第45話 随行メンバー、撤退
なぜか水たまりの中から俺に話しかけてきた、ブラッドの使い魔に、ここにいる理由を尋ねる。
いる、と言うよりは、水鏡のように、映っているだけに見えるが。
「うむ。わし、水中はけっこう自由に移動できるもんで」
「そういうことじゃなくて」
帰還したと見せかけて、水場に入り込んでいたということだろうか。
「単独行動中ってことか? またブラッドに文句言われるぞ」
「それはもう、問題ない」
「もう?」
引っかかる言い方だ。
「そんなことより、石使いよ。さっきは、その……」
「さっきって?」
「あー、た、大変だったのう」
「何のことだよ?」
「それは、ほれ、お主、人間の娘に、まるでもてぬとか」
「聞いてたのかよ!」
キャンプを張っていたポイントに、小川があったな。
あそこにでも潜んで聞いていたのか。
「聞こえてしまったのだ。しょうがなかろう」
「それで? 俺がもてないことに、何か? 事実ですとしか言えないぞ」
「う、いや、今それは、よいのだ。ご愁傷様ではあるが」
水たまりのサイズに縮小表示されたエンペラーワームが、口ごもりながら、上を向いたり、横を向いたりしている。
少し黙って待ってみると、ドラゴンは俺の顔を見ずに、「すまぬ」と言った。
「え?」
「すまんかった……」
「何の話だ?」
「むむ、だから、あの討ち漏らしの……」
「……さっきの、ランドキッカーが一体残ったことか」
「そのあと、討ち漏らして、よかったと言ったことを、詫びたい」
「そうか。わかった許す」
「んん? 」
水の中のドラゴンが、思い切りこちらを向いた。
「わ、わしのせいで、治癒術士がひとり、襲われたのだぞ?」
「うん、彼女は怒っているだろうけど、俺はもういいよ。召喚士全員の油断も原因だしな」
「ううむ、しかし」
「大丈夫。だってあの子、ぴんぴんしてただろ? キャンプで」
「そうだな。あの娘、魔力ではない、何か底知れぬエネルギーを内包しておる」
「だろ? だから平気だよ、もう気にしなくていい」
「……わかった。ならば、よい。よかった」
ブラッドを煽っていた時とは、別の使い魔のようで驚く。
こちらが、本来の性格なのだろうか。
「胸のつかえがとれた。感謝するぞ。では、わしはこれで」
「ああ、じゃあな」
「石使い、お主も気を付けて帰れよ」
光っていた水面が、だんだん暗くなっていく。
「ふう、契約者なしで、姿を現すのは骨が折れるの」
「え」
エンペラーワームは、最後に不穏な一言を残して消えた。
「ちょっと待ってくれ! 今のはどういう意味だ!」
元の暗さに戻った水たまりに、大声で呼びかけるが、返事はない。
契約者なしって、まさか――。
水たまりを覗き込んだ体勢のまま、考え込んでいると、俺が歩いてきた方角から、複数の声が聞こえてきた。
「あっ、あれ、石使いじゃねえか!?」
「何やってるんだ?」
「石使いさん……!」
討伐隊のメンバーが、急ぎ足でこちらへ向かってくる。
リタちゃんは、泣いているようだ。
理由はすぐに察せられた。
ブラッドの姿がない。
「あんたら、どうしたんだ?」
俺の問いに、吟遊詩人が声を荒げた。
「うるせー! イレギュラーが出たに決まってんだろ! しかも、大軍を引き連れて、何体も出てきやがる! 今も、続々と集まってきてんだよ!」
俺に怒りをぶつける青年は、服が泥だらけだ。
「じゃあ、ブラッドがひとり、残ったのか?」
今度は、泣きじゃくるリタちゃんが答えた。
「そうよ! 王子が、私たちには危険だからって、逃がしてくださったの!」
あれだけの戦力を持つブラッドが、他をかばう余裕を失うほど、イレギュラーは強敵だということか。
数の問題もあるだろうが、そんな相手から、まず随行メンバーを安全に逃がそうとするなんて、いいところもあるようだ。
「おい、石使い! あんたは逃げんなよ」
「は?」
吟遊詩人は、他のメンバーに「行け」と促しながら話す。
「俺たちは、ゲートから戻って、増援を頼んでくる。あんたは、残れ」
「どうして」
俺もゲートへ向かいたい、というわけではないが、この不躾な物言いには歯向かいたくなる。
「あんたが、この討伐隊に入ったのは、首席を陥れるためじゃないんだよな?」
「そう説明したが」
「なら残れ。そんで、あんたの使い魔を召喚しろ」
「なぜ」
アンナを?
「頭悪ぃな! 少しでも、奴らの群れを分散させろっつってんだ!」
イレギュラーは、召喚士の戦闘行為、魔力の放出を察知して現れるという推測がされている。
ブラッドは、ごく短い戦闘を繰り返して、ダンジョンを進んできたわけだが、その細かい力の衝突が、徐々に気づかれ始めたとする。
それは十分あり得ることだが、だからと言って、キャンプで休憩中の討伐隊に、大群が一斉攻撃を仕掛けるというのは――。
「おい聞いてんのか!」
おっと、いけない。聞いてなかった。
「いいか、石使い。首席に弓を引く気がないのなら、証明してみせろよ。ギフトファイアでも、ファイヤーボールくらいは使えんだろ」
ブラッドのいるポイントから離れ、アンナとともに魔力を使い、イレギュラーをおびき寄せろ、ということだな。
吟遊詩人は「逃げんなよ!」と念押しして、帰還ゲートの方へと走り去った。
「……しょうがない、やるか」
別に、彼らに疑われたままでも構わないのだが、アキヅキさんの立場もあるし、エンペラーワームの残した言葉も気になる。
俺は、キャンプと帰還ゲートから大きく距離を取って、アンナを召喚した。
【ネタばれ】
次回からしばらく、主人公視点ではありません。
第52話までかけて、ブラッドを大ピンチにしていきますので、よろしくお願いいたします!




