015 伏兵を追え
作戦が始まった。
陣地の前に出た魔法使い達が敵に向かって魔法を放ち始め、陣地の中では、落とし穴やロープを使った罠が設置され始める。
天幕も燃やされても問題が無い様に配置が変わり、天幕の中身は、街の中へと運ばれていく。
罠の設置が終われば、今度はこちらの兵士達が隠れる場所も作らなくてはいけない。街を守る為に残していた兵士や、逃げずに街に残った民間人も連れて来て、作業は急ピッチで進んでいく。
来る事が分かっている夜襲は怖く無い。こちらは攻められる準備を万端に整えて、粛々と始末するだけだ。
「さて、俺達も行くぞ」
森に入るのは俺とセバスニャンにアイン、そしてアインの護衛としてメルサナ、後はタリフが選んだ斥候に向いている兵士50人だ。
「待って下さいユーイチ殿、本当にこの格好で行くのですか? 」
不安に駆られたメルサナが尋ねてきた。まあ、気持ちは分かる。今ここにいる兵士達は、誰一人として鎧を身に着けていない。皆布の服にナイフを持ち、背中にスコップを背負った状態だ。
あまりにも軽装で、魔物も出る森の中に入るのが不安なのだろう。
「奇襲を仕掛けるのに、鎧がぶつかる音で気づかれたら意味無いだろう。極力足音も起てるな、出来るだけ草木も揺らさずに歩くんだ」
「そんな無茶な、そんな事が出来るのは実体の無いレイスだけですよ! 」
おお、いるのかレイス。幽霊もモンスターの内か。
「重心の把握と自然の音に紛れれば可能だ。…………見てろ」
俺は走って森の中に入り、近くの木に素早く登って枝をつたい、森の外へと飛び出して見せた。もちろん、無駄な音など起てていない。
「こんな感じだ」
皆の所に戻ると、全員が呆気にとられていた。
「…………人間技じゃない」
「あれもスキルか? 本当に音がしなかったぞ」
「着地するまで、飛び出して来たのが分からなかった」
兵士達がザワついている。
「いや無理ですよ! 何でそんな事が出来るんですか!? 」
「雄一様は達人だったのですな。その若さで達人とは、…………流石に驚きましたな」
「…………あれ? 」
師匠は奇襲をかける時の基本だと言ってたが?
…………いや確かに俺だって、死にかける程の地獄の特訓と、何度かの臨死体験の末に会得したが、森に住み狩猟を糧とする部族の中では、当たり前のスキルだと師匠は言っていたよな?
…………まあ、出来ないものは仕方がない。こういうのは切り替えが大切なのだ。
「じゃあ、出来るだけ静かについて来てくれ」
「…………はい」
少しモヤモヤしたモノを抱えながらも、俺達は森へと入った。
「セバス、頼むぞ」
「お任せを」
森に入ってすぐに、セバスニャンが刻印装備のモノクルを起動する。セバスニャンのモノクルは、物や生物に対する鑑定と、周囲の索敵のスキルが備わっている。
索敵範囲はおよそ一キロで、セバスニャン自身が味方と判断する者は青色に、敵と判断する者は赤色の光点として映るらしい。その辺りは、俺のスマホと同じである。
森の中を東に進む。途中にモンスターがいた場合はセバスニャンが無言でそちらを指し示し、俺が静かに狩り取る。
森の中で気配を消し、投げナイフやサバイバルナイフで仕留めるという方法の有用性は、森の中でのサバイバル生活の中で、とても世話になった事で知っているのだ。もちろん、結晶を集めるのも忘れない。
そうやって慎重に進んでいると、セバスニャンが手を挙げて進行を止めた。
「見つけました。この一キロ先で、潜伏している様ですな」
「よし、少し下がるぞ」
俺達はその場から少し離れた場所に移動し、隠れた。
「お前達はここで暫く待機だ。アイン、くれぐれも飛び出すなよ。仇は討たせてやるから」
「…………はい」
アインは余裕が全く無い様子で頷いた。俺はメルサナにも目配せをしておく。メルサナは俺の言いたい事を汲んで、一度頷いた。
「『サモン』」
結晶をばら蒔いて呪文を唱えると、30体のゴブリンアーチャーと同じく30体のスライムが姿を現した。
これで、スライムとゴブリンアーチャーのストックが切れたな。森にいる間に、補充もしておこう。
「整列」
俺の言葉に、ゴブリンアーチャーとスライムが横に並ぶ。そして、セバスニャンに敵から奪った弓矢を出させて、それをゴブリンアーチャーに渡した。
ゴブリンアーチャーは、自分達で作ったであろう木製の弓と、石の矢じりのついた矢を装備している。だが、その精度はとてもお粗末な物で、当たったとしても致命傷には遠く及ばない。
そこで、せっかく敵から奪った兵士用の弓矢があるのだからと、これに持ち替えさせる事にしたのだ。単純だが、かなりの戦力アップになるだろう。
するとここで、奇妙な事が起こった。一体目のゴブリンアーチャーに兵士の弓矢を装備させると、ゴブリンアーチャーが今まで使っていた粗末な弓矢が消えて、なんと他のゴブリンアーチャーの弓矢まで兵士の弓矢に変化したのだ。
「えっ? 何だこれ」
「これは…………? 雄一様、バインダーの確認をして貰えますかな」
「あ、そうか。『ブック』」
セバスニャンの指摘にバインダーを開く。
ゴブリンアーチャーのページを開き、説明文をスライドさせていくと、Eの表示と共に兵士の弓矢の記載があった。
Eは、RPGのゲームで良くある装備の表示だろう。でも、何で他のゴブリンアーチャーも?
「…………………………」
……………………まさか、同一個体なのか!?
「嘘だろ、だとすると。…………スライム! 」
俺の呼びかけに、一匹のスライムが寄って来た。
「…………俺が、前に擬態させた事を覚えているか? 」
俺の問いかけに、少しプルプルと震えて、スライムはその体に草を生やした。
「おお…………」
あまりの事に、一瞬気が遠くなった。
「…………これは凄まじいですな。つまり、バインダーに入れた結晶は、全て同一個体として記録されるわけですな。だから、一体の装備を変えただけで全ての個体の装備が変わる」
「ああ、しかも記憶の共有もあるって事は、訓練すれば成長もあるわけだ。遠く離れても同じ記憶を共有する同一個体なら、諜報も容易いな」
使い勝手が良すぎて処理しきれない。これは一度脇に置いておこう。
ともかく、ゴブリンアーチャーの戦力アップは出来た。
次にスライムに命令してゴブリンアーチャーに纏わせ、『擬態』スキルを使わせる。するとゴブリンアーチャーの姿が森に溶け込み、周囲から「おおっ」と声があがった。
「よし、行くか。お前達は散開して敵を囲め、そして、隙を突いて殺せ。ただし、敵の指揮官と魔法使いは殺すな」
「ギィッ! 」
返事と共にゴブリンアーチャーが散開していく。自分達の役割をちゃんと理解しているらしく静かな移動だ。
ゴブリンアーチャーって頭良くない筈だよな。ゴブリンの集落も襲ったが、連携なんて在って無いようなお粗末なものだったぞ?
これも『コレクション』のスキル効果なのだろうか?
「何はともあれ、これなら楽に終わりそうだな」
「はい。我々も動くとしましょう」
俺とセバスニャンは、ゴブリンアーチャーが見えなくなるのを待って移動を始めた。




