08 捕らわれた子供達
略奪者達は、どうやら本当に寄せ集めだったらしく、前線に近い捕虜達がいる天幕の辺りには、チンピラのような奴らしか居なかった。
兵士と言うのは勿論、山賊と言うにもお粗末だ。およそ戦いを知る人間の雰囲気がない。精々が町や村で暴れている程度、そんな奴らに見えた。
まあ、だからと言って何が変わる訳でも無い。コイツらは略奪者なのだ、生かしていて良い理由が無い。実際、このチンピラ共の服にも、返り血のシミがあるのだ。慈悲などかけるだけ無駄である。
むしろさっさと死なせてやった方が、重ねる罪が少ない分、親切というものだろう。どうせ地獄に落ちるのだから。
チンピラ共の会話が聞こえてくる。話しているのは、日本語でも英語でも中国語でもない。地球とは全く異なる言葉だ。
だが、理解できるし、俺もアレが話せるのがわかる。これが、『言語理解』というスキルの効果なのだろう。
「ああーークソッ! 女が近くに居るのにヤれねぇってのはイラつくぜ! 」
「女どもはみんな親分連中が囲っちまったからな。だが手ぇ出したら殺されるぞ。アジトまで連れてくって息巻いてるからな。貴族の娘ってのはかなりイイらしいな」
「…………はぁーー。せめてよぉ、男のガキは殺させてくれねぇかな? いたぶって殺せばスカッとすんだろ」
「おい止めとけよ。男のガキは殴っただけで殺された奴がいただろ? 大事な商品らしいからな」
「商品っつーなら女だろ! 」
「そりゃ同感だがな」
気になる話ではあるが、胸糞悪いのは変わらないな。すぐそこで笑っている奴らを、今すぐ殺してやりたいくらいだ。
(殺せますかな? 私の場合は何の問題もございませんが、雄一様は人を殺す事に抵抗があるのでは? )
(…………人はな、殺したくないさ。人間に似ているゴブリンも、一瞬躊躇った。それが分かったから、セバスが先に殺して見せてくれたんだろ? )
(お気付きでしたか)
(ああ、でも大丈夫だ。あいつらは人間じゃない)
セバスニャンとの会話を思い出した。
本当に大丈夫だセバス。今のこの瞬間にも、心が全くざわめかない。
捕虜達が捕まっている天幕、その側にいるチンピラが一人になり、他の奴らの視線が外れた瞬間。俺は天幕の影から飛び出し、手でチンピラの口を塞ぎながら天幕の中に引きずり込んで首をへし折った。
「か……………」
腕の中で命が消えていくのが分かる。が、心は平静だ。……ただ麻痺しているだけかもしれないが、今はそれでもいい。
すぐに動きを止めたチンピラを地面に捨てて、俺は天幕の中を見回した。特に、オリなどが有るわけでなく、ただ少年達が縛られている。
彼らは後ろ手に縛れ、投げ出された足も縛られている。全員口には猿ぐつわをされており、その上で簡単に逃げられないようにするためか、三人ずつがまとめて縛られていた。
綺麗な金髪でいかにも貴族の子供といった雰囲気のが六人。日本人のような黒髪が二人。銀髪の子が一人の計九人がいた。全員が日本で言えばまだ小学生から中学生といった所だろう。
いや、黒髪の二人だけは高校生くらいかな。他の子供に比べて、少しだけ体つきがしっかりしている。
俺は体を覆って擬態を続けていたスライムに命令して、体から剥がす。子供達から見れば、ゆらゆらと揺らめく蜃気楼の中から、急に人が出てきたように見えただろう。子供達は縛られたままの状態で後ずさろうともがいた。
「んんーーーー!? 」
何人かがくぐもった悲鳴を上げた。俺の行動のせいなのだが、気を使っている時間もない。
「落ち着け、君達を助けに来たんだ」
俺の言葉に少年達が顔を見合わせる。信じて良いのか迷っているらしい。俺は取り敢えず、一番近くにいた大人しそうな銀髪の少年と話す事にした。
…………? 男の子だよな? 綺麗な銀髪の少年は、アイドル顔負けのとんでもない美少年だった。よく見ると、他の子も整った顔立ちをしている。貴族の子弟だとは思うが、貴族というのは美形しかいないのだろうか?
「猿ぐつわを外すぞ。だが大きな声は出すな、敵に気づかれる」
「ん…………ぷはっ。あ、あなたはルイツバルト辺境伯爵家の方ですか? 」
ルイツバルトというのが、この辺りの領主の名前らしい。
「いや、違う」
「え? …………で、ではいったい……? 」
「事情があってな。この先の街に行きたいんだが、この状況だと中に入れない。だからお前達を助けて見せる事で、あの街に入れて貰おうと思ってな。ルイツバルトってのは、あの街の領主なのか? 」
「は、はいそうです」
「その領主に顔つなぎ出来る奴はいるか? 」
「…………それなら僕が。僕はハックナー男爵の子で、アイン=フォード=ハックナーといいます。ルイツバルト伯爵との面識が何度もあります。僕達を全員助けてくれるのならば、必ず貴方の役に立つと約束します! 」
アインは、俺の目を見ながらそう言い切った。真っ直ぐな目だ。アインは信用出来ると、そう思わせる目だった。
「星野……いや、ユーイチ=ホシノだ。お前達を助けよう」
「早速ですがホシノ様、隣に姉が…………捕らわれている女性達が居るのです」
「分かってる、だがまずはお前達からだ」
俺はサバイバルナイフを取り出すと、少年達の拘束を解いていく。
「お前達の中で馬が使える奴はいるか? 」
俺の質問に、黒髪の二人が手を上げた。この中では最も年上に見える二人だ。ビードゥンとコルタナという名前らしい。二人は騎士の家の子で、馬の扱いには慣れているらしい。
「いいか、この先に荷馬車があるのを確認してある。もう少ししたら俺の仲間が騒ぎを起こすから、お前達は荷馬車に走れ。俺は女達を助けてから行く」
「僕も連れて行って下さい! 」
そう言ったのはアインだった。まだ10才くらいだろうが、しっかりと俺の目を見上げている。
そう言えば、姉がいるとか口走っていたな。だが、どう考えても女達は酷い扱いを受けている。連れていく訳にはいかない。
「いや、俺一人で……」
「姉が酷い事になっているのは分かっています。僕達の……目の前でも…………」
唇を噛みしめて手を強く握りしめるアイン。俺の心に、略奪者どもへの殺意がさらに燃え上がった。
「それが分かっていて来るのか? 」
「…………捕まっているのは五人です。ホシノ様一人で連れだすのは時間がかかります。それに、僕は眠りの魔法が使えます」
もう一度俺の目を見上げたアインの眼は、涙に濡れながらも強い光を持っていた。
「…………姉は、もうずっと錯乱状態です。眠らせて運ぶのが一番いいと思います」
「…………わかった。ならビードゥンとコルタナ以外は着いて来い。二人は荷馬車を運んで来てくれ」
「はい!!! 」
ドーーーーーン!! ドドーーーーーン!!!
響き渡る爆発音、そして地響き。天幕も、爆風でビリビリと震えた。
「うわぁーーーー!? 」
「ば、爆発!? 」
突然の爆発音に、子供達が驚いてしゃがみ込む。だが、俺には何が起きたかの心当たりがあった。…………どういう方法をとったのかは分からないが。
「……セバスだな。始めるぞ! 『サモン』!! 」
ポケットから取り出した、あらかじめ用意しておいた結晶をばら蒔いて呪文を唱えると、その場に大量のゴブリンと鹿によく似たグラスディア、角なの生えたウサギのホーンラビットが現れた。
「モンスター!? 」
「落ち着け! 俺が出したんだ! 」
俺の言葉に、子供達が驚愕に目を見開いて俺とモンスターを見比べていた。
「ま、魔物使い? ほ、本当に居るんだ」
そんな誰かの呟きも聞こえて来た。
「いいかお前達! 目につく敵は殺せ! 特に、弓兵と魔法使いは積極的に殺せ! 」
「ギギイィ!! 」
モンスター達が一声鳴いて外に飛び出して行く。そしてすぐに、混乱している外の様子が耳に届いてきた。
「モ、モンスターだ! 」
「なんで陣の中にモンスターが!? 」
「応戦だ! 応戦しろ!! 」
「大変だ! 火の手が上がってる! 」
「どういう事だ!? 敵襲なのか!? 」
よし、大混乱だ。
「さっきの爆発音は俺の仲間の仕業だ! 爆発とモンスターで敵が混乱している間に逃げるぞ! 」
「は、はい!!! 」
俺は天幕を少し開いて、近くにいた敵を投げナイフで始末すると、子供達に手を軽く振って合図し、俺達は天幕を飛び出した。
捕虜が逃げ出した事に気がついた奴らもいたが、そいつらが声を上げるよりも俺の投げナイフが刺さる方が断然早い。一人にナイフを投げ、もう一人にもと思い構えたが、そいつは既に斬り殺されていた。
「雄一様、ご無事ですか! 」
「セバス! 馬車とこの二人を守れ! 」
セバスニャンに命令しながらビードゥンとコルタナを送り出す。
「お任せ下さい! 」
目にも止まらぬスピードで周囲の敵を斬りながら、セバスニャンは荷馬車への道を開いていった。
「よし、急ぐぞ! 」
「はい!」
俺は、アイン達を連れて女達がいる天幕へと急いだ。




