第8話 異世界への疑問<謎の飯
「素敵なお家ですよね」
家に入る前に、アンナさんと改めて外観を眺めてみた。
石造りの一軒家はファンタジーとメルヘンの雰囲気たっぷりだ。特に左側に生えた大きな樹が、家と融合しているのが「いかにも」な感じで心が躍る。
この樹ともこれから付き合っていくんだ。近づいて太い幹に触れ、「よろしく頼むよ」とつぶやくと、「こちらこそ」と返事が手から伝わってきた。
精霊からも力を借りるのが当たり前の世界だ。驚いたが、大木に何者か宿っていてもおかしくない。
樹の上には二か所物見台が設置されていて、登るためのロープが垂れている。
「すごく、登ってみたい」
「いいですね、登りましょうか! 私もおつき合いします!」
「君はスカートだし、やめた方がいいんじゃ……。あ、そうか、もしかして女神の力で飛べたりする?」
「いえ、もう浮遊能力はありません。女神ではなくなりましたので」
そうだった。『種族:妻』の件を思い出した。
のんきに木登りしてる場合じゃない! 彼女には聞きたいことが山ほどある!
「アンナさん!」
「あの、さん付けはしないでください」
「えっ」
「呼び捨てで、お願いします」
「おおぅ!? そ、それはちょっと」
俺たち、まだ知り合ったばかりですよ! しかし、このまま「呼び捨てなんて無理だよー」「だめです、アンナって呼ばないと返事しません」「えー。じゃあ、アンナ……ちゃん」みたいな難易度の高い展開になったらさらに困る。提案を受け入れておこう。
「それじゃあ失礼して。アンナ、この世界と君のことをちゃんと聞かせてくれ」
戦闘で汚れた服を着替え、木製のテーブルにつく。ここで契約を交わしたんだよな。もうずいぶん時間が経ったように感じる。
今度はわからないことをしっかり、もらさず聞かなくては。
「歩さま、お食事しながらにしましょうか。すぐに用意します」
「そうだな。じゃあ俺も手伝うよ。食材って何かあるかな」
「歩さまは座っていてください。あれだけの戦いを収められたあとなのですから」
力自体はそれほど使ってないんだけど。アンナに強く制されたので、仕方なく上げた腰を戻した。彼女が料理をしている間に聞きたいことをまとめておくことにする。
「さてと……、何から聞こうかな」
1.『バルタルークの召喚士』が異世界になった経緯。
2.なぜプレイヤーの転移が必要だったのか。
3.『契約破壊』とは一体何なのか。
「いろいろあるが、やっぱり何より気になるのは……」
4.アンナの種族が『女神』ではなく『妻』になっている理由。
うん。まずはここを解決しなければ。そもそも妻ってどういう種族だよ。ゲームにはなかったぞ。
「お待たせいたしました」
アンナがキッチンから戻ってきた。手にはどこかで見たことのある鍋を持っている。
「あ……」
テーブルに並べられたのは、『温め直した緑と紫のマーブルスープ』と、『虹色の、もじゃっとした謎の塊』だった。
5.それ何の料理なんですか!
◆◆◆
案の定、料理は残念なお味だった。
マーブルスープは家を出る前にも飲んだが、焦っていてきちんと味わえなかったのだ。
キッチンにはごく普通の食材がそろっていた。米、パン、野菜、干し肉、チーズに卵。……これらからどうやったらあの虹色料理が出来上がるのか。むしろ彼女は天才ではなかろうか。
俺は現代日本では一人暮らしをしていた。ほとんど毎日自炊だったので料理は人並みにできる。チーズ入りのオムレツに野菜を添えて出すと、アンナは涙を流して頬張った。
「神々の宴にも、祭壇への捧げ物にも、こんなにおいしいものはありませんでした!」
大げさだ。
「食事当番は俺がやるよ。料理は嫌いじゃないし」
「いけません! 勉強しますから私にやらせてください!」
「そんな無理しなくても」
「無理していません。私、歩さまを健康面でも支えたいんです。石使いのお仕事で最高のパフォーマンスができるように、肉体づくりのサポートをしたいんです!」
もしかしてアスリートの妻に憧れてるとか? とにかく炊事への情熱がすごい。
オムレツとパンを食べつつ食事当番について話し合い、しばらくは俺が教えながら一緒に作ることに決まった。
夜も更けてきたのでそこでお開きとなり、疑問については何も聞けなかった。
ちなみに、寝室の他に空き部屋があったので別々に寝た。アンナは納得いかなそうだったが、当然の選択だと思う。
朝、どうしても食べられなかった虹色料理の残りを燃やして、灰を肥料にした。庭の家庭菜園スペースに二人でまく。
「歩さまと私の、初肥料散布……」
アンナの感動ポイントに笑ってしまう。
「あのさ、君が女神じゃなくなったっていうのはどういうこと?」
やっと聞けた。
「はい、歩さまの力になりたくて……、全然なれませんでしたけど。そのために女神の地位を返上して、妻の役割を得ました」
「うっ、うん。それはまあ、わかるんだけどね! ステータスに書かれてたし!」
だから、なんで俺の使い魔になるために『種族:妻』になる必要があるんですか、ということで。
「それは私から説明しようかしら」
突然、聞いたことのない女性の声が頭の中に響いた。アンナにも聞こえたらしく、はっとした顔をしている。そのまま彼女に促され家の中へ戻ると、テーブルに伏せられた手鏡がカタカタと動いていた。




