第24話 追跡の途中ですが、アンナは手をつなぎたいようです
「南南西に、1100メートルのところだ。今も少しずつ離れていってる」
俺は反応のあった方を指さした。この方向に、逃走中の団長がいる。
「コール、あとは頼んだ」
「えっ! ……あ、わ、わかった、そういうことか! よーし、うちのジャンに任せたまえ!」
あれ、ジャンて誰?
俺はコールのパートナー、ファイアクロウの能力をあてにしたんだけど。問いかけたいが、目がひどくチカチカするので近くの街灯に寄りかかった。
「歩さま! どうなさったのですか!」
「うう……新しい、スキルの使い方を見つけたんだ……。もっと、性能を上げられる」
「……もう、歩さま」
「ごめん、大丈夫。すぐ回復できるよ」
コールにも「平気だよ」という意味で軽くうなずいて見せる。少年は俺にうなずき返すと右手を掲げた。
すると、周囲の建物よりずっと高い所に、使い魔召喚用の魔方陣が出現する。遠距離の魔法陣生成は、魔道士の得意分野だ。
「ジャン! 力を貸してくれ!」
魔方陣から、炎をまとった鳥が出現した。
「ん? なんだ、コールのファイアクロウじゃないか。“ジャン”は?」
そういえば、あの使い魔の愛称は、『ジャッジメント・ファイア・ドラゴン』だったな。略してジャンか……そうか。
「ジャン、追ってほしい男がいるんだ。今から方角と、距離を伝えるよ!」
コールの指示を受けた炎の鳥は、一声鳴くと、首を下げ、地上を見渡しながら南南西に飛び立った。その体から、オレンジ色に輝く糸を引いている。
「頼んだよ、ジャン。ムキムキで、ばさばさの髪を一つに束ねた、石使いだ。長身で、やけにぴったりした服を着ていて、ムキムキの青年で……」
少年は真剣にパートナーへ情報を送っている。しばらくすると、上空をゆらゆら漂っていた糸が、一瞬強く発光した。
「よし、よくやった! 犯人の姿を捉えた! 石使いくん、ジャンがやってくれたよ」
ゆるいカーブを描いていたオレンジの糸が、直角と直線を組み合わせた、あみだくじを辿ったような線に変わる。
あの線を頭上に見据えて進むのが、目的のポイントへの最短ルートだ。行き止まりや、通行止めにぶち当たることはない。これがファイアクロウの能力だ。
「よかった、成功だ。ふう、逃げる人間を追わせるなんて初めてだよ」
「ご苦労さま。コールの相棒は、なかなか仕事が早いな」
ジャンを褒めると、少年魔道士は誇らしげに笑った。
◆◆◆
はじき出されたルートに従って、南南西へ逃げる団長を追跡する。
住宅地を抜け、職人の工房が並ぶ通りを過ぎた。そして水道橋のアーチのひとつをくぐった所で、アンナの膝がガクッと落ちた。
「大丈夫か、アンナ。少しスピードを落とそう」
「いえ、ちょっとつまづいただけです。平気です」
そう言うアンナだが、少々顔色も悪いように見える。
「すまん、もしかしてさっきのスキャンで魔力を使い過ぎたか」
「そんなことありません。まだまだ、たっぷり残っていますよ」
確認してみると、まだ三分の二以上の魔力があった。
では、単純な疲労か。素早さを上げるアイテムを使ってはいるが、アンナの基本的な身体能力は、戦闘や探索向きではないのだから。
「歩さま、私のことはもう、お気遣いなく。このままついて行けます。絶対、足手まといになりませんから」
「しかし……」
彼女の意気込みは買うんだが、やはり無茶はさせられない。
「あの……、でしたら……」
難色を示した俺に、アンナは下を向いて小声で何か言った。
「ん? どうした? やっぱり広場に戻って待っているかい?」
「えっ、いいえ! そうじゃなくて……手を……」
「手? 手をなに?」
「石使いくん」
コールが呆れたような顔で言葉をはさんだ。
彼は次にアンナの方を見て、「いいから、いいから」と首を数回縦に振る。
宿舎方面の捜索で何があったかはわからないが、二人はずいぶんうちとけたみたいだ。
「彼女の意思は固いようだよ。心配ならば、手を引いてやってはどうだろう」
少年がそう提案すると、アンナが「だめでしょうか……、少しの間でかまいません」と、さらにか細い声を出した。
「だめなわけないだろう。ほら」
俺はすぐに右手を差し出す。
「ありがとうございます。すみません、時間を使ってしまって」
彼女は恐縮しながらも、しっかりと俺の手を取った。
「あのさ、君の感覚の鋭さっていうのは、やっぱり、石関係に限るのかい?」
失礼だったら悪いんだけど……と、コールに尋ねられた。
「そうだよ。それが石使いって職業なんだ」
「あ、ああうん。……そうみたいだね」
おや? コールが石使いに興味を示しているようだぞ。
では団長の居場所につくまでの間に、いろいろと解説しようか。と、思ったのだが、道順の終点は案外近くにあり、俺の頭にある“石使いプレゼン”の千分の一も披露できなかった。
俺たちがやってきたのは、郊外にある森の入り口あたりだ。
この森はダンジョンエリアと繋がっているため、平原や街道よりモンスターの出現率が高い。
危険度としては、新人召喚士でも巡回できる程度だった。ただし、〈契約破壊〉の影響で、召喚士全体の戦力が落ちているので、見直す必要はある。
「あそこだよ。ジャンが、犯人の居場所を示してる!」
コールが指差した先、森に入って50メートルほどの所で、ファイアクロウが移動をやめ、ホバリングしている。
俺は二人に後ろをついてくるよう指示する。
「行こう。アンナもコールも、充分に気をつけてくれ。向こうの出方によっては、戦闘になる」
もしかしたら、とは思っていたが、こんなに早く召喚士と戦うことになるかもしれないなんて。
しかも、相手は石使いだ。
慎重に進むと、あまり使われてなさそうな通り道の途中に、小さな小屋が見えた。ツタがあちこちに這っている丸太小屋だ。その後方には沼があり、暗い色の水面は何の動きもなく、のっぺりとしている。
「様子を見ていてもしょうがない」
団長が契約しているしている使い魔が偵察に長けている場合、こちらの動きはもう察知されているだろう。
俺は小屋を調べるべく、足を踏み出した。
その時、小屋の出入り口から、本日三度目となるあの人が顔を出した。
「げぇ……。アンタ、本当になんなんすか?」




