第9話 システム担当女神による解説 【挿絵あり】
※挿絵があります。
テーブルで震えている手鏡をアンナが持ち上げ一緒に覗き込む。自分の顔が映るはずの鏡には、妖艶な女性が胸のあたりまで映っていた。
「初めまして。藤江 歩さん」
「え、誰?」
「この方は異世界化のシステム担当、バルバラリアルンド様です」
「ば……ばる、た、るー……?」
「バルバラで結構よ」
先ほど頭の中に響いたのと同じ声で女性が話しかけてきた。「神界では極めて珍しい、やる気と実力を兼ね備えた女神様です」とアンナが付け加える。神界そんなんで大丈夫なのか?
「歩さん、キャラクターとの融合で具合の悪い所はないかしら?」
長い黒髪を耳にかけながらバルバラさんが聞いてくる。外見年齢は俺より少し上だろうか。お姉さま感がすごい。そして尋常じゃなく豊満……いやなんでもない。
「あ、はい。おかげさまで全く違和感はないです」
「ふふ、そんなにかしこまらないで」
「さすがですねえ。私の役割変更もバルバラ様が引き受けて下さったんですよ」
「そうだ! その役割変更のことを聞きたかったんだ」
「ええ任せてちょうだい。おそらくアンナマリーより詳しく説明できると思うわ」
よし、ようやくもやもやから解放される。俺はアンナが持っていた鏡を自分で持ち、バルバラさんと向き合った。女神というのは胸元を広く開けなければいけない決まりでもあるのか、肌色の面積が半端じゃなくて目のやり場に困る。
「実はね、『バルタルークの召喚士』というゲームを土台にして異世界を創り始めたのは私たちの神族ではなくて、魔界を統べる神々なの」
「……はい? 魔界?」
いきなり話が飛躍していないか?
「私たちのように、命の営みを糧……つまりエネルギーにする一族もいれば、魔界の神、魔神のように『堕ちた世界』を取り込むことで満たされる一族もいるの」
さらについていけない展開だ。『種族:妻』の件はどうした。俺の表情を読み取ったのか、「焦っちゃだめよ」とお姉さま、もといバルバラさんが首をかしげた。
「世界が堕ちるということは、バランスが崩れるということ。本来の『平穏と恐怖のバランス』を崩すために、魔神たちは契約破壊という干渉を行った」
「契約破壊……。契約の書からほとんどの使い魔の名前が消えていたのは魔神のしわざってことか」
「破壊後に残る使い魔は大抵一体。召喚士によっては契約数がゼロになったりもしているわね」
「俺が二人のパートナーと契約できているのは幸運なんだな」
アンナが横で「人徳ですよ!」と、キリッとした顔をしている。
魔神は喰らいやすい世界を創るために、召喚士の少なくなったバルタルークの戦力を大幅に奪った。極端に恐怖や不安に偏った状態にするためだ。
賑わいをなくしたゲームはたびたび魔神に狙われ、『堕ちた世界』に創りかえられているという。魔神の餌候補に選ばれるほど過疎化が進んでいたんだなバルタルーク。俺は一週間前まで毎日ログインしてたぞ!
「ただ喰われるためだけに命を与えられる世界を守るために、バルバラさんやアンナは遣わされたのか」
「守ると言えば聞こえはいいけれどね。魔神はバランスの悪い世界を喰らうのが好み、私たちはバランスの良い世界からエネルギーをもらうのが好み、というだけの話なのよ」
地上の生き物は、神々の『餌場』争いに巻き込まれているだけとも言えるのだと、バルバラさんは妖しく微笑んだ。
「糧になる好みの世界を維持したいってのはわかったよ。けどさ、やり方がちょっと回りくどくないか?」
「あら、良いところをついてくるのね。賢い男の子は好きよ」
「バルバラ様、説明を続けましょう!」
俺が両手で持っていた鏡をアンナがぐいと引き寄せた。今、ものすごい力が出てなかったか?
「魔神が気に食わない世界を創ろうとするなら、あなたたち神自身が止めればいいと思うんだが」
「もっともね。ただし、それは本当に最後の最後に残された手段。なにしろ神同士の戦いに発展した場合、巻き添えで世界の千や二千は消し飛んでしまうのだから」
「えっ」
「世界の大量消滅は魔神側も望んでいない、というのはわかるでしょう? だから回りくどい“干渉”という方法でせめぎ合っているわけね」
バルタルークは、魔神とアンナたちの神族が干渉し合って創られたってわけか。なるほど、ちょっと整理してみよう。
「魔神たちは『恐怖』でバランスを崩そうとし、バルバラさんたちは『平穏』でバランスを取ろうと試みた。そのための手段がプレイヤーを転移させること」
「そうそう、よくできました」
バルバラさんが胸の前でほとんど音のしない拍手をした。
「もっと正確に言うと、『ギフト』を持ったプレイヤーの転移ね」
うぐ。すみません、ギフトの件は我知らず辞退していたようなので。
「歩さんのように、転移しているプレイヤーはほんの数名よ。大多数の召喚士はプレイヤーの手を離れ、『ゲームのデータ』から『現実のヒト』に変換されたの」
「じゃあ、ギフトをもらうのがプレイヤーである必要は? プレイヤーの器になっていない召喚士だってよかったんじゃないか? 彼らを強化すれば、魔神の干渉に立ち向かう戦力になると思うが」
「できないわ。私たち神は、創り出した世界に直接関わることを厳しく禁じているから」
創造に携わっていない世界に降りることも、かなり慎重に行っているのだという。
「私たちもね、自分で創り出したものって本当に愛おしいの。助けてあげたい、守ってあげたい、ひいきしたいって思ってしまうのよ」
気持ちはわかる。ゲームと一緒にしたら良くないかもしれないが、自分が育てているキャラは強くあって欲しい。
「けれど、ヒトって神に助けられ過ぎても駄目になることがあるのよね」
「あっ……、それも堕ちることには違いないのか」
「ふふ、そういうヒトの脆さも可愛いのだけれど」
その流れで、バルバラさんは実際に世界のバランスを乱してしまった女神の話をしてくれた。わかりやすくて助かる。が、本当にいい加減、『妻』の件をなにとぞお聞かせください……。




