第3話 Fランクの失恋【挿絵あり】
※挿絵があります。
「うわ、Fランク」
俺の全身全霊の告白を受けて、『彼女』が最初に発した言葉だ。
彼女――韮澤 悠里さんは同じ会社に勤めるひとつ年下の女性で、今から一年前に出会った。
昼休みに仲の良い男性社員二人に『バルタルークの召喚士』を布教するため、ゲーム画面を見せつつおすすめポイントの説明をしていた時のことだ。
「あ、私もそのゲームやってるんです」
突然、小柄で可愛らしい女性、悠里さんに声をかけられた。
「でも私、ゲーム下手で。強いモンスターが全然倒せないんです」
ピンク色のポーチを両手で持って小首をかしげるしぐさに、その場にいた三人とも心臓を撃ち抜かれてしまった。同僚は即ゲームをインストールした。
それから時々彼女と話すようになった。
話題はもちろんゲームのことで、レベリングのアドバイスをしたり、俺が趣味で検証し、表計算ソフトでまとめたアイテム生成のデータをあげたり。
いつも笑顔で話を聞いてくれる悠里さんを天使だと思っていた。
そして運命の一週間前。
悠里さんの誕生日に三十分だけ時間をもらった。
彼女が好きだと言っていたブランドの最新作のバッグをプレゼントし、思い切って告白した。
この世に産まれてから更新し続けてきた彼女いない歴がストップすることを祈って。
――そして頂戴したのが前述のFランク発言である。
「誕生日プレゼントで普段使いレベルのブランドとか、もらったこっちが恥ずかしいんですけど」
「……え?」
プレゼントが入った袋のブランドロゴをじっとりと見る目は、とても悠里さんのものとは思えなかった。
「藤江さん、ゲーム以外のこともちゃんとリサーチした方がいいですよ?」
「あの……」
「今まで鬱陶しいアドバイス聞いてあげてた見返りがコレですか。はあ……〈石使い〉の情報なんて価値ゼロだっつーの」
「え、ええと」
「じゃあ私、次があるんで失礼しますね」
悠里さんはプレゼントを片手でぶらぶら揺らしながら、軽い足取りで去っていく。
「いらないなら返してくれないか」
そう言えない自分が情けなかった。
◆◆◆
「うおおおお!」
叫びながら飛び起きると、木製のベッドの上だった。
「あれ、ここは? ……ここは〈ホーム〉か!?」
石材の壁に額装された契約書がかかっている。手に取ろうとして電流が流れることを思い出した。
サイドボードには革表紙の厚い本と、〈転移後の生活マニュアル〉という小冊子が置いてある。俺は本当に、ゲームの世界に連れてこられたのか?
ベッドのある部屋を出ると女神と契約をした部屋に出た。
「ようこそバルタルーク!」
窓際にいた女神が笑顔で駆け寄ってきた。服装が素朴なワンピースに変わっている。
「君……女神様がここにいるってことは、まだ手続き完了してなかったりして?」
「いいえ! 私はただ、歩さまのお力になるためにこちらへ参りました。女神の仕事である異世界化、および選ばれたプレイヤー様の転移は完了しております」
「うっ、ということは……」
「歩さまはお育てになったキャラクター、〈石使い〉の召喚士となられました!」
差し出された手鏡には見慣れた男の顔が映っていた。
服装はチュニックに縫い目の目立つパンツ、皮のブーツを履いていて、〈石使い〉の重要アイテムである腕輪を右手につけている。
「違和感はありませんか? プレイヤーキャラクターとの融合は、特に希望がない限り現実の容姿に近づけたそうです。担当の女神がそのように申しておりました」
他にもPC――プレイヤーキャラクターになった体の具合を聞かれるが、答える余裕はない。
仮契約の時はロックされていた木枠の窓に手をかけると、今度はあっけなく開いた。大きく息を吐く。
「歩さま? 何か気になることがあるのですか?」
〈ホーム〉中を歩き回り、ドアというドア、窓という窓を開けていく。ゲームで見た工房風の部屋もあった。玄関を出て井戸に頭を突っ込み、家の横に生える大きな樹の洞を覗く。
現代日本につながっている出口があるんじゃないかと思ったのだ。
「おわっ」
足元の茂みから黄緑色のスライムが一匹現れた。しかし俺と目が合うとすぐに逃げていく。草原スライムは魔力の差が大きな相手に単独で襲いかかることはない。ゲーム通りだ。
「歩さま! 見てください。歩さまがもっとご覧になりたいとおっしゃっていたドラゴンです!」
巨大なドラゴンが太陽を隠して飛んでいく。
PCに融合した体は、あの怪物が襲ってこないことをなんとなく理解している。
「本当に、俺はゲーム世界の人間になったんだな」
「近くで見られてよかったですね」
「……女神様」
俺の後ろを追いかけてきた女神に向き合う。
そして、思い切り土下座した。
「すまん! 元の世界に戻してくれ!」
「えええっ!?」
「確かに俺は面白いものが見たかった。遠くへ行きたいとも言った。しかし別世界で別人になるなんて思わなかったんだ!」
「でも、事情はわかっているとおっしゃいました」
「わかってなかったんだ。わからずに君を急かしてしまった」
「そんな……。どういう……こと……」
膝をついてスカートを握る女神の手が震えている。
申しわけないが、ゲームでよく知っている世界だからといって、今日からいきなり生身の自分でモンスターや魔法に向き合えなんて無茶な話だろう。
……だから目の前の女神は、契約前に説明と意思確認をしようとしたんだな。
「全て俺の責任だ」
「い、いいえ……。私も、浮かれていました。これまではもっと念入りに確認していたのに」
「違約金とか、どれだけかかるがわからないが、俺に支払えるものなら一生かかってでも払う。契約を破棄してほしい」
もう一度、しっかり頭を下げた。
「できません」
女神の返答の重さに顔を上げることができず、地面に「どうして」と吐き出す。
「あの契約は、歩さまと主神様の間で交わされたもの。私に手を出す権限はありません」
契約書を破ろうとした時にくらった電流は、主神からの「逃げるなよ」というメッセージか。
「それに、歩さまの魂をこちらの世界に移した時点で、元の世界の器は亡くなったことになっています」
「……そうだったな。そんな文章が契約書にあったよな」
「申し訳ありません。私がもっと丁寧にご案内していれば……」
俺はゆっくりと立ち上がり、ホームの中へ戻った。体についた砂をはらうことも、女神に「君のせいじゃない」と声をかけることもできずに。
ベッドのある部屋に戻って、ブーツを履いたまま布団に潜り込む。これからどうしようか、何も思いつかない。その繰り返しで時間が過ぎていく。
何度ループした時だったか、ドアを強く叩く音がした。
この寝室のドアじゃない、たぶん玄関だ。外から男性の叫ぶ声がする。
「召喚士さん! おーい、ここ召喚士さんの家だろ? 助けてくれ! 街道にモンスターが出たんだ!」
この家の召喚士というのはやっぱり俺だよな?
「なあ頼むよ! 鉱山の方の道だ。そこにグラフハウンドの群れが現れた!」




