011 取引
カルミアの城門から十メートル程しか離れていない所に、一際大きくて豪華な天幕があった。中はいくつかの部屋に仕切られていて、ふかふかの絨毯が全体にいくつも敷いてある。
…………ここまでする位なら、街の中にいれば良いのに。そう思ってしまう。なにせ、壺などの調度品まであるのだ。…………もう素直に館にいろよ。
「我々に弱みを見せたくないのでしょう。かなり慌てて準備したようですな」
セバスニャンが小声でそんな事を言った。
「俺達の為に準備したのか? これ」
「アイン殿が話を通したという事は、我々が敵陣でした事を話したという事です。たった二人で敵陣に乗り込んで引っ掻き回し、さらに捕虜を解放して無事に脱出する。私ならば、敵には回したくありませんな」
「…………余裕を持って戦えてますよってアピールか? こっちについた方が得ですよって? 」
「あとは、貴族の見栄ですかな」
それが本当だとしたら、呆れる所だ。いや、好都合か? 仲間になるのが容易くなったとも言える。
かなり広い天幕の奥まで案内される。一番奥のその部屋は、更に豪華であり、天幕の中なのに絵が飾ってあった。鋭い眼光の貴族の絵だ。金髪に整った風貌の偉丈夫、まさに貴族といった風貌だ。この人物がルイツバルト辺境伯爵なのだろう。
部屋の中を見れば、正面奥に長い金髪の美少女がいて、その隣には白髪の紳士が控えている。そして、その二人と俺達の間に、甲冑を着て槍を持った兵士がズラリと並んでいた。
ゲームの中でしか見ない光景に、若干ワクワクしてしまう。
俺が口元が緩まないように引き締めていると、白髪の紳士が一歩前に出てきた。
「ユーイチ殿にセバスニャン殿ですな。私はルイツバルト家の侍従長タリフと申します。そして、こちらに居られるのがリリアナ=ルイツバルト様です」
「リリアナと申します。お二人に深い感謝を。アイン殿や他の皆様を助け出して頂き、ありがとうございます」
この二人が、崖の上から見た二人で間違いないだろう。服装はあの時とはちがって、燕尾服とドレスではある。
まあ、当然か。端から見てもブカブカの鎧を着せられていたからな。あの姿では人前には出られない。
今のリリアナ嬢はまさにお嬢様だ。俺は地球では本物のお嬢様などテレビの中でしか見た事が無いが、これが本物のお嬢様か。
緊張しているのかこちらを睨みつけるように見ているが、全体的にフワフワしている。柔らかそうだな、というのが俺の感想だ。
このお嬢様を軍の総大将に置くのはかなり無謀だな。任せられる人材がよほど居なかったのか、俺の知らない貴族のルールなのか、どちらにしても良くない事に変わり無い。
「お二人には、それなりのお礼を差し上げますが、その前に聞かなければなりません。お二人が、どこから来た何者なのかを」
当然の疑問だ。服装一つとっても、燕尾服のセバスニャンはともかく、俺はスーツにトレンチコートだ。今まで見てきたのは兵士やチンピラだが、それでも俺の服装がこの世界の一般からかけ離れている事は見てとれた。
だが、俺達に抜かりはない。既にセバスニャンとの打ち合わせは済んでいるのだ。
「その疑問はもっともですな。お答え致しましょう」
スッと、セバスニャンが前に出て、大嘘を語り始めた。
「私達は、こことはかけ離れた場所より参りました。魔導研究の最中の暴走事故により、この地まで飛ばされてしまったのです」
「魔導研究の事故…………ですか。聞き慣れない言葉ですね。それは、どの国で行われていた事なのですか? 」
「私達のいた国の名前は『イギリス』もしくは『ニホン』と呼ばれておりました」
俺の母国は日本。セバスニャンの母国はイギリスだ。ここは嘘ではない。大嘘の極意とは、程よく本当の事を混ぜる事だ。
「どちらも、聞いた事のない国名ですな」
タリフが考え込んだ末にそう口にした。
「ええ、私達もこの街の造りや兵士達の装備を見て予想しておりました。簡単には帰れない場所に飛ばされたのだと」
「それは、お辛いでしょう」
身振り手振りを交え、セバスニャンの語りが更に大きくなった。
「森の中に飛ばされ、やっと森を抜けた先で見つけたのがこの街でした。しかし、この街は見るからに略奪者との戦争中でした。このままではあの街に入る事も出来ない。そこで……」
「…………捕虜を助ける事で、この街との繋がりを持とうとしたと。そういう事ですかな? 」
「ご明察でございます」
恭しく礼をするセバスニャン。最後を相手に言わせる事で、完全に信用を得るやり方だ。
あれ? コイツ猫だったんだよな? その辺の詐欺師すら騙しそうなんだが。
「お二人の事情はわかりました。しかし、この街は今戦争中です。それも、正直に言いますと、…………劣勢です」
リリアナが辛そうに言った。
「それは見てわかりました。ですので、我が主たる雄一様は、一計を案じたのです」
「……どういう事でしょう? 」
「こちらをご覧下さい」
そう言うとセバスニャンは右手を伸ばし、その先に敵陣から奪って来た食料を山と積んだ。
更に左手を伸ばした先には、武器と防具の山を作る。
「こ、これは!? 」
「雄一様の命令で敵陣から奪って来た物の一部です。更に爆発騒ぎも起こして来たので、敵陣には兵糧と武具の備蓄はもう無いでしょう」
「な!? 」
「という訳ですので、私達と取引といきましょう。こちらには、兵力の用意もあります。……雄一様」
「ああ。『ブック』『サモン』! 」
結晶を一つ放り投げて呪文を唱えると、空中から鹿によく似たグラスディアが現れた。
「モ、モンスター!? 」
慌てて槍を構える兵士をセバスニャンが止める。
「落ち着きなさい! これは雄一様のスキルの力です! 」
セバスニャンの言葉に、兵士達はザワザワとし出した。
「ス、スキル持ち!? 」
「じ、じゃあ、あの獣人の力もスキルか!? 」
「いや、あれは空間魔法じゃないか? 」
「獣人が魔法を? …………そんな奴もいるのか? 」
一気にザワついた場をタリフが宥めていく。それでも、騒ぎが収まるまでは少し時間がかかった。
「……つ、つまり、ユーイチ殿はモンスターを操るスキル持ちだと。そ、それで、取引とは? 」
「こちらは、向こうから奪って来た物と、私達二人という戦力を出します。あなた方に望むのは、この街での衣食住の保証と、それなりの待遇ですな」
「こ、この物資の山とお二人の力を、それだけで貸して頂けると!? 」
「勿論、力を貸す以上は、ある程度戦略にも口を出させてもらいますが、かまいませんかな? 」
「お、お嬢様……」
タリフがリリアナに顔を寄せて何やら耳打ちしている。ふとセバスニャンの様子を見ると、耳がピクピクと動いていた。
…………こいつ、聞こえているな。
だが、セバスニャンの顔に笑みが浮かんでいる事から、どうやら俺達の思い通りに事が進んでいるようだ。
相談を終えたタリフが下がり、兵士達の視線がリリアナに集まる。この場の決定権を持つのは彼女だからな。
リリアナは集まった視線に少しビクッと震えたが、一、二度深呼吸をして、真っ直ぐに俺達を見た。
「お二人の望みは叶えると約束します。どうか、この街の為に力を貸して下さい」
リリアナは、そう言って頭を下げた。




