第52話 首席召喚士は、逃げられない
これまでに現れたランドキッカーは、体当たりで隙を作ってから、咬みつくというパターンを取っていた。
スペンス家のヒーラーも、臆病な吟遊詩人も、そうされた。
ゲームでも、よく見た攻撃のコンボだ。
しかし、今ブラッドに突っ込んできたイレギュラーは違う。
隙を作ったのは、別の個体。
さらに、一撃食らわせた段階で、マントを口内に捉えていた。
「……ダイレクトに、食らいつきに来ている」
ぞわり、とブラッドの体を、冷たい何かが流れていった。
わき腹が、わずかに痛みを持っている。
ブラッドの装備している衣服は、全て“防御力”が高い。
獣に食いつかれたマントも、破れたり、ほつれたりせず、皴にもなっていない。
それでも確かに、あの堅固なあごに、収まったではないか。
あれが自分の腹であったなら、装備はどう、この体を守ってくれるというのか。
装備に覆われていない、頭部だったら?
リタ・スペンスの頭の上で、口を開けたランドキッカーを思い出す。
何より、ゲームの時点で存在しなかったイレギュラーに、ゲームの時の防御力は、どれだけ有効なのか。
本当に、小さな個体はゲーム通りのスペックなのか。
体が小さいだけで、能力が変化している者はいないのか。
「信用……できない」
今日一日で、ゲームと同じこと、違うことが、入り乱れて起こり過ぎた。
異世界化により、ダメージ量が数値で表示されなくなり、小ダメージはかすり傷に、大ダメージは大けがに変換された。
それは、PCだった体がわかっている。
しかし、ブラッドが恐怖として、心の底から実感したのは、これが初めてだった。
倒れた獣の腹が、かすかに上下するのに気付き、息を呑む。
ブラッドは、ロッドを上下逆さまに持ち、尖った下の方を、モンスターの体のなるべく柔らかい部分に突き刺した。
鼻が曲がるような異臭が直撃する。
周囲から、連鎖するように、複数の雄たけびが聞こえた。
「あの女神のせいだ……!」
『初めまして、韮澤悠里様、私は女神アンナマリーです』
『異世界化する、バルタルークヘ、韮澤様をお招きしたいのです』
「あの女神のせいで!」
ブラッドは、使い魔を一体も持たず、魔力も少ない状態で、未知のモンスターに単身、立ち向かうことになってしまった。
ゲームの時ならば、『バルタルークの召喚士』を終了させてしまえばよかった。
多少のペナルティーはあっても、次に起動した時には、安全な<ホーム>から再開できた。
「ゲームと同じではない」
アイテムで、素早さを上げなおす。
もう、使えるアイテムは残りわずかだ。<贈り物アイテム>だけは、無駄にバッグに入っているが。
どこかに身を隠して、群れの戦意が治まるのを待つか。
いいや、おそらく無理だ。
ブラッドが攻撃を行おうが、ただ逃げているだけだろうが、的確に位置を特定して突っ込んでくる。
しくみはわかったが、もう遅い。
このダンジョンにいる限り、執念深く、仲間を大量に葬った召喚士を追うだろう。
スキルで、接近する敵を倒しながら、援軍が到着するまで逃げ回るか。
絶対にだめだ。
他の召喚士や役人連中に、戦力を失い、モンスターから逃げる自分を見せることはできない。
全力で走り抜け、帰還ゲートへ向かうか。
できない。
援軍を待つのと変わらない。
では、どうすればいい!
「逃げてたまるか……!」
ブラッドは地面に、魔法陣を展開した。
「召喚だ……! 誰でもいいからさっさと応えろ!」
補助魔力を積み上げる作戦を捨て、恐怖を踏み潰し、再度攻撃態勢を取る。
逃げ腰で、誰かにすがるような自分であってはならない。
切り替えた戦法で、ひたすらにモンスターを迎撃する。
いつのまにか、ランドキッカーの群れから通常個体がいなくなり、イレギュラーだけが残った。
ブラッドの魔力は、もう底を尽きる寸前だ。
樹の幹に寄りかかり息を殺していると、エンジン音にも似た、低い獣の鳴き声に交じって、忌々しい二人分の声が聞こえた。
「おーい、ブラッド! どこだー、無事かー?」
「ブラッドさーん! 返事をしてくださーい!」
次回から、主人公視点に戻ります。




