録画No,3『目覚めは寝て待つ10年間』
登場人物紹介
リース・ヴァンテ・ハウンド
…黄金色の髪に赤い瞳の少女。話しかけた途端、泣き噦って抱きついて来た。一体全体どういうことだ?
犬山 鈴斗
…レルという少女に転生した元男子。転生というからには赤子から始まるはずなのに見た目は10歳ぐらい。
私の妹『レル』はとある病にかかっていた。
病といっても種類がわからず、当然治療などできない。その検査結果を医師から告げられた時、私は目の前が暗闇で覆われた。
死に至らないのか自然と治るのか。なんでもいい。少しでもいいから安心できる言葉を返して欲しかった。だが、帰ってくるのは「私には、分かりかねない」の一言だけだ。
症状としては「意識がない」という一点だけだった。食べ物を口まで運ぶとちゃんと食べてくれる。支えがあれば歩くこともできる。
こうして見れば案外、軽い病なのかもしれない。しかし、唯一の家族と喋ることができないのは心に刺さるものがあった。
それでも、妹は生きている。そう考えると、いつか目覚める日まで待とうと思えた。
「レルーご飯だよー」
いつものように扉を軽く叩く。返事を期待するが、相変わらず返ってこない。
意識がなくなって10年。結果はわかっているのに期待をしてしまう。
リースは気持ちを切り替えようと大きく息を吸い込んだ。
…ガチャリ
日当たりのいいようにと開けておいた窓から吹く心地よい風がリースを迎える。左手を額の前にして日光を遮り、レルが眠るベッドに歩く。
「……あれ?」
そこに、レルの姿はなかった。ただ、ベッドの上に敷いてあったはずの毛布がしわくちゃになって絨毯に、転がっているだけだ。
「またか…」
リースは曇った笑顔で、持ってきた食事を側のテーブルに置き転がる毛布を片付け始める。
レルはたまに、部屋からフラッと出て行くときがある。それは2日に一回程度だ。二階建ての屋敷なので広くはあるがすぐに見つかるため焦る必要はない。
コンコンコンッ
大きな拳が木板を叩く音が走った。
「リース様、レル様をお連れしました。」
「入ってきていいよ」
「失礼します」
開いた扉から執事服を着た白髪の老人が目を瞑るレルを抱え、歩いてきた。細目が特徴的なその老人は「ヴィスト・アルサルト」と言う。
ヴィストはレルをベッドに運び毛布をかけるとリースに一礼して部屋を去って行った。部屋に残ったリースはレルの側へと足を動かす。
「…レル……」
レルの顔を遮る銀色の前髪を優しく耳に寄せ、見えた可愛らしい顔に微笑む。リースはテーブルの上にある朝食を食べやすいように刻み、レルの口に含ませた。すると、もぐもぐと噛み始める。一応、食べることはできるのだ。
小さな唇をゆっくりと動かしているレルを見つめ、口を開く。
「…今日はね、とても天気が良くて日向が気持ちいいんだよ。いつか、二人で散歩に出かけてみたいね……服を買ったりするのもいいかも。それで、その後行ってみたいレストランがあるの。最近できたお店なんだけど、そこの料理が絶品って有名らしい…よ……行って…みたいね。」
届くはずのない声。帰ってくるはずのない返事。それらが叶うなんて願っても無いことだ。
しばらく黙り込んだ後、カチカチと針の進む時計を確認する。
「ごめんね、レル。お姉ちゃんやることあるから」
食器をトレーに乗せ、もう一度レルの頭を撫でる。
「また後でね」
小さく手を振り部屋を後にする。この部屋に入ってから何度込み上げてきたかわからない悲痛を押さえ込んだ。
この時の私は知る由もなかったまさかレルの意識が戻るなんて……
「あのー…お、お姉ちゃん?」
「…っ!」
おかしいな……誰かの声が聞こえる………
ここには私と意識がないレルしかいないのに……
確かに聞こえた。いや、確かに話しかけられた。他でもない、私の妹レルに。
「レ…ル……レル……レル!」
私は妹の名を呼び、ただ泣いていた。何故だろうか、涙が止まらない。それどころか、どんどん溢れてくる。
レルの意識が戻ったら笑顔で迎えると決めたはずなのに……
妹との再会は嬉しいはずなのに……
どうして………
「…っずっど……うぅ…ずっと、待っで……ずっと、待ってたんだよおぉぉぉ!」
リースはレルに抱きつき、さらに涙を流す。
10年間溜め込んだ感情が爆発する。今までの努力は無駄ではなかった。心からそう思う。
妹に抱きついて泣いているこの状況は姉として情けないが、今は再会に号泣してもいいだろう。そう、唯一の家族として。
しばらくの間、リースは泣き噦っていたがその情けない声はだんだんと小さくなってついには聞こえなくなった。
「……暇だなぁ…」
可愛らしい装飾の施された部屋に二人。軽装備の小柄な兵士とフワフワで綺麗な服を着た少女だ。見るからにお嬢様なその少女はカーテン付きの豪華なベッドに横たわりながら小柄な兵士に視線を当てる。
「…ミーちゃん、外に出ちゃダメ?」
『ミーちゃん』というのはもちろん愛称である。『ミーリー』という名から取ったものだ。
「ダメなものはダメなのです。クルル様は午前中にも勝手に外出されているので今日は部屋で静かにしていてください。」
ミーリーは体勢を変えずクルルに返答する。しょぼくれたクルルはうつ伏せになり、桃色に染色された少し大きな枕に顔を埋めた。
(……何か外に出る方法はないかなぁ…)
足をバタつかせ、クルルは真剣に策を考える。しばらくして足が止まるとクルルは枕から顔を出しニヤリと笑う。
(よし、ミーちゃんに何か頼んでこの部屋を出てもらって窓から逃げ出そう……私って冴えてる〜♪)
「ミーちゃん、喉乾いたから何か飲み物取ってきて。」
「わかりましたけど、窓の鍵は閉めておきますね。」
「な…」
ミーリーは窓の鍵を閉め、その部屋を一礼して去る。自信のある策を瞬間的に潰されたクルルは驚きのあまり、硬直した。
クルルは枕を抱えたまま仰向けになる。
「むぅ……別に外に出たっていいじゃない。今日は休日なんだし。」
壁にかけられた緑のリボンが付いているシンプルなデザインの薄黄色の制服をマジマジと見つめる。明日から学校が始まるかと思うといつのまにかそれは睨みに変わっていた。
お読み頂きありがとうございます。頑張ったのですが結局、投稿が遅くなってしまいました。申し訳ございません。
今回はレルの姉『リース』がメインのお話でした。レルの出番がほとんどなかったのもそのせいです。登場人物紹介については前回の作品で登場したキャラクターたちを主に紹介しています。ストーリーに合わせて毎回説明を変えていくのでよろしくお願いします。