163 シムラーとカトゥーの黒歴史
「おいヴォルガ! あまり暴れてその鎖を壊すなよ? 神獣の魔石を素材にした物は貴重だし、後で研究するんだからな!!」
俺としては当然の要求だったのだが、ヴォルガはそんな言葉を放った俺を『信じられない』という眼で見てきた。
『な、何だと!? こんな物騒な物を研究などしてどうするのだ!!』
「もしかしたらクリスタなら同じのか、もっと良い物を作れるかも知れないだろ?」
『我を封じる物だぞ!?』
「まあまあ、ヴォルガ殿。その鎖は私が回収致しますので」
言うが早いかセバスニャンがヴォルガに巻き付いた鎖を『ストレージ』へと回収した。その光景に魔族の一団からはざわめきが上がった。
まあ、神獣の魔石なんて貴重な物を使ったアイテムが、アッサリと回収されて、せっかく動きを阻害していた自然龍が一瞬で解き放たれたのだから、ざわめきもするだろう。
「フム。その腕輪の意匠には見覚えがあるのである。『デービー傭兵団』の一行であるな?」
「デービー傭兵団?」
「ウム。魔族の中でも悪名高い者らはいるのだが、その悪巧みの影には必ずと言って良いほどにいる者達である。基本的に表立った行動をしないために、魔族の中でも知っている者はごく少数であるな」
「へぇ…………」
「決まったアジトも持たず、その構成員はアクセサリーの意匠によってのみ見分ける。それ故に内部の者ですら正確な構成員の数を知らないと言う噂であるな」
シムラーがつらつらと話した内容に、魔族達の間に動揺が走った。まぁ俺も思ったが、同じ魔族ですらあまり知らない奴らをよく知っているもんだ。
「…………俺達を知っているのか? テメェ何者だ!!」
「我輩はシムラー=カリヤーノ=モトナーカ。しがない研究者…………では無いな。今の我輩はエトワール王国の臣下であるな」
「あん? …………俺達を知ってんだ、テメェ魔族だろ!? それが人間の国なんかに仕えてるのか!? 人間は、俺達からすりゃ奴隷だろうが!!」
魔族達の中でも、比較的しっかりとした造りの鎧を着たリーダーっぽい男が吠えると、シムラーはやれやれとばかりに首を振った。
「この魔族と人間との間で融和が進められている時代に、なんと嘆かわしい頭の持ち主か。貴様らのような者共の声が大きいから、融和が中々進まないのである。黙って死んで貰いたいものであるな」
「テ、テメェ言わせておけば………」
と、一触即発の空気になった所で、魔族達の中の一人が、シムラーを指差して『あっ!?』と声を上げた。
「ボ、ボス! シムラーって名前にどうも聞き覚えがあると思ったら! アイツ『狂った賢人』ですぜ!!」
「狂った…………!? 『狂った賢人シムラー』か!?」
……………………『狂った賢人』? 何だその不名誉っぽい二つ名は。初耳なんだが?
「…………シムラー?」
「『狂った』とは失礼なのである。我輩に言わせれば、この世界に何の疑問も持たない貴様らの方が狂っているのである」
シムラーはやれやれとタメ息をついていたが、魔族達はそれ所では無い程に慌てていた。
「…………おい、どんな悪事を働いたんだ『狂った賢人』」
「それほどの事はしていないのである。我輩の研究を邪魔していた貴族を、支配する街ごと二・三潰した程度である。頭の固い者達には困ったものである」
…………街を二・三潰しているなら十分に悪人だと思うが。…………これは後で詳しい話を聞く必要があるな。
「おい! アイツが本当に『狂った賢人』なら、『虐殺の魔王』も側にいるはずだろ!? 油断するんじゃねぇぞテメェら!!」
…………また新しい二つ名が出て来たな。『虐殺の魔王』? もう不名誉どころじゃ無い二つ名なんだけど?
「カトゥー君なら居ないのである。彼は別件で仕事中であるからな」
「…………やっぱりカトゥーの事なのかよ」
シムラーの言葉を聞いてもなお、魔族達は辺りを警戒している。カトゥーのヤツはどれだけ恐れられているのだろうか? 俺の知っているカトゥーは全然そんな奴じゃないんだけどな。
「…………ん!!??」
「雄一様!!」
「ああ、解ってる!! …………クソッ、油断したな」
俺達がこの魔族達に構っている間に、なんと『オロチ』がその姿を消してしまった。オロチが消える瞬間が気配で解ったが、まさに一瞬で消えてしまった。
あのとんでもない巨体が、一瞬で消えるとは考えていなかった。しかも消えられるならばその逆も可能なのかも知れない。これは面倒くさい事になった。
「…………セバス、こっちに来い。この魔族どもを始末する」
「ハッ!」
俺は刻印装備のメリケンサックをガントレットにして、そこに『雷神マグロ』の結晶を嵌め込んだ。
オロチの事で時間がないのと、ダンジョンマスターになる事で『雷霆マグロ』から進化した『雷神マグロ』の力を試す為のチョイスである。
付け加えるなら相手は魔族であり、オロチを復活させた一味の者でありヴォルガにまで手を出したのだ。手加減などする必要も無い。
「…………お前ら、死にたくなかったら自らの有用性を示せ。具体的には、俺達に殺される前に知っている全ての情報を吐け」
「ああ、逃げられるなどとは考えない事をお勧めします。このメンバーから逃げるなど、それこそ先程のオロチのように消えるしかありませんからな。…………それと、その危険物は没収しておきましょうか」
いつの間にか魔族の後ろに回っていたセバスニャンが、その全員から武器を取り上げた。『神盗』のスキルで盗み『ストレージ』に回収したのだ。
「おやおや武器も無くなったのであるか。情報を吐くなら早くするのである」
「く、くそっ!!」
俺のガントレットから迸る稲妻が魔族の周囲の地面を貫き、雪を蒸発させていく。魔族は確かに魔力量が人間とは桁違いに多く身体能力もずば抜けているが、今のメンバーを考えると負ける要素がまるでない。
魔族側もそれが解っているのだろう。人数的には俺達よりも遥かに多いにも関わらず動けなくなっている。まあ、すでに彼らは武器も持っておらず、ここからはただの虐殺でしかない。
「さて、じゃあお前達の知っている事を教えて貰おうか」
『クハハハハッ! 我ならば頭の中を多少は覗けるからな! 無様を晒した挽回はさせて貰おうか!!』
「…………ぐ、ぐうぅ…………!」
◇
「てな訳で、予想外の事が立て続けに起きたせいで『オロチ』は見失ってしまった。…………まあ尋問の結果、オロチの行き先は『魔界』だと解ったんだけどな」
傭兵団の殲滅と尋問の結果、オロチの行き先を掴んだ俺達は、一度ハルハナまで戻ってカトゥーとカカラオを交えて経緯を話していた。
「なるほど、それでここまで戻って来たんですね? でも魔界ですか…………。正直なところ僕は魔界にいい思い出はないので遠慮したい所ですね」
「そうなのか。…………やっぱりアレか? 『虐殺の魔王』に関係する話しか?」
シムラーが大して気にしていない様子だったので、俺も簡単に口にしてしまった。しかしそれを聞いたカトゥーはビクリッ! と固まり、ギギギ…………と音がしそうな感じでシムラーに顔を向けた。
「…………教授? 話したんですか?」
「二つ名を口にしたのは傭兵どもである。我輩は少し補足したに過ぎないのである」
クルリとこっちを見るカトゥーに、俺は笑顔で教えてやった。
「お前、最初シムラーを殺しに行って、山積みになってる本が崩れたのに巻き込まれて気を失ったんだって?」
「いえ違いますぞ雄一様。その本の山から這い出た所に運悪く本棚の上にあった金ダライが落ちて来て気絶したのです」
「あれは見事だったのである。頭に金ダライが落ちると、あんなに小気味良い音がなるのであるな」
「うわあぁぁーーーーっ!!!!」
俺達の話を聞いて顔を真っ赤にしたカトゥーがシムラーに襲い掛かったのは仕方ない。何せ、魔王とも呼ばれていた凄腕の殺し屋が、そんな感じに自滅したなんて笑い話でしかないからな。
「誰にも言わないって約束したのにぃーーーーっ!!!!」
カトゥーの悲痛な叫びは、暴行を受けるシムラーの叫びで塗り潰されていった。…………それを見て、傭兵団がカトゥーを恐れていた理由が、少し解った気がした。




