010 カルミア軍駐屯地
略奪者の陣を脱出した俺達は、ルイツバルト辺境伯が治めるという、カルミアという名の街へと馬車を走らせていた。
敵が追って来る様子も無いので、すぐに着くとは思うが、このまま行ったら攻撃されるのではないだろうか? …………俺だったら罠の可能性を考えて、一発当てるくらいはするかも知れない。
そこで、ルイツバルト辺境伯と面識があるというアインを先に行かせる事にした。
「セバス! 」
「はい、なんなりと」
俺が声をかけただけで、辺りを警戒しながら走っていたハズのセバスニャンが、音も無く荷馬車の上に降り立った。
まるで物語の中の忍者や達人の様な身体能力に、もうコイツ一人だけで敵を全滅させる事も出来るのでは? と、つい考えてしまう。
「アインを連れて、先に街に向かってくれ」
「……ええっ!? ぼ、僕ですか? 」
俺の言葉に、姉に寄り添っていたアインがギョッとした顔を見せる。
「そりゃそうだろ。お前なら、兵士にも顔が利くだろ? 俺達が敵じゃないと知らせてくれ」
「ふむ、成る程。万が一にも攻撃されては、死人がでるかも知れませんし。……承知しました」
「あ、ちょっと待ってくだ…………」
言うが早いか、セバスニャンはアインをヒョイと担いで馬車から飛び降り、走って行った。
「舌を噛まないように、気をつけて下さい」
「えっ! あ、あああぁぁぁーーーぁぁーー…………」
アインの悲鳴が、ドップラー効果を伴って離れていった。
「……だ、大丈夫なのかな? アレ」
「獣人って初めて見たけど、あんなに速いの? 」
セバスニャンとアインを見送った少年達がそんな感想を漏らした。神様がこの世界は獣人が普通にいる世界だと言っていた気がするが、どうやら世界中にいる訳ではないようだな。少なくとも、彼らは見たことが無いらしい。
◇
アインを送り出してから数分後、俺達はカルミアの街の前に設営された陣地へとたどり着いた。
セバスニャンとアインは上手くやってくれたらしく、兵士達が何人も出てきたが、戦闘になる事無く迎え入れてくれる。
陣地の中に入ってすぐに、白い鎧と青いマントを身に着けた女性が駆け寄って来て、荷馬車の上を確認した。そして兵士達を集め、次々と指示を出していく。
兵士達は眠る少女達を担架に乗せて運んで行き、少年達も丁重に扱って連れて行った。
「貴方がユーイチ=ホシノ殿ですね。私はルイツバルト辺境伯の部下で、メルサナと申します。彼らの事は我々にお任せ下さい」
「ええ、お任せします。ところで私の執事、セバスニャンという者が来たはずですが、どこにいますか? 」
「ご案内します。こちらへ」
メルサナと名乗った女兵士に、陣地の奥の方にある天幕の一つに案内される。陣地の中から見ると、カルミアの街を囲む壁はかなり高い。五メートルくらいはありそうだな。結構な威圧感を感じる。
「ユーイチ様、お待ちしてました」
「セバスご苦労様。よくやってくれた、何事も無かったか? 」
「ええ、実にスムーズでした」
天幕の外で待っていたセバスニャンの言葉に、メルサナが「えっ」って顔をした。何かあったらしいが、突っ込むのはやめておこう。
「アイン殿は、先程街の中へと保護されて行きました」
「ああ、取り敢えずは上手くいったな。でもここからが本番だ、指揮官には会えるのか? 」
「はい。アイン殿が取り次いでくれると申しておりました。彼の少年ならば、大丈夫でしょう」
天幕の中には例の絨毯が敷かれ、セバスニャンが椅子を引いてくれている。俺が促されるまま座ると、流れるように紅茶が出てきた。
「い、いつの間にこんな物を……」
「メルサナ殿も如何ですか? こちらへどうぞ」
「いえ、私は任務中ですので」
「そうですか? では、失礼して私が」
メルサナに遠慮されたセバスニャンは、俺の向かい側の椅子に脚を組んで座り、紅茶を飲みだした。実にマイペースである。
「少しよろしいでしょうか。お二人に一つ、言っておかなければならない事があるのです」
メルサナが一歩進んでそう言って、俺達と向き合った。
「何でしょうか」
「実は今、この地を治める領主であられるムース=ルイツバルト辺境伯爵は留守にしております」
メルサナの言葉に、やっぱりかと思う。セバスニャンも同じ事を思ったようで、俺達は軽く頷きあった。
「次期当主であられるヒリムス様とご一緒に王都へと行かれているため、お二人がお会いするのはご息女のリリアナお嬢様となります」
「……つまり、この軍の指揮を取っているのがそのリリアナ様で、私どもと会ってもらえるのですね? 」
「ええ、勿論です。お二人が助け出して下さった方々は、いずれも貴族の縁者です。相応のお礼をせねばなりません。そうでなくても、我々は相手の情報が欲しいのです。お二人には、色々とお聞きする事になると思います」
不思議だ。メルサナは俺達とお嬢様を会わせる事に抵抗が無いらしい。普通、敵陣から来た奴らなんて信用しないんじゃないのか?
「随分アッサリと俺達を信用するんですね? 」
「お二人が敵であるとするには、無理がありますからね。それに、セバスニャン殿は、策を使うまでもない程に強いですから」
メルサナの言葉を聞いてセバスニャンを見ると、アインを連れて来た時に少し戦いになったと教えてくれた。
戦闘と言っても、詰め寄って来た兵士を気絶させた程度であり、その後現れたメルサナが、アインの顔を知っていた事でことなきを得たのだという。
「これ程に兵力に差があるのに、間者や暗殺者を使う意味は薄いですし、セバスニャン殿の実力ならば、捕虜を連れて中に入らなくても、簡単に侵入し目的を果たす事が可能でしょうから」
「…………成る程、納得した」
「それでは、暫くはここでお待ち下さい。いずれ使いの者が来るでしょう」
取り敢えず、あのお嬢様には会えるようだ。第二段階クリアってところか。
後は何とかして協力者の位置に立って、褒美の約束を取り付けよう。
「じゃあ、呼ばれるまではゆっくりさせて貰うか『ブック』」
俺は、バインダーを出して中を確認していく。
…………かなり減ったな。まあ、あれだけ使いまくれば当然ではあるが。これから始まる略奪者との戦いを考えると、もっと数を揃えておきたい所だ。
「そういえば、人間相手だと結晶は出なかったな。まあ、出られても困るんだけどな、使う気になれないだろうし」
「モンスター相手のスキルですから当然でしょう。……ああ、アンデット何かだと、出るのではないですかな? 」
「アンデットか、そもそもいるのか? いや、仮にいたとしてもゾンビには会いたくないな」
「あ、あの……、そ、その本は? というか、スキルを持っているのですか? 」
「……持ってるけど? 」
なぜか、メルサナが絶句している。…………あれ? 剣と魔法の世界なんだから、スキルは珍しくないんじゃないのか?
「ひょっとして、スキルを持っているというのは、珍しいのですか? 」
「い、いえ、身体能力系のスキルならよく目にしますが、そのように本を出す様な本物のスキルは初めて見ました。そういったスキルが存在するのだと話には聞いていましたが…………。ひょっとしてセバスニャン殿も、このようなスキルを? 」
「ええ。持っております」
「な、成る程、強いわけですね。神に選ばれし者とは……」
スキル持ちは神に選ばれし者。スキルとは神が才能として与えるか、その人の努力を称賛して与える物。そんな風に伝えられているとメルサナは言った。
身体能力を上げたり、魔法の威力を上げたり等というスキルはよくあるらしいが、『コレクション』や『ストレージ』の様なスキルはかなり珍しいらしい。いわゆる、ユニークスキルだな。
確かに俺達のスキルは神様に貰った物だ。セバスニャンの『神盗』は称号と共に増えたが、この「称号が増える」というのが、努力を称賛してってヤツなのだろう。
まあ、『ドロボウ猫』を称賛と言っていいのかは首を傾げる所ではあるが。
そんな話をしていると、兵士が一人天幕に入って来た。
「失礼いたします。リリアナ様がお会いになりますので、ご同行願います」
とうとうあのお嬢様に会えるのか。…………少し緊張してするな。




