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第5話 弱すぎる使い魔

『少し出かけてきます。スープを作っておいたのでお腹がすいたら召し上がってください』


 女神は書置きを残していなくなっていた。

 

 テーブルに置かれた鍋のふたを開けると、緑と紫のマーブルな液体から湯気があがった。中身を口に含めるだけ含んで飲み込む。舌が悲鳴を上げたが無視だ。そしてゲームでのキャラクターと同じように上着とアイテムバッグを装備しながら〈ホーム〉を飛び出した。


「無事でいてくれよ……!」

 

 記憶しているワールドマップを頼りに、だだっ広い平原を駆け抜ける。さすがレベル上限まで育てたPC。全力で走り続けてもまだまだ体は軽い。 

 

「回復アイテムよし。素材アイテムよし」


 角ばったアイテムバッグの中身を確認しながら走る。

 

 俺のジョブ――召喚士を得意な戦術ごとに分けた職業名――は〈石使い〉という。

 主に鉱石や岩石、砂、化石などの石系素材アイテムに、使い魔の能力を合成して『マジックアイテム』を作ることが得意な職業だ。

 俺はこのジョブが大好きで、五年間転職することなく使い続けてきた。

 

 ところがこの〈石使い〉、残念なことに全ジョブ中の人口が最も少なく、離職率がダントツ一位の超不人気職なのだ。大きな理由は二つ。

 

『ジョブ固有のスキルを最高ランクまで上げないと、生成アイテムの質にムラが出る』


『質の良い攻撃アイテムが作れても、強い使い魔と組んだ魔道士や剣士の火力には遠く及ばない』


 他にも素材の種類や設定が細かくて面倒とか、岩石や砂が地味だとか、あれこれ叩かれていた。確かにその通りだし、早々に転職してしまうプレイヤーが多いのもわかる。

 おそらくそのせいでスポットが当たらないのだ。

 

 育てきった〈石使い〉の強さに。

 

 前方から獣の遠吠えが聞こえた。街道に現れたモンスター、グラフハウンドのボスが群れを鼓舞する時の声だろう。俺はさらに加速した。

 

 鉱山へ続く街道では、先に駆けつけたという召喚士、剣士と魔道士が戦っていた。グラフハウンド七、八頭を相手に善戦している。

 先ほどの遠吠えの主は群れの後ろで指揮を執っているようだ。子分たちは大型犬ほどの大きさだが、ボスはワゴン車くらいある。

 

「女神はどこにいるんだ」 

 

 加勢よりまずは女神の安否だ。


「あ! アイツあの家の召喚士じゃないか!?」


 声のした方を見ると、低く盛り上がった岩陰にガタイの良い男性が五人隠れていた。鉱山で働いている人たちだろうか、俺を指さし騒ぎ始めた。

 その向こう側、何の障害物に隠れるでもなくうずくまっているいるのは――。


「いた! 女神無事か!?」


「てめー! 今さら何しにきやがった!」

「剣士様と魔道士様が倒したモンスターの素材を漁りにきたんだな!」


 五人のうちの二人は俺がスルーしてしまった依頼者だろう。怒りはもっともなのだが少し待ってくれ。浴びせられる罵声をかわし、軽い跳躍で岩を踏み越え女神のそばに着地する。 


「大丈夫かい? えーと、アン……アン……アンナマ……」


『種族:妻』の衝撃で名前が吹っ飛んでしまった。


「大丈夫かい? アンナさん」


 かたわらに膝をついて声をかけると、彼女はびくっと肩をすくめて顔を上げた。


「えっ? 歩さま、どうしてここに?」

「どうしてはこっちのセリフだ! どうしてひとりで出てきたんだ」

「申し訳ありません。歩さまがこちらの世界に来てしまったのは私のミスですから、せめて代わりに召喚士のお仕事を……」

「はあ、もう……」


 クソ真面目というか、なんというか。

 

「いいかい? 俺がここにいるのは自己責任だ。君のせいじゃない」

「でも」

「これで責任うんぬんについてはおしまい。わかったね」


 アンナさんがさらに食い下がろうとした時、俺の後ろでグラフハウンドが叫び声を上げた。

 真っ白なユニコーンに乗った剣士の少女に切り伏せられたのだ。

 地面に叩きつけられた猟犬の血液が飛び散る。このモンスターの体液は強い酸性だ。俺はジャケットの背中でアンナさんをかばった。


 ユニコーンから降りた剣士が、剣の血をはらってから近づいてきた。歳は中学生くらいで、肩で切りそろえた薄茶の髪と釣り目が印象的な少女だ。ぴんと背筋を伸ばして俺たちを見下ろす。


「あなたも召喚士ですね? 特殊武器の腕輪からしてジョブは〈石使い〉と見ましたが」

「その通りだ」


 少女に返事をすると、鉱員たちが「やっぱりお前か!」「人でなしが!」とヒートアップした。


「そして、後ろにいる女性があなたの〈パートナー〉ですか」


 自分と契約を交わしてくれた使い魔のことを、他の召喚士の使い魔と区別して〈パートナー〉と呼ぶ。伴侶のことではない。


「ああ、彼女は俺のパートナーだ」

「歩さま……!」


『ギフト』を選ばなかった俺のために、この世界についてきてくれた。


「そうですか。では言わせていただきます。邪魔です。ふたりとも足手まといです。早急に逃げるか隠れるかしてください」


 剣士の少女がぴしゃりと言い放つ。彼女が俺たちと話している間モンスターの相手を引き受けていた魔道士の少年も声をかけてきた。

 

「言う通りにしたまえ石使いくん! いくら〈契約破壊〉があったとはいえ、その程度の使い魔しか従えられないようではとても戦えないぞ!」


 なんだと?

 

「それでは、速やかに撤退を」


 少女は再び使い魔のユニコーンにまたがり、猟犬の群れに飛び込んだ。絶妙な誘導で敵を一か所に集めたところを、少年の使い魔〈ファイアクロウ〉が焼き焦がす。

 なかなかのコンビネーションだ。グラフハウンドの体毛には〈火耐性〉があるが、子分相手なら問題ない火力だろう。

 

 様子を見ているだけだったボスの、空気を震わせるような声が響き渡る。すると、傷ついた子分たちは攻撃をやめて後退を始めた。

 黒い体毛を光らせて巨大なグラフハウンドが進み出る。口元から唾液がしたたり落ちると、足元の草がジワリと溶けた。

 とうとうボス自ら出てくるか。二名の召喚士から緊張が伝わってくる。


「歩さま、逃げましょう」


 アンナさんが立ち上がって俺の袖を引いてきた。


「なんで? 俺はちゃんと召喚士の仕事をするつもりだよ」


「やめとけ石使い! 弱すぎるヤツは邪魔だって言われただろ!」

「その使い魔Fランクの〈ファイヤーボール〉しか使えねーんだぞ! 何もできないも同然だ!」


 いい加減ギャラリーがうるさい。


「すみません。あの方たちの言う通りなんです。私、あなたの力になるなんて言っておいて、たったひとつの魔法しか使えない……!」

「知ってるよ」

「えっ?」


〈契約の書〉で彼女のページを見た時に驚いたことのひとつが「でたらめなステータス」だ。

 膨大な魔力を持っているのに、使用可能なスキルが初級の火属性魔法〈ファイヤーボール〉のみ。しかも威力は最低ランクのF。


 ――だから何もできないって?


「この世界では、召喚士とパートナーが協力して戦うんじゃないか」


 俺の持つ〈石使い〉の固有スキルはゲームの時のまま。

 五つ全て最高ランクのSS。


「アンナさん、君の力を貸してくれ」


 パートナーの瞳に生気が戻ってくる。彼女は唇をぎゅっと結んで大きく頷いた。


「わかりました。私、戦います!」


 超絶マイナージョブ、〈石使い〉の戦い方を見せてやる。

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