014 夜襲される準備
敵の魔法使いを全滅させた俺達は、大歓声をもってカルミアの陣地に迎えられた。
最後に俺が晒した無様な姿は、どうやら誰にも見られなくて済んだらしい。俺はホッと胸を撫で下ろした。
「先程の戦い、お見事でございます! まさか、敵にあれ程の損害を与えるとは、ユーイチ殿方は英雄ですな! 」
走り寄って来た侍従長のタリフが満面の笑みで迎えてくれた。大分興奮しているらしく、俺の両手を握って振り回している。
オッサンにこんな事をされても嬉しくない。俺はタリフを宥めながら引き離し、報告があるから隊長格を集めてくれと頼むと、タリフは快く引き受けて走っていった。
「もう勝ったつもりだなアレは…………」
「実際は、もう2手。ですな」
「ああ、最後の火球を打ち返した時に、敵陣と森の間で何かがチカチカ光ってた。あれは移動してる奴らの持ってた武器に、光が反射してたんだろうな」
「では、敵の伏兵は揃ったと見て良いですな」
「そうだな」
作戦会議をする天幕に着くと、既に揃っているリリアナ達に混じって、アインの姿があった。
既に勝ったつもりでいる明るい隊長達とはうって変わって、辛そうな顔でうつ向いている。隣に座るリリアナも心痛な面持ちでアインの手を握っていた。
「ユーイチ殿! お待ちしておりましたぞ。さっそく、報告を聞かせて貰えますか」
アインの様子は気になるが、あまり時間をかけてはいられない為、俺は話始めた。
「皆見ていただろうが、敵の魔法使いはもう恐れる必要は無い。先程の戦いで、少なくとも前に出ていた魔法使いは全滅した」
「「「オオーーーー!! 」」」
歓声をあげる者達を、俺は手を挙げて静める。
「だが、決してまだ勝ってはいない。敵の魔法使いはいなくなった、しかしあの時の爆発は、敵陣に届きはしただろうが前面を軽く撫でたくらいのものだ、未だに敵の兵力はこちらの3倍はある」
「いやしかし! 魔法兵の有無は戦局を変えます。更に敵には兵糧も武器も無く、士気はかなり下がっておるでしょう! 」
「そうだ! 叩くなら今だ! 我らの力を見せつけてくれよう!!」
いきり立つ兵士達が騒ぎ始め、収拾がつかなくなってきた。俺はテーブルをバンバンと叩いて騒ぐのだけは止めさせた。
「敵陣に突っ込みたいんだろうが、それは駄目だ! それをやったら、負けが決まってしまうぞ!! 」
俺の言葉に、静かになった中から、タリフが立ち上がり聞いてきた。
「負けるとは、聞き捨てなりませんな。夜襲の事を言っているのならば、その前に攻めてしまえばよろしい。今ならば、士気も下がり敵は疲労困憊でしょう」
「森に伏兵がいてもか? あいつらは街を直接攻める気だぞ。その数はおよそ500だ」
「なっ!? それは本当ですか!? 」
途端にザワザワとしだした場をもう一度おさめる。
「敵は小競り合いの中で、少しずつ森に兵を送っていた。こちらを疲弊させると同時に伏兵を用意し、夜になったら此処と街の両方に夜襲をかけるつもりなのだろう。…………そこで!! 」
またザワつく前に声を張り上げて注目させる。
「入念に準備をした上で、夜襲を潰す。部隊を三隊に分けるぞ、一つめはここで夜襲に向けての下準備。二つめは俺達と森に入っての伏兵の殲滅及び裏工作。三つめは敵の目を引き付ける魔法隊。魔法隊はあの小競り合いの再現だ、今度は一方的にな」
静まり返る中で、一人の青年がおずおずと手を挙げた。
「し、下準備とは何をするのですか? 」
「簡単だ。夜襲の際、魔法使いもいなくなり、矢のストックも無い敵には、騎馬隊での突入しか選択肢が無い。そこで、この陣地の中に小さな落とし穴やロープを張り巡らせ、馬を潰して皆殺しにする。いざという時に食料にもなる馬がいなくなれば、敵の士気は更に落ちるしな」
まぁ、明日で終わらせるから、そこまで考えるのは余計なんだがな。俺がそんな事を考えていると、更に青年が一人立ち上がった。
「この陣地の中を戦場にするのですか!? 」
「…………別にいいだろ。戦場になって困るのは街であってここじゃない。堅固に守る理由は無い」
「…………た、確かに。それに、馬を潰して落ちた敵を叩くなら、一方的になってこちらに損害は出ない…………か」
「他に質問は? 」
「森には、何人で入るのですか? 伏兵と言われましたが、数が500ではこちらの全軍に匹敵します」
「50もいればいい。基本的にお前達にやって貰うのはトドメと後始末だ。戦いは俺達だけでやる」
「ご、500を相手に2人で!? それは、いくら何でも…………」
「2人じゃないさ、俺には、こういうスキルがある。『サモン』」
放り投げた結晶から、ホーンラビットが生まれる。
「…………なんと」
「ま、魔物使いの……スキル持ち…………」
周りを見渡すと、どうやら全員が俺の立てた作戦に納得してくれた様だ。
「ではタリフ殿、部隊の編成はお任せします」
「僕も連れて行って下さい!! 」
急な叫び声に驚いてそちらを見ると、アインが立ち上がり、俺を睨んでいた。
「僕は、あいつらを殺さなくちゃならないんです!! 」
「アイン…………」
両手でアインの手を握るリリアナが、悲しそうにアインを見上げているが、アインは俺を強く睨んだままだ。
「…………アイン。あいつらに復讐したいんだろうが、今はお姉さんの側にいてやった方が……」
「姉さんは、…………死にました」
「…………なに? 」
アインが、辛そうに唇を噛んでブルブルと震えている。その手は固く握られて、真っ白になっていた。
「…………姉さんは、自害しました。…………僕は! あいつらに全部奪われた!! 家族と、街の皆の仇を討つんだ!! 」
思わぬ事に頭が真っ白になってしまった。俺がボーゼンと立つ間も、アインは俺を強く睨んでいた。
…………これは、止められ無いな。復讐は何も生まないと言うが、日本とここでは世界が違い過ぎる。
それに、…………少なくとも、アインには復讐が必要だと、俺は感じた。これから、前に進む為に。
「…………アイン、お前は俺と来い」
「はい!! 」
アインが決意と共に頷き、タリフが部隊の編成を始めた。
戦いの後の高揚感が、アインの一件で吹き飛んでしまい、ひどい疲れに襲われた。俺は、アインの一件の確認をセバスニャンに任せて、少し休む事にした。
俺とセバスニャンの為に用意された天幕の中で、ベッドに横たわる。何も考えない様にしようと思うと、様々な考えが浮かんで眠れない。
…………どうやら俺は、結構なショックを受けたらしい。
「雄一さま、その様子では、眠れなかった様ですな」
「ああ、戻ったか。それで、どうだった? 」
「捕虜となっていた女性は、全員が自害しておりました」
セバスニャンの言葉に深いため息が出た。アインの様子を見て、何となく予想はしていたが、本当にそうなっていたか。
「確かに彼女達は酷い目にあっていたが、全員か? 全員が自殺したのか? 」
「痛ましい事ですが、そのようです。彼女達は全員が貴族の娘だった様で、その身に起きた事に耐えられなかったのでしょう」
「…………俺にはその辛さは分からないが、死ぬしか選択肢が無かったのか」
「メルサナ殿によると、彼女達はもう貴族としては生きられない。その身を汚されたという噂は確実に広まるので、これから先の生活に希望を持てなかったのでしょう。と、言っておりました」
初めて人を殺した事よりも、アインの様子や助けた娘達の自殺の方がショックがデカイとは思わなかったな。
もう一度出る深いため息。しかしそれと同時に、俺の中で一つの決意が新たに生まれた。
「…………あのクズ共のせいで、アイン達は苦しんでいる。俺も、とことん嫌な気分を味わった」
「ええ。胸糞が悪いとは、この事ですな」
「…………あいつらは皆殺しにする。生かしてやる理由が無い」
「…………かしこまりました」




