらしいモノにしていた。
「…………なぜだ、なぜこうも上手くいかない!! 」
考えれば考える程、焦燥が募る。心を落ち着けようと椅子に座るも、私の脚は常にカタカタと動き、親指の爪を爪を噛むのを止められない。
半年程前、突如現れたボルケーノドラゴンという未曾有の災害によって国を失い、隣国へと逃れた。
相手はただ一体だったが、その一体に国は蹂躙された。頼みの近衛兵も、騎士達も、魔法使いもたった一度のドラゴンブレスで瓦解したと、数少ない生き残りに聞いた。
だが、自分は運が良い。偶々、軍事訓練の指揮官として本国から離れていた事で、難を逃れられたのだ。確かに国は無くなり、親兄弟も失ったが、まだ自分が生きている。
生きているならば、やらねばならぬ事は明白だ。なんとしてもケンプ王国を取り戻すのだ。
ボルケーノドラゴンから逃れられた国民を集め、力を蓄えて挑めば、ボルケーノドラゴンを倒せないまでも追い払い、国を建て直す事は不可能ではないはずだ。
その思いを持っているからこそ、隣国の男爵風情に頭を下げる屈辱にも甘んじたのだ。
屈辱ではあったが、ハックナー男爵は良くしてくれた。国を失った私を、それでも王族として敬い、勘が鈍らないようにと仕事を与えてもくれた。
しかし、ボルケーノドラゴンの襲来から半年程たった先日、ハルハナ王国の第二王子殿から、あの書状が届いた。
――――ルイツバルト辺境伯爵領を攻め落としてくれたなら、その全てをヨーダル殿に差し上げる。
それは、俄には信じられぬ手紙だった。
だが、どうやらハルハナ王国の国王の命が後僅かであり、第一王子と第二王子がその後継を争っていると耳にして、私は手紙を信じる事にした。
ルイツバルト辺境伯領を攻め落とす。この話の肝は、第一王子の最大派閥である、ルイツバルト辺境伯の力を完全に削ぎ、第二王子の邪魔をさせないという所にある。
首尾よく攻め落とせたとしても、政権戦争に邪魔が入り、第二王子が負ける事があれば、結局は国王となった第一王子に攻められ、何も得る事が出来なくなってしまう。
ともなれば、速さと確実さが必要だ。即ち、皆殺しにし、略奪しながら攻め上がる。
後ろに下がる事をせず、背中を追わせず、速さをもって攻め上がるのだ。
手紙には、ルイツバルト辺境伯を王都に呼び寄せるともある。つまり、街から軍が消える時が来るのだ。これが、最大の攻め時!!
「…………クソッ! クソッ!! 」
上手く行っていたのだ。城塞都市で不満を持っていた兵士達を味方に引き入れ、クーデターを起こして、城塞都市を内側から滅ぼした。
王都の貴族を黙らせる為に、都市の学園に居た貴族の子弟を捕虜にした。
兵士の数を揃える為に、ならず者共まで使う羽目になったが、それも貴族の娘を与えて懐柔出来た。
…………上手く行っていた、上手く行っていたのだ!
それが、何であんな奴らがいる!? 聞いていないぞ!!
たった一人と一匹に、捕虜と武器と兵糧まで奪われた。何でそんな事が起こる!?
しかも、同じ奴らに虎の子の魔法兵団まで、全滅に近い大打撃を与えられた!
ならず者共も、最早言う事を聞かない。上手く騙して作戦には組み込んだが、これが終わったなら早々に処分せねばならない。
「…………そうだ、ここまで手を汚して何も無いでは済まんのだ。必ず落とさねば」
「ヨーダル様、間もなく日が落ちます」
「うむ。近衛隊だけは残し、騎馬隊を全て出せ、出し惜しみは無しだ! 全てを殺し、全てを奪え! 我々には、後など無いのだ!! 」
「ハハッ!! 」
ならず者共が街を攻めるのが戦いの合図だ。全騎馬隊をもって蹂躙し、その後は、ならず者共ごと皆殺しにしてくれる!!
 




